第二話『冒涜鳥アホウドリ』

断章『荒野の家出娘』

二つの『月』が空に映える、美しい夜だった。

町の酒場裏の寂れた路地を、一人の娘が歩いている。


まだ少女と言ってもいい、幼さの残る顔立ち。酒を飲むのが許される歳ではない。

可愛らしく結ばれたポニーテールを慌ただしく左右に揺らしながら、夜の眠りに微睡みかけている町の路地を、ずかずかと歩く。


――パパもママも、何も分かってない。

絵画に夢見て何が悪いっていうの。芸術も立派な学問の一つなのに――。


数刻前。学業に関する些細なことから両親を言い争いになり、家出をしたのだった。

さしとて飛び出したまではいいものの、どこに行くというあてもない。とりあえず激情の赴くままに、闇雲に夜の町を彷徨っているのが現状である。


「おやおや、家出娘かい」


不意に、後ろから声を掛けられる。

ぎょっとして振り向くと、大きな油樽にもたれかかった一人の男が娘を見ていた。


「誰あんた。なんで私が家出中って分かるの」

「そんな不機嫌そうな顔して独り言を零しながら夜道を徘徊する娘なんて、家出してるか泥酔してるかの二択だ。鎌を掛けたんだが、当たったみたいだね」

長身の男は、樽から背を離して娘と向き合う。


20代そこそこと思われる男だった。月の光に照らされたその顔は、


――あらまあ、けっこうイイオトコじゃん。


娘はたちまち相好を崩す。


「何よ一体。ナンパ?」

「よく分かったね」

「鎌を掛けなくても、他に選択肢がないわ」

「確かに」


男は爽やかに破顔した。笑うとより一層に男前が上がる、恵まれた美形である。


「ありがちな台詞だけどさ。どうだい、一緒に食事でも? もちろん奢るよ」

「乗った」

娘は勢いよく頷く。

夜食にありつけるし、男前に家出の愚痴を聞いてもらえるし、一石二鳥。


「で、何を奢ってくれるわけ?」

「何でも御馳走してあげるよ」

「大袈裟ねえ」

「本当だよ。どんなに贅沢な料理や酒や菓子でも、好きなだけ用意するさ」

「あたし未成年だから、お酒は駄目だけどね。……なに? あんた、金持ちなの?」

「まあ、そこそこのね。もっともけど」

「へぇ?」


自分のお金じゃ、ない?

女富豪にでも飼われてる、若いツバメかな。


「僕の素性は、ご想像にお任せするよ。さあ行こう、荒野の家出娘」

言葉の意味を思案する娘に向かって、美形の男は再び笑った。


しかし今度の笑みは、何だか作り物めいているように、娘は思った。

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