しょうもない友人

ちりんちりん。


わたしが上品かつ丁寧な所作で木苺のクッキーを味見していると、背後で鈴の音が鳴き、樫のドアが開く気配がした。


「あっ。魔女さんに、ルナ。今日も来てたんだね」

わたしの背中に向けて、世にも間の抜けた声が聞こえてきた。


「こんにちは、小さな英雄さん。今日も元気そうね」

カウンターに向かって歩いてくる小さな姿に目をやり、姉さんが口を開く。

「おかげさまで、今日も元気に生きてるよ」

姉さんの言葉に笑顔で答えながら、つんつん頭のちびはわたしの横に立った。

「ルナも、朝っぱらから絶好調だねえ。ほっぺたをリスみたいに膨らませちゃって。そんなにがっつかなくても、クッキーは逃げないよ」

「もにっ!!」

すこぶる失敬な物言いに、わたしは著しく気分を害した。

「ごっついてのどいのい」

「クッキーが詰まりすぎて喋れてないじゃん」

「むぐっ!!」

わたしは口内にほんの少しだけ残っていたクッキーを素早く咀嚼し、珈琲で華麗かつ迅速に流し込んだ。

「……がっついてなどいない」

「口のまわりがクッキーくずだらけだよ」

「う、うるっさいなあ!!」

わたしはハンカチで華麗かつ迅速に口のまわりを拭いた。


「よっこらせ。マクスウェルさん、ぼくにも飲み物ください」

断りの言葉もいれず、ちびはわたしの隣の椅子に座る。

「レイナード様は、いつもので構いませんね?」

「はい。いつもどおり、シロップ多めで」

「かしこまりました」

頷いたマクスウェル翁は、手慣れた仕草でちびの前にアイス珈琲を置いた。


この陰険な少年は、レイナード=ヒム=ヴェルニカ。

わたしより年上なくせにわたしより背の低い、つんつん頭の、哀れなちびである。

やたら偉そうで長ったらしい名前なので、わたしは縮めてレイと呼んでいる。


「久しぶりだね、魔女さん。調子はどう?」

「平凡な毎日よ。アナタは?」

「えーとね。最近は、トアル村の連続誘拐事件を解決してみんなに褒められたよ」

「流石だわ、小さな英雄さん」


なぜか姉さんはレイの事を『英雄』と呼び、やたらと気に入っている。

基本的に姉さんの審美眼は絶対の筈なのだが、こいつへの高評価だけはわたしの頷けない点である。

何しろこの少年、わたしより年上な癖にわたしよりちびだし、『回天守護士ハイ・ガード』などという偉そうな肩書きを持っている癖に、いちいち言動が幼すぎるのだ。


あらためて諸君に説明するまでもないだろうが『回天守護士ハイ・ガード』というのは、この『ホムラホシ』の公的秩序を守る『守護機関ガードフォース』に所属する守護士ガードの階級の一つであり、その中でも特に知力・体力・時の運・認定機関への多額の賄賂わいろといった幾つかの過酷な審査を乗り越えた者のみが任命される、国家間の法律枠を超えた調査行動を許された身分である。


「で、ルナ。きみも飽きずに、魔女さんのポンコツ弟子をやってるの?」

いきなり話を振られ、わたしは珈琲を吹きそうになった。

「ポンコツではない」

おしぼりで口元を拭きながら、今日も哀れなちびに啓蒙してやる。

「わたしはこの世で最も偉大な姉さんの一番弟子、つまりこの世で二番目に偉大な人間なのだ。まあ、姉さんとわたしに偽りの名声を得ているような、世界で7億番目くらいの偉大さしか持ち合わせないコバンザメちびには一生わからないだろうが」


そう。このちびは『史上最年少の回天守護士ハイ・ガード』として一部の界隈ではちやほやされているが、その実は、何かにつけて姉さんとわたしにまとわりつき、わたしたちがこなした『依頼』を事あるごとに自分の手柄のように見せかけているという唾棄すべき12歳なのである。


「ひどい言い草だね。別に、そんなつもりじゃないんだけど」

わたしの針に糸を通すかのような鋭い舌鋒に、レイは少し悲しげな顔をした。

「そりゃあ、ときどき何もせずに仕事の手柄をもらえて嬉しいのもあるけど。ぼくが魔女さんの周りをうろちょろするのは、きみと話したり禁書バンの貸し借りをするのが楽しいからってのもあるんだよ、ルナ」

「ほほう」

レイの言葉に、わたしは少し前までの考えを改めた。

「前言を撤回しよう。お前は世界で5億番目くらいには偉大だ」

「まだ、とっても低いね……」

禁書バンといえば、この前貸した『怪人二十面相』はどうだった」

「うん、とっても面白かったよ。次の巻も貸してね」


あらためて諸君に説明するまでもないだろうが、『禁書』というのは公的に所持・閲覧が禁じられている書物である。

今現在、この太陽系第四惑星である『ホムラホシ』が、同じく太陽系第三惑星である『魔星タナトス』と静かな冷戦状態にあることは、赤子でも知っている常識だろう。

その『魔星タナトス』から違法航行で持ち込まれた異星の産物である『外界の書物』は、この『焔ノ星』の思想を汚す『禁書バン』と呼ばれて忌み嫌われ、世間的にはそれらの輸入・売買・複写・閲覧などは固く禁止されている。


だが、この『焔ノ星』では決して手に入らない未知の文化物に謎めいた魅力があるのもまた事実。密輸入された『禁書バン』は、うまく隠れながらも絶えず確実にこの星に流通している。

わたしとレイは、『魔星タナトス』から密輸入された『ドラえもん』や『ジキル博士とハイド氏』をこよなく愛する禁書バン中毒者ジャンキーなのである。


「レイナード様、妹様。あまり大声で禁書バンの話などなさらぬように」

わたしたちの会話を聞いていたマクスウェル翁が、微笑みながらも眉を寄せる。

「今は他のお客様がいないので構いませんが、万一のことがあっては困ります」

「あっ、ごめんなさい」

やんわりと叱られ、わたしとレイは縮こまった。

いま現在のこの星において、禁書バンの閲覧は立派な犯罪だ。特にレイなんかは『史上最年少の回天守護士ハイ・ガード』などという肩書があるので、世間にバレてしまうと降格どころの騒ぎではなくなる。


「さて。そろそろ、他の客も現れ始める時間でしょう」

それまで黙ってわたしたちの会話を聴いていた姉さんが、静かに言った。

「壁に耳ありとならない内に、今回の『依頼』について説明してもらえるかしら? マクスウェル」

「かしこまりました」

マクスウェル翁はいつものように、姉さんとわたしとレイの顔を順繰りに見たあと、ゆっくりと口を開いた。


「今回の依頼元は、『複合大企業・ウロボロスダイン社』でございます」

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