第4話 叶わぬ想い
紗和と友成、そして石本の三人は、一通り注文した料理を食べて『三吉』の表に出ると、横殴りの雪が容赦なく降り注いできた。
「うわあ、少し歩いただけなのに、あっという間にコートが雪まみれだよ」
「友成くん、ちゃんと傘くらいもってきたら?仙台の冬はこんな感じで、気まぐれに雪が降るんだから」
そういうと、紗和は友成のコートから手で雪を払うと、手に持っている傘を友成の頭の上にかざした。
一方、石本は一人寒そうに雪にまみれながら、二人の後を追うように歩いた。
「石本さん、寒くないんですか?」
友成は、時折後ろを振り向いては、石本を気遣った。
「いや、私は大丈夫。今日埼玉に帰るので、このまま地下鉄に乗って仙台駅まで直行するつもりですから。地下鉄の駅もすぐそこですし、ほんのちょっとの我慢なので、お気になさらずに」
そう言うと、石本は薄い髪の毛を手で払い、笑顔を見せた。
やがて三人は光のページェントの会場である定禅寺通りにたどり着き、頭上には、まばゆいオレンジの灯りが溢れ出した。
石本は、感慨に耽った様子で頭上にきらめく無数の電球をじっと見つめていた。
「何度見ても、やっぱり綺麗ですよね……あ、そうそう、お二人さん、写真を撮りましょうか?さっきスマートフォンを落としたから、写真とか撮れていないんじゃないですか?」
石本から自分の考えていたことを見透かされたかのような言葉をかけられて、紗和は驚いたが、
「そうですね。じゃあ、スマホをお貸ししますんで、私たちのことを撮っていただけませんか?」
と言い、スマートフォンをポケットから取り出すと、石本に手渡した。
「上手に撮ってくださいね」
「任せて下さい。こういうの、実は得意なんですよ」
そう言うと、石本は不敵な笑みを浮かべた。
灯りにつつまれたケヤキ並木をバックに、紗和は友成の肩にそっと寄り添いながら、目いっぱいの笑みを浮かべた。
「じゃあ、行きますよ!はい、ずんだもちーず!」
撮影のかけ声に拍子抜けした紗和は、思わず口元を押さえて笑ってしまった。
「はい、良い写真が撮れましたよ。よく見て下さい」
カメラには、友成に寄り添いながら笑いをこらえる紗和の表情がしっかり写し出されていた。
「あの、真面目にかけ声かけて下さいますか?」
「ええ?いい写真じゃないですか。屈託のない笑顔で写ってますよ」
「いや、これは不自然でしょ。笑いすぎてるし」
すると、友成が写真を見てクスっと笑いながら紗和の頬に指をさした。
「いい写真じゃない?紗和ちゃんはめったに笑わないから、こういう砕けた写真の方が、僕は好きだな」
「え?友成くんまでそんなこと……」
「あ、石本さんも撮りましょうか?一人で光のページェントを見ていたんですよね。折角ですから、写真撮ってあげますよ」
そう言うと、友成は石本からスマートフォンを借り、石本の手前で構えた。
「行きますよ!はいっ、ずんだもちーず」
すると、石本は満面の笑顔で大股を広げ、頭上に高々とピースサインを出した。
「え、すご~い!今、一瞬だけど、石本さんじゃないみたい」
紗和は、歓声を上げて笑い転げた。
友成は、スマートフォンに写った石本の写真を見て、思わず吹き出していた。
「すごい。ほんの一瞬だけど、こんなスゴ技を持っているなんて」
「何というか、反射神経的にやってしまうんですよ」
そういうと、石本はスマートフォンに収められた写真の数々を見せてくれた。
そこには、東京タワーの前で頭上で両手を合わせて東京タワーの真似をしている写真や、大仏の前で頬杖を付きながら横になっている写真など、見ているうちにわき腹が痛くなりそうな痛快な写真が多く収められていた。
「でもね、写真を撮り終わると我に返っちゃうというか。SNSで知り合った女性も、私の撮った自撮り写真を見て私のことを気に入ってくれたけど、素の私を見たら、この人とは付き合いきれないと思ったんでしょうね」
石本は寂し気な表情を見せながら、スマートフォンのボタンを操作していた。
「でもね。この写真だけは、お気に入りなんです。今も消去せず、大事にしてるんですよ」
そう言うと、石本は一枚の写真を画面越しに見せてくれた。
そこには、石本と一人の女性が、光のページェントの灯りの中で手を伸ばしてハイタッチしながら、お互いの顔を見つめ合っていた。
「この写真も笑える……けど、それでいてなんだか微笑ましい。それに、すごくいい絵になってる」
紗和は、石本の見せてくれた写真にしばらく見入ってしまった。
「この女性が、私の妻だったんです。もう十年以上前に撮ったのかな?この時は本当に幸せでした。今日、久し振りに仙台に来ましたが、あの時の気持が蘇ってきましたね」
石本はスマートフォンを閉じ、ポケットに仕舞いこむと、
「それじゃ、私は帰ります。お二人さん、今日はありがとう。いつまでも仲良くお幸せに」
とだけ言い、禿げた頭頂部を見せながら一礼して、地下鉄の駅の方向へ歩き去っていった。
「石本さん!」
友成は石本の背中を追いかけた。
「僕、石本さんに大事なことを沢山教えてもらった気がします。ありがとうございました」
友成が頭を下げると、石本はかすかに微笑みを見せ、片手を振りながら地下鉄入口の階段を下りて行った。
紗和は、友成の元へと走り寄った。
「行っちゃったね……」
「うん。身なりとは全然違う、奥の深い人だったと思う」
そう言うと、友成は紗和の片手を握り、微笑んだ。
「ねえ、友成くん。やっぱりニューヨークに行くの?」
「ああ、その気持ちは変わらないよ」
「寂しい。私、ずっと友成くんの傍に居たいよ」
「紗和ちゃん……」
「私、もうすぐ三十歳になるのに、ほかに彼氏を作らないで、結婚もしないでいる理由、分かる?友成くんという人がいるからだよ。だから、これでまた離れ離れになるのは、耐えられない!」
「……ごめんよ」
「ねえ、海外に行くの、もう一度考え直してくれない?もう一度仙台に戻ってきてほしい」
すると、友成はしばらく無言を続けた後、紗和の方を振り向き、紗和の髪や顔についた雪をそっと払い取った
「今日はありがとう。俺、これで帰るよ。明日も残務があるから、仕事行かなくちゃいけないんだ」
「そんな!去年ここに来た時は一緒に夜を過ごしたじゃない?」
「とにかく、また逢える時は連絡するよ。それまでは、元気でいろよ、紗和ちゃん」
そう言うと、友成は紗和の頬にキスをした。
そして、紗和の手からそっと自分の手を離し、ゆっくりと地下鉄入口の階段を下りて行った。
「ちょっと!友成くん!待ってよ!」
紗和は傘を畳むと、必死に友成の背中を追った。
「ねえ!友成くん!どうして私と一緒になってくれないの?私、私……」
紗和は涙をこらえながら、階段を下り、友成の姿をひたすら追いかけた。
やがて紗和は地下鉄南北線のホームにたどり着くと、ちょうど富沢行きの電車がホームに入っていた。
友成は、急ぎ足で電車の中へと駆け込んでいった。
「待って!友成くん!待って!」
紗和は、友成の背中に向けて必死に手を伸ばそうとした。
「紗和ちゃん。さっき石本さん、色々良いこと言ってたなあ」
「え?」
「何というか、自分にとっては聞いてて耳が痛いことがいっぱいあったよ」
そう言うと友成は笑顔を見せ、片手を振って電車の中へと飛び乗っていった。
「ちょっと待って!どういうことよ、それ……」
紗和が電車に乗ろうとした瞬間、無情にもドアが閉まった。
やがて電車は、ゆっくりと速度を上げて紗和の前を通過していった。
紗和はとめどなく流れ落ちる涙を拭きながら、ホームの白線に沿ってとぼとぼと改札へと向かった。
友成を乗せた電車は、赤い光を放ちながら遠くへと走り去っていった。
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