第6話 狛犬

「……なんで狛犬がここに……?」


 聖獣と呼ばれるだけあって、そう簡単に目にすることはないし、聖山や聖域と呼ばれるところに生息している。こんな下界に現れるなんて不吉でしかなかった。


「ん? 怪我をしているのか?」


 視界の光彩を調整して昼間のようにする。


 狛犬を見るのはこれで三度目。そう簡単に見るものじゃないと言いながら、おれは結構見てたりする。


 一度目は子どもの頃。遠くからだったが、その姿は今でも鮮明に覚えいる。


 二度目は戦場で。なぜいたかはわからないが、戦場に現れてたくさんの敵味方を殺し回り、そして、去っていった。


 あのときは死ぬかと思った。圧倒的な暴力になにもできず、ただ、狛犬が暴れるのを見ているしかなかった。


 ……生き残ったのは奇跡。なぜ助かったかもわからない。もう運がよかったとしかいえないだろう……。


 今も恐怖は残っているが、動けないほどの恐怖ではない。いや、緊張している程度だろうか? 手も足もちゃんと動いた。


 ……やはり、万能変身能力のお陰かな……?


 この変身スーツには生命維持の力もある。それは、精神にも働きかけるように設定してある。転生先がどんなところかわからないからな。


 まあ、戦争に出て、まともな精神でいられるんだから今生のおれの精神は図太いのだろう……。


 ネイルガンを握り直し、よしと気合いを入れる。


 建てつけの悪い戸をゆっくりと開けていく。


 スーツのパワーで開けているので、スムーズに開いたが、さすがに音を消すことはできず、狛犬の視線がこちに向けられたのがわかった。


 痛いほどの殺意がおれに当たる。が、心に揺れはない。なんか精神を抑える薬でも打ち込まれてるのだろう。


 狛犬は、殺意を向けるだけで襲いかかって来ることはない。想像以上に怪我をしているのだろう。でなければ人の住むところに現れたりしないだろうし、家を吹き飛ばしていることだろうしな。


「……近づくな……」


 と、狛犬がしゃべった。それも女声。


 だが、おれに驚きはない。聖獣は強いだけではなく知能も高いから恐れられているのだから。


 ……まあ、さすがにしゃべりかけられたことにはびっくりだけどさ……。


「それが望みなら近づきはしない。だが、死ぬのなら他で死んでくれ。聖獣が死んだ地は呪われるんでな」


 まあ、迷信だろうが、聖獣の死骸など災いでしかない。聖獣は毛から骨まで利用できる。金に目が眩んだバカどもが寄って来る。呪いと同じく荒らされるわ。


「我は死なぬ!」


 声には力が込もっているが、血でどす黒くなった地面を見たら説得力まるでなし。朝までは持つまいて。


「そうかい。それはなにより。頑張って生きて頑張って立ち去ってくれ」


 こちらを襲わないと言うのなら好きにすればいい。それが野生に生きる命だしな。


 どこかの心優しい主人公なら噛まれても助けるだろうが、この世界で三十六年も生きてたらそんな純情もなくなるもの。助けてと言われない限り放置である。


 ……明日は死骸の片付けか。面倒この上ないな……。


「待て」


 やれやれと肩を竦め、回れ右。寝るかと一歩踏み出したら、狛犬に呼び止められた。


「なんだい?」


 用件は手短に。朝は早いんだからよ。


「助けてくれ」


「人にか? 聖獣が?」


 聖なる獣と恐れられ、崇められているが、それは人から見た都合。こいつからしたら人なんて卑しいだけの、蟲のような存在だろう。


 別にそう思われてもしょうがない。人はそれだけのことをして来たのだからな。オレが聖獣の立場なら根絶やしにしてることだろうよ。


 ……まあ、そんなことするバカは国が総力を上げて殺しに来るだろうがな……。


「我は死ぬわけにはいかない。助かるのなら人にも頭を下げる」


「そんな義理はないし、助かったあと、お前がオレに襲いかかるかもしれん。なんの保証もなく、報酬もないでは人は動かんぞ」


 意地汚い生き物め! と罵るならどうぞご勝手に。人とはそう言うものだし、そんな生き物に命乞いしてることを知れ、だ。


「……ならば、この命、死んだあとの魔石をやろう。人の世ではなによりの宝であろう」


 確かに人の世で魔石は黄金にも勝る価値があり、狛犬の魔石なら城一つ建てられる価値があるだろう。


「だが、それは、お前が死んでから取り出せば済むことだ。取引にはならない」


 どうせほっといても死ぬのだから、答えるだけ無意味だ。


「そもそも、おれにお前を救う力があると思うんだよ? おれはただの村人だぞ」


 いやまあ、今朝方、前世の記憶と特別な力が目覚めちゃいましたけどね!


「いや、そなたから密度の高い魔力を感じる。それだけの魔力なら助けられるはずだ」


 まあ、この万能スーツは超魔力搭載型。生み出す魔力は……あれ? そんな機能がない? え? 魔力補充型だって? ど、どう言うことよ!?


 い、いや、どう言うこともない。神に介入されたに決まってるじゃねーか! クソ! わざと隠してたな! 


 調べるまで隠してるとか悪辣過ぎる! だったら記憶を三十六歳まで封印してんじゃねーよ、クソ神がっ!!


 怒りのあまりネイルガンを地面に叩きつけてしまった。


 クッ、落ち着けおれ! 怒ったところでなにも変わらないだろう。万能なのは確かなんだからやりようはある。だから落ち着け!


 人は創意工夫の生き物。一つが封じられようが別の方法を探せばいいのだ。人をナメるな、だ。


 よし、落ち着いた。おれ、冷静。どんと来いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る