個というものと人の形のお話

 高度に発達した産業技術により、実質的に人をまるごとそっくり複製することが可能になった世界のお話。
 SFです。一万字という短い分量の中できっちり世界を描いて、なおかつキャラクターも立っていてアクションもあって、そのうえ謎めいた事件の発生から解決までというミステリ的なストーリ展開をこなして、挙げ句の果てには主題までゴリゴリ掘り下げてしまうという非常に贅沢なお話。なんだこれは……わたしはいま何を見せられたんだ……?
 まともにおすすめポイントを書いているとキリがないので趣味の話だけしますと、このお話は冒頭で予告されている通りドッペルゲンガーのお話です。正確にはドッペルゲンガーと渾名される、あるいはそうなぞらえられるような存在たちのお話。〝彼ら〟そのものが本作唯一の主人公で、つまり二話目がどストライクでした。ジークよりも、マルグリットよりも、いやそこを主人公として読むと自動的に、二話目に書かれているそれにふんわり取り込まれるみたいな、この個の境界のおぼつかなくなる感覚が最高です。
 なんだってこんなことができるのか。主題の線の引き方、作中の社会と読み手が実際に生きている世界の、その接続の力加減が絶妙なのだと感じます。生態情報や行動情報の取り扱い、これらに対する懸念や脅威自体はそのまま現代にも通じるもので、それをてこにというかバールの先っぽみたいにしてこっちの認識をグリグリこじって決壊させてくる、そのパワーが実に爽快でした。
 人の形を離れたところでアイデンティティを管理するお話であり、アイデンティティを運用するのにどうしても人の形を追い求めていく世界の物語。胸に染みて、しっかりお腹に溜まる作品でした。

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