その八

『無論あなた方には姫をお守りくださった労に報いるため、我が国から報奨金とそして・・・・』


 たまきがそう言いかけたが、俺は彼女の言葉を手で制した。

『俺たちを勲章なんぞで吊ろうたってそうはいかん。そんなものより契約だ。俺たちは契約に従って動いているんだ。確実に履行する方を優先させる』


 彼女は困ったような顔で、マリーを眺めた。

 『まあいいんじゃない?タマキ、あと半日くらい自由にさせてあげれば?』


 マリーは微笑んで、ウィンクを送る。

 環は”仕方ない”とでもいうように肩をすくめ、壁にかかっていた掛け時計を眺める。

『あと五時間ですね・・・・仕方がない。それじゃ、このお店でお過ごしくださいませんこと?』

『どうするね?』

 俺は依頼人である健に問いかけた。

『うむ、仕方ねぇな。じゃ、そうするか』

 マリアには勿論異存はなかった。


 それからの五時間、俺たち四人と、それにマリー、あとはあのブルース・ブラザース連たちで、店の中はどんちゃん騒ぎ・・・・おっと、そうはいってもここはアルコールはない。

 せいぜいノンアルコールのスパークリングワインくらいが最高だった。


 健のアニキは散々渋っていたものの、

”ゴンドラの唄”と、

”カチューシャの唄”を二曲続けて歌った。


(あんた、よくそんな古い歌を知ってたな?)俺の言葉に健は照れ臭そうに、

”なに、昔の稼業に居たころ、オヤジ(親分のことだ)に教わったのさ”


 と答えていた。


 環とマリーは肩を並べてドイツ語の”菩提樹”を合唱するし、果てはブルース・ブラザース達は、自分の祖国の民謡だと称する歌を、気持ちよく歌った。


 俺にも歌えと言ってきたが、やんわりと、だが、”断固として”断った。


 人前で歌を歌わされるくらいなら、落下傘で百回連続降下をさせられる方がまだましというものだ。


 ジョージは女学生の一人に大正琴を弾かせて、調子はずれのオールディーズを一曲披露した。



 こうして、忙しない五時間は瞬く間に過ぎ去り、俺たちの契約時間は無事に終了した。


『ア、アノ・・・・』


 店の外まで見送りに出た俺たちを振り返り、バカでかいリムジンに乗りかかったマリアはこちらを見て、深々と日本式のお辞儀をした。


『アリガトウ、日本ノ侍ノ皆サン・・・・』それから彼女は一人一人と順番に握手をしたが、健に向かっては、首っ玉にしっかりと抱き着き、人目もはばからずキスをした。


 健は顔中をまっかにし、目を向いて全身を硬直させ、黙って頷いただけだった。


『貴方、姫に愛されたのですね』


 環が小さな声で囁くように言った。


 何でも彼女の国では、人前でキスをするというのは、よほど親しい相手としかしないものだという。



『隅に於けないな。アニキ』

 俺の言葉に彼はますます赤くなる。


『ほっとけ!これ以上言うと金は払わねぇぞ!』


 かくして、マリア姫は翌日の特別便で、祖国へご帰還の途に就かれた。


 その後、彼女は例の伯爵の息子との婚約を正式に破棄、自ら大公の座に就くと宣言をしたという。


 え?

(愛想なしの終わり方だ)だと?


 仕方ないだろ?


 俺たちはお伽話の世界に住んでるわけじゃない。


 現代に生きているんだからな。


                                                                   終わり

*)この物語は作者の想像の産物であり、登場人物その他は全てフィクションであります。



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あにきとお姫様 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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