その三

『私、自分の立場は良く分かっています』突然、彼女が口を切った。

 勿論半分英語、半分母国語、そしてわずかに覚えたばかりの片言(いや、それ以下か)の日本語がちらほらだから、分かりにくいことおびただしい。


『でも、二日間、二日間だけ自由にさせてください。一日はもう過ぎてしまいましたから、あと一日・・・・お願いします。』



 英語が幾らか解る俺はともかく、土方には全く理解出来ないだろう・・・・だがそう思ったのは俺だけだったようだ。


 彼はマリアの顔を見て、彼女の言葉を真剣に聞いていた。


『分かった』彼はそう言って、俺の方を見る。


『いいな。探偵』


『言うまでもない。但し金は頂くぜ』


『当たり前だ』

『じゃ、契約書だ。読んで納得出来たらサインしてくれ』

 土方はざっと目を通しただけで、すぐにサインをして寄越した。


 その時である。


 俺のデスクの上の電話が鳴った。

 最近電話を買い替えた。

 ディスプレイに相手先の番号が表示される奴だ。

(これでも古い人間なんでね。今までは黒電話に毛が生えたようなのを使っていたんだ)

 番号を見る。

”ははぁ、あいつか”

『もしもし?私よ』


 やっぱりだ。


『そっちにお姫様がいるでしょう?私と似た名前の』


 やっぱりだ。


 警視庁さくらだもん外事課特殊捜査班主任の、通称”切れ者マリー”こと

五十嵐真理警視、年齢は・・・・不詳。かなりの美人・・・・からだった。


『だったらどうした?』俺が訊ねる。

『悪いことは言わないわ、すぐにこっちに引き渡してちょうだい』


『幾ら君の頼みでも今は無理だ。断る』


『お姫様を引き渡せって、外務省を通じてあっちの大使館からせっつかれてるのよ。』

『何度頼まれても答えは同じだ。こっちは契約を交わしちまったんだ。あと一日だけ彼女を守らにゃならん。仕事になった以上、全うするのが探偵としての義務だ』


 電話口の向こうから、マリーのため息が俺の耳をくすぐる。

『・・・・こんなセリフは使いたくなかったんだけど、貴方のライセンス、どこが出してるかご存じよね?』


『エリートたる君まで、ノンキャリが使うような殺し文句を持ち出すとは思わなかった。それでも断る。』


『仕方ないわね。その代わり、何があっても責任は取らなくってよ』


『そんなものは関係ない。自分テメェケツ自分テメェで拭く。それが出来なきゃ一匹狼の探偵稼業なんかやってられん』


『貴方らしいわ』


 くすっと笑い声が一つ。

『じゃ、気を付けてね。ああ、これは独り言だけど・・・・彼女を探してるのは護衛ゴリラさんばかりじゃなくってよ。』


 電話が切れた。


『誰からだ?』

 土方が聞く。

『なに、昔馴染みさ。おひい様をいけにえに差し出せってよ』

『これからどうする?』

『それはこっちが聞きたいよ・・・・さて、姫君、どこに参りますかな?』

『どこかトラディショナルな所、一か所を除いて、後は貴方たちに任せます。』


 簡潔な答えだ。


『オーライ、じゃ、車を手配しよう』


 俺はもう一度受話器を取り、番号をプッシュした。


”ほい、俺”

 欠伸あくび交じりに聞きなれた声がした。

”ジョージか?俺だ。一台頼む”

”ダンナか。俺だって暇じゃないんだぜ。スケジュールが”

”今まで寝てたんだろう。他のは全部キャンセルしてくれ。手間賃は倍出そうじゃないか”

”ったく人使いが荒いな。ダンナは・・・・まあいいや、で?お車は何に致しやす?”

”それはそっちに任せるが、なるべく逃げ足の速いやつに限る。10分以内だ”

”じゃ、二倍だ。他人様ひとさまの時間を取り上げるんだからな、それくらいはいいだろ?”

”よし、交渉成立だ”

 俺は受話器を置いた。










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