第7話:変態仮面

 久々によく眠れたさわやかな気分で登校した俺は、鼻歌交じりに1時間目の授業の準備なんぞ整えていたのだが。


「お兄様……」


 その気分をぶち壊しにしてくれるのがうちのヤンデレ妹であるわけで。


「お話ししたいことがあります……」


 美九の放つ謎の威圧感に、俺はうなずくしかなかった。

 そして、美九が真剣な顔で質問を口にする。


「お母様はいつもああなのですか?」


「うん」


「いつも、お兄様が?」


「締め落としてたよ?」


 俺にとっては、そんなことが聞きたかったのかと拍子抜けするレベルのことだが、世間一般からすれば母親を虐待しているわけで、結構な問題かもしれない。


「……それに、疲れたんですよね?」


「寝不足が限界だった。ちなみに、美九が朝早く下着盗みに来るのもあるからな」


「それは、ごめんなさいです……」


 なんでこの馬鹿妹が謝ると、明らかに俺は悪くない状況でも罪悪感があるのか。

 変態な母親も変態な妹も、俺の責任ではないしそれに振り回されて寝不足になっている時点で俺は完全なる被害者のはずなのに。


「ほら、未洗濯のパンツと肌着やるから自分のクラスに帰れ」


 疑問に思いながらも空気に耐えられず、俺はビニール袋に密封した自分の下着を美九に渡してしっしっと手を振った。


「そんなことよりも!」


 美九はしっかりと俺の下着を受け取りながらもまだ言いたいことがあるらしい。


「き、昨日は天田さんと同じ部屋で寝てませんでしたか!?」


 うん、まあ、この質問をされると焦る。焦るのだが。


「とりあえず、かぶっている俺のパンツを脱いでくれ」


 それどころじゃねえ。


「話をそらさないでください!」


「話に集中できねえんだよ目の前で妹が変態仮面になってるとよぉ!」


 俺と美九の、見苦しく着地点の見えない口論は、しかしそこで打ち切られた。


「門倉なら、昨日はオレと一緒の布団で寝たぜ」


 天田さんや、なぜそんな爆弾発言を教室のど真ん中でぶちかますのかね。

 案の定どよめく教室の中で、変態仮面が天田に指を突き付ける。


「お、お兄様をたぶらかすつもりですねこの女狐!」


 が、天田は一切動じない。


「悔しかったら今この場で大好きなお兄様にキスでもしてみろよ変態仮面」


 なんて恐ろしいことを言うんだ天田!


「今俺のパンツに触れてる口じゃねえか妹でなかったとしても断固拒否だ!」


 裏返った声で拒絶する俺に、天田がずい、と顔を寄せてくる。


「じゃあ、オレだったら?」


「なんでこのイケメン男口説いてるんだ? ホモか?」


「この野郎!」


 天田にコブラツイストをかけられる俺をよそに、美九は教室から走り去った。


「やべ、やりすぎたか?」


 天田は少し気にしたようだが。


「あの変態にはいい薬だろうよ」


 俺は、慰めに行く気にはなれなかった。

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