第4話:穏やかな時間
「で、今夜は何食べたいんだ?」
立ち寄ったスーパーの入り口で、天田は鮮魚コーナーと精肉コーナーが並ぶ区画を指さして訪ねてきた。
「俺が決めていいのか?」
これから居候になる身分の俺としては、希望を聞かれることもどこか身に余ると感じる部分もあるのだが。
「質問に質問で返すなよな。……なんでもいいもなしだぜ。メニュー考えるのがめんどいから言ってるんだ」
なるほど、夕食の献立を何にするか、というのも、格好つけて言えば決断の一種だ。頭脳労働のうちに分類できるだろう。
「それもそうか。じゃあ、白飯に鯖の味噌煮」
鯖味噌は好物だったりする。
小学生のころだっただろうか。親父の出張中、お袋が禁断症状で料理もろくにできなかったとき、飢えた俺はかろうじて使い方を知っていた炊飯器で米を炊き、炊きあがった米の上に鯖味噌の缶詰をぶちまけて食った。
空腹は最良のソースとはよく言ったもので、以来その味が忘れられないのだ。
「味噌汁はいる?」
が、天田は俺の事情などお構いなしに、缶詰ではなく鯖の切り身を吟味し始めた。
「なけりゃないでまったく構わない」
遠慮できる部分は遠慮しておく。
米に鯖味噌ぶちまけて食うことを想定していた俺には、汁物と小鉢のついた鯖味噌定食なんぞという高級品を要求するつもりは毛頭ないのだ。
「オッケー。じゃあ後は適当におひたしでも作ればいいかな」
「十分すぎるよ」
それでもごく自然におひたしを作るとか言い出すあたり、天田は栄養バランスのようなものを無意識に考慮して献立を作れるのだろう。
時代錯誤かもしれないが、いい嫁さんになるタイプという奴ではないだろうか。
家に着くと、天田はカバンを放り出してエプロンを装着、買ってきた食材を並べて早速下ごしらえに入った。
……何かがおかしい。
「天田、親御さんは」
隣に立って手を洗いながら、俺は気づいた疑問を口にした。
俺は家で台所にはさほど立たない。お袋がやってくれているからだ。
だが、天田は自然すぎる動きで台所に立った。つまり。
「親父は、確か今日は11時過ぎるっつってた。お袋は……2年前にな」
天田は奥の和室に目を向けた。そこにあったのは、仏壇。
「すまん」
湯を沸かし、鯖に霜降りを始めた天田に謝りながら、俺はほうれん草を洗う。
「気にしてねえよ。まあ、気が向いたら手ぇ合わせてやってくれ」
「ああ。そうする」
気にしていないと笑う天田に、俺のほうが気にして湿気のある態度をとっていた。
天田の作った鯖味噌はやたらとうまかったが、俺がやったおひたしは何ともいまいちな味だった。
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