第22話 それぞれの処世術

 鬼ごっこ、いや、「死神ごっこ」における私なりの必勝の法則は、最初から狙う相手を決めておくことだ。


 誰が近くにいて、油断していようと、惑わされてはいけない。その一瞬の逡巡しゅんじゅんが獲物を逃がす行為につながるのだ。


 心に決めた相手を最後まで追う。これがこの勝負の鉄則だと私は思っている。


 浮気、ダメ、絶対!



 ――――まぁ、それで勝てたこともないのだけどね?


 

 まず、ティナを標的にするのは論外。絶対に無理だ。捕まえられない。この私含めた4人の中で身体能力がずば抜けて高い。手の届く範囲に居ても上手くひらひらと避けられてしまうのだ。動きが素早いのもそうだが、こちらの動きを見切るのが明らかにうまい。こちらの走る予備動作とかを理論立てて読んでいる訳ではなさそうなのだが……。感覚的に身体が動くのだろう。


 次にダリルくん。こいつを標的にするのは、あまりよろしくない。ティナほどではないにしろ身体能力が高い。そして、うざい。

 ダリルは障害物や他人を上手く利用して私から逃れることが多い。ダリルを追う私を誰かに擦り付けるように逃げたり、口頭で私を惑わしてくる。


 いい感じに追い込めたら、こいつは「今日のおやつ、ディに上げるよ? だから……な?」とか「今度、ティナとの訓練(チャンバラごっこ)変わってやるから? だから……な?」とか言って、私を惑わしてくる。


(クッ……魅力的な話だが……その手にはのらんぞ!)


 とか、私の逡巡してる間に視界から消えているのだ。奴は策士である。私では捕らえられない。精神年齢の高い私をもってしても、その高度な頭脳戦には苦しめられているのだ。


 その為、選択肢として残るのが、マイクくんだ。彼も私よりも身体能力は高いが、口撃はしてこない。ただ、普通に逃げるのがうまい。こちらの動きを良く観察し、フェイントを織り交ぜながら逃げるのが彼のスタイルだ。しかし、彼の一連の行動により私は私自身の行動を抑制されているような気もする。


 ティナの様な圧倒的な身体能力や動体視力を持ち合わせている訳でもない、ダリルの様に分かり易くずる賢い手を使っている訳でもない。確かに私自身の身体能力の面では、みんなよりも明らかに劣っていると自覚しているが、こうも敗因の分からない勝負もなかなか無いとも思う。


 まぁ、私にとって楽に狩れる獲物はいないのである。私は本命はマイクくんに決めて、それが悟られないようにダリルやティナの方に視線や体の向きを合わせたり、マイクくんの近くに居る誰かを追ってみたりと、フェイントを織り交ぜながらマイクくんを追い詰めようと頑張っているのだ。



 だがしかし—―――


「はぁ、はぁ、はぁ……もう、無理……」


 肩で息を弾ませながら、四つん這いに倒れ込んでしまう。


 結局、誰も捕まえることが出来ないまま、私の体力の限界が来てしまったのだった。


「あはははは! ディ、もうつかれたの? わたし、まだまだ、はしれるよ!」


 そう言いながら、ぴょんぴょん跳ねるティナ。言われなくても、その体力の溢れっぷりは見て分かる。


「えぇ~ディ、もっと頑張れよ!」


 ダリルが跳ねるティナの方を見ながら少し嫌そうに言う。それもそのはず、死神ごっこの次は家庭教師が来るまでチャンバラごっこ、もとい訓練である。その訓練よりも死神ごっこの方が幾分、楽なのだろう。まぁ、ティナに一方的にボコられるよりも、躱しやすい死神から逃げる方がマシだろう。私もそう思う。

 大体、ダリルが得意とする口撃もとい、相手を惑わす交渉はティナには、あまり効かない。ダリルが口を開く、その瞬間に出来た隙をついて、ティナがダリルをボコるのだ。


「まぁ、ライディも頑張ったと思うよ? いつもよりも結構時間たってるし」


 そう、私を弁護? してくれるマイクくん。私が全力で追ったにも拘らず、余裕のある表情をしている。これは……これからの訓練を見越して体力を残していたな? しかも、なるべく死神ごっこの時間が長引くように私の調子を見ながら緩急をつけて逃げていたような気も……


 私は四つん這いの姿勢のまま、顔をマイクくんに向けジト目を送ってみた。すると、こちらに気付いたマイクくんは、サッと顔をそむけてしまった。


 ――――あの野郎! やっぱり、いい感じに手を抜いていたな!


 ……まぁ、この後に行われるティナによるしごき……もとい、訓練はやはりきついものだ。体力を残していないと、やっていられないだろう。そういうのも、諸施術の一つであろう。


 

「すまない、皆……私は……」


 ばたっ、と何かそれっぽい事言って、四つん這いの姿勢からうつ伏せに移行する、私。


 静かに目を閉じ、口を半開きにしながら、疲れて寝てしまった様な雰囲気を出して、この後行われるであろう訓練を、自然に辞退しようとする。


「あ、ディ! だいじょうぶ? う~ん、つかれちゃったのか、しかたないなぁ、もう」


「ディ! お前ぇえ~! ずりぃぞ! 絶対、嘘寝だろ!」


「あッ、まぁ、疲れているのは本当だろうけど……」


 周りが何か騒いでいるが、聞こえない、聞こえない! 私は気絶しているのだから!


「じゃあ、ディいがいで、くんれんしよ!」


「「え~」」


「ん?」


「おい、マイク! 今日も頑張ろう! ……な?」


「あ、あ、うん……頑張ろうね、ダリル」


 そうして、ティナ、ダリル、マイクの三人による訓練が始まった。


 私は気絶した振りをしながら、薄目を開けて三人の戦いを観戦する。


 ふむ、いつも通りの対峙の仕方だ。ティナ一人vsダリルとマイクの二人組だ。


 基本的にティナが2人を相手に常に攻め立てて、その攻撃の大半をマイクが剣の玩具で受けて、ティナの攻撃ラッシュの合間にちょこちょこと、ダリルがティナに反撃するという形になっている。


 ティナは今、剣の玩具を片手に一本ずつ握っている。所謂、片手剣の状態ではなく、双剣となっている。

 そのうちの一本は私用の物だろう。私が使わないなら、自分が使おう! とでも思ったのだろう。


 しかし、双剣の扱い方なんて誰にも教わっていないだろうに、私の素人目からしてかなり上手く立ち回っているように思える。


 ティナ本来の攻めの姿勢を崩すどころか、より一層、攻めの勢いが増している。以前の一本でやっていた時でも手に負えないのに、よりヤバいスタイルが確立してしまった気がする。……まぁ、私、関係ないし! 静かに観戦……もとい、気絶していよう


「あ、やべッ」


 そう声を上げたのは、もちろん二人組の方のダリルである。


 おそらく、ちょっかいを出すタイミングでもミスったのだろう。リズムの狂った攻防戦の崩壊はその声の直後から起こった。


「痛ぁ! 痛い! 痛い!」


 シュッ、シュッと、剣の玩具が空気を震わせる音の後に響くダリルくんの悲鳴。


 ダリルくんはボコボコである。


 そしてボコボコにされ、蹲ってしまったダリルくん。彼はもう、戦意喪失してしまった様だ。


「クッ!? やばい!」


 続いて、マイクくん、ダリルくんのフォローがなくなってしまうと、やはりきつい様だ。


 少し持ちこたえてはいるが……



 シュッ! シュッ! と勢いの良く乗った振動が耳に届いた瞬間……


「って! 痛ッ!」


 あとはもう、ダリルくんと同じ要領で、ボコボコである。


 少しすると、彼もダリルくんと同じ様に蹲り戦意喪失してしまった。


 いつも通りである。



 すると、マイクくんが蹲ってしまったタイミングで、部屋の扉がガチャッと開かれた。


「おう、元気にやっているようだな! 外まで声が聞こえていたぞ!」



 今、この部屋で立っている子供はティナだけである。それ以外は、気絶した振りをして寝転んでいる私、ティナの足元に転がっている男子二人組。


 見ようによってはカオスである、と私は思う。

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