第21話 合掌

暫くした頃、気を失っていた一ノ瀬が目を覚ました。その事に気付いたクラインが一ノ瀬に声を掛けた。










「一ノ瀬さん、目が覚めるましたか!体調は大丈夫ですか?」


クラインの呼び掛けに未だ寝ぼけ眼で自身を確認し、曖昧な返事を返した。


「何とも、ないようですが、、、!?ロゼッタ!ロゼッタは大丈夫ですか!?」








一ノ瀬は気を失う寸前の出来事を思い出し、ロゼッタを探すように周囲を見渡した。その声で目を覚ましたロゼッタを確認した一ノ瀬は、ホッとした表情を見せた。次第に瞼を開けるロゼッタはゆっくり起き上がり、自身に視線を向ける三人に向け寝ぼけるように声をかけた。








「、、、あれ?朝ご飯?」


ロゼッタの気の抜けた言葉に、三人は平和を感じたと言う。








ロゼッタの瞼が全開した頃、一同は目の前の装飾の施された、開ききった扉の奥を見据えていた。その扉の中に続く道は、最初の行き止まりの部屋までの道とは違い、百メートルはある真っ直ぐに続く床や壁や天井には、まるで王族が住まう城の廊下の様に大理石や豪華な装飾品が備え付けられており、天井からはロウソクに火を灯されたシャンデリアが吊り下げられていた。その場違いな景色を見ながら、一ノ瀬は辛辣な言葉を呟いていた。








「俺が一生かけて働いても、この廊下を買える気がしない。、、、俺もう、この廊下に住めるわ。」


一同は死んだ魚の目をした一ノ瀬の過去に何かトラウマがありそうに思えたが、遠い目をしていた一ノ瀬をそっとしていた。








クラインが先頭を歩くかたちで、一同は廊下の先にある扉を目指していたが、道中ロゼッタはある違和感を感じ始め、皆を制止した。一同は廊下の中央辺りで、足を止め、ロゼッタの方に視線を向けた。








「ねえ皆、ちょっと思った事があるんだけど、廊下の真ん中辺りから奥の扉、全然近付いて無い気がするんだけど、気のせいかな?」


ロゼッタの言葉に三人は共に冷ややかな汗をかいた。実際結構な時間を歩き進めていた一向は、ついに言葉にされた事実を受け入れまいとしていたが、その時、皆同じ疑惑をもっていたことにより、この場所が、無限回廊であると認識した。








その事実を確認するため、洞穴を見つけた時と同様にベルトレの角に手を伸ばしかけたクラインだったが、再び投げられかねないと予想していたベルトレは頭の角度を瞬時に変え、掴みかけたクラインの手のひらに自身の角先を突き刺した。




〈ズブリッ〉と音をたてて手のひらに角が突き刺さったクラインは、刺さった方の手をもう一方の手で掴み、叫び声を上げながら無限回廊上を転げ回った。








「それにしても、一体どうすればいいのかしら?」


未だ転げ回るクラインを他所にロゼッタは、無限回廊からの脱出を思案するが、何の妙案も出ずにいた。暫く三人で案を出し合っていると、一同は遠方から三人を呼ぶクラインの声をきき、奥の扉の方に目をやると、未だ手のひらから大量の血を流すクラインが扉の前で手を振っていた。その姿を見て何かを閃いたロゼッタがベルトレに向き直り、申し訳なさそうに喋りかけた。








「ベルちゃん、ごめんなさい!」


「ん?何のこ、〈ズドンッ!〉ドォフェイッ!!?」


「!!?」








ベルトレに謝罪したロゼッタは間髪入れずに、もう見慣れてしまった風魔法を付与した右腕でベルトレのボディーに渾身の一撃を入れた。なんの脈絡も無いまま放たれたロゼッタのボディーブローに顔面の筋肉をいわせそうな程に表情を歪ませているベルトレに、再度ロゼッタは謝罪し、一ノ瀬に命令権による飛行魔法の行使をお願いした。








「えっと、、ベル、ごめん、、主従の主として命令する!あの扉まで飛行せよ!」


うずくまったまま、勝手に魔法を発動されたベルトレはそのままの体勢で中に浮き、奥の扉に向かって弾丸の様に発進した。その瞬間、ロゼッタは一ノ瀬の手を握り、ベルトレの足をつかんだ。そのまま奥の扉に向かい一直線に吹き飛んだベルトレの足を、ロゼッタは激突寸前で離し、無事一ノ瀬と共に扉前に着いたが、未だうずくまっているベルトレは、速度を落とす事無く頭頂部から、扉前に立つクラインの股間にクリティカルヒットした。


「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?。」」








「無限回廊は魔法による幻術の類いだから、その幻術を破る為には痛みや極度の緊張を強いられるの!だからといって皆で一斉にする必要はなくって、先導者さえ正気に戻れば被害も抑えられるの!」


上手くいったと言わんばかりのロゼッタだったが、むねを張るその背後には、扉の前で言葉すら発する事のできない二人が屍と化して倒れていた。その姿を目にした一ノ瀬は、自身の心の中で呟いた。








(これって、ベルを飛ばさなくても、クラインに戻って来てもらい、先導してもらえばよかったのでは?)


その事を一ノ瀬は口には出さず、屍の様に倒れている二人を前に、静かに合掌をする事しかできなかった。

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