第17話 城崎の決断と野原の迷走

恭介が指示出しを始めてから2ヶ月が過ぎた

2011年9月


暑さも和らいで来た時期


遅番で出勤の恭介はたまたま出勤途中で城崎と会った


「あら、おはよう」

「おはよう」


「冴島さん、俺社員になる事にした」

「…昼飯決める時みたいにあっさり言うね。俺見ててよくそう思ったね」


城崎が社員になる話は前々からあった。城崎本人が言い出した訳ではなく、城崎を高く評価している上田主任の意向でもあった


「結構考えたよ、それに、冴島さん見てたからやろうと思ったんだよ」


「…そうなのか、うん。城崎が決めたのならいいんじゃないか」


恭介は少し安堵した


城崎や山本が自分の道を決めれるまではナタデココで踏ん張ろうと思っていたからだ


城崎の出した答えは意外ではなかったが、思ったよりも早く、理由には素直に喜んだ


相澤や安河、どちらかと言えば今いる女性陣の方が指針があるように見えていた恭介は、指示出しを始める時にこの展開まで予想していた


「今日仕事終わったら店長に話すよ」

「そうか、解った」


恭介の中でも、目標の1つが叶った瞬間であった


しかし、店に着くと雰囲気が違う


というより前に感じたことのある空気だ


恭介と城崎はなんとなく嫌な予感がして顔を見合った


制服に着替える前に上田が休憩室にやってきた

「野原来てない?よね」


一瞬で状況を理解して恭介と城崎

「連絡ないんですか?」

「来てないし、繋がらない」

「…」


その日、結局野原とは連絡は取れないままとなったが、城崎の話は鏑木に伝わった


翌日恭介が出勤すると

「さっき店長が野原の社宅に行ったけど、出ない、というか居ないらしい、実家の方に今連絡取ってるよ」


木咲さん達とはずいぶん違うな


「そうですか…ズビ」


野原は


実は若い


まだ23歳だ


見た目は30超えてるように見えるし、結構平気で下ネタを話すし、粘着質なのであまり受けは良くないが


それでも班長になった


能力はあったが、班長になったのはそれが認められたからではない


人がいなかったからだ


23歳で背負いかれるものじゃないものを背負わされたのではないだろうか


恭介がそんな事を考えていると上田は冴島に言った

「冴島君は、前に本社の人に結婚しないの?って聞かれてたよね?」

「はい、輪番の、バーベキューの日ですね」


「あれの意味解る?」


「意味?そのまんまなんじゃないんですか?」

「今、ナタデココの系列店の店長職についてるのは例外なく既婚者の人。能力もあるけど、1番は簡単に辞められない人間であるからというのもある」


「…僕もそうなるように求めていると?」


「喜ぶべきだと思うよ、期待されてるんだよ冴島君。来年にはもう班長になってるかもしれないし。だから体調崩してる場合じゃないよ。間違っても野原みたいな連絡せずに欠勤とかはしないように」


「……着替えてきます」


嬉々としてそんな事を話す上田が同じ人間には見えなかった


恋人である幸が人質にされたような気分になった


まだ腰の件での会社からの連絡はない


だけど辞めさせないように動いている


働くのは生きるため


だけど会社が要求してるのは


働くために生きる事


自分だけならば気付かないフリもしていた


そりゃあ、野原も居なくなりたくなる


恭介は、今まで感じたことのない気持ち悪さを感じ、襲ってくる吐き気がなんなのかすら出来ないでいた

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