第9話 ユリの香りのする香水

腰の状態も悪くない


それでも恭介の足取りは重かった


今日の遅番の役職は鏑木店長と藤原副主任


特殊景品事件の事とは無関係ではないが嫌な予感がした。


鏑木曰く

「何度も防犯カメラなどを確認したが、個人を特定出来る証拠はなかった。同時に、外部犯というのはやはり考えられない」


という事だ


つまりは、花崎さんが盗んだ証拠はないが疑いは消えない。と、同時に今ホールで働く人達の中に犯人がいる可能性もあるということ


小説やドラマのように、解決する事件ばかりではない


「おはよう」


恭介が着替えて休憩室にいると相澤という古参スタッフの女性が挨拶してきた

「おはようございます」


「冴ちゃん大丈夫?」

「(また冴ちゃん)…何に対してですか?」


「今板挟みでしょ?バイトと役職とで」


相澤さんは結構何も考えてないように見せて鋭い

ホールでも年配の方に人気のある明るい女性だが、集団のための目立たない気遣いも上手い印象だ


「…大丈夫ですよ、ありがとうございます」


スタッフが揃い、ピリッとした空気の中業務が始まる


恭介には久しぶりのパチンコホールの仕事。やはり、と言うべきか、この日は最低の日だった


「絶対にお客さんから目を離さないで、あと大量の玉流す際これからは女性も分け隔てなくやってもらうから」


今日は城崎さんがいる


しかし藤原は城崎に指示を出させる事なくホールを支配していく


決して良くない意味で


「副主任、カウンターはこちらからカメラで見ているから気にしないで大丈夫ですよ」


鏑木の事務所からのインカムだ


おいおい

木咲さんへ腰を痛めてる、それでも大量の流しをやらせるのか?ヘルニアになった方も少なくないんだ


鏑木のインカムは必要なものだったのかもしれない  それでも

「私達はあなた達を信用してません」って言われて、皆どんな気持ちで働けばいい


恭介は震えた


しかしそれだけだった


彼はまだ入社して2ヶ月


抗う術を見いだせていない


それが理解出来るから


ただやるせなかった


「なんでそんなチンタラやってるの?本当に使えない!いいよ、城崎さん2人でやろう」


今日は忙しい

ただでさえ悪い空気の中普段しないミスも増える


山本も城崎も木咲も相澤も


しかし城崎だけには信頼があるのか、藤原はそうな事を言った


だが、時間は20時を回る

業務開始から4時間経過した

概ねこの時点では20分の休憩をそれぞれ2回は入っていて然るべき


だが


指示を出している藤原は城崎だけ休憩に入れていない


恭介や相澤は顔を見合わせて「城崎がやばい」とアイコンタクトする


だが


何も出来ない


ただの意地悪でそうしている訳でもないのは皆知っているから


「冴島さん、作業終わった」

「はい」


「休憩入って」


藤原は恭介に休憩入るように指示した


恭介はインカムを外し城崎のもとへ向かう

城崎は疲労から普段の明るい表情は消えていた

「ごめん」


としか

恭介には言えなかった




パンッ!!



城崎は恭介の尻を叩いた


舐めんな

気にするな


その意図はそれだけで伝わってきた



休憩室の椅子に座りうなだれる恭介

インカムも外し、タバコを吸う気力もなかった


「……木咲さん?」

「ありゃ?後ろから脅かそうと思ったのになんで解るの?インカム聞いてた?」


「香水です、木咲さんの少し目立つ匂いなんで」

「ああ、shiroね、いい香りでしょ?ユリの香水」


「……百合だからユリですか?」

「最初は知らなかったんだけど、そうなっちゃうよね〜」


この状況の中で、強いな


「木咲さん、腰は大丈夫ですか?」

「ああ私?私は大丈夫よ、そんなに流してないし、でも冴ちゃんは先のある体なんだから無理しないほうがいいよ」


恭介は言葉が出なかった


なぜこの状況で人の心配が出来るのだろう


悔しくて

言葉が出ない


「ありがとうございます、先、戻りますね」

やっと捻り出した言葉は素っ気なかった


「うん、頑張ってね」


早く戻れば城崎が休憩に入れるかもしれない


そう考えて早めに戻った


しかし、城崎が休憩に入れたのは


あらかた客が引いた22時を過ぎてからだった

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