第3話 彼女の名前は百合(ユリ)だった

近年、パチンコ業界ではパーソナルシステムと呼ばれるシステムが主流である

各台に玉を流す設置されており、ドル箱も要らない為、大幅に人員を減らして営業出来るのである。


2011年当時、パーソナルシステムはやっと大手が取り入れ始めた位の時期であり

「ナタデココ」はパーソナルのパの字もない


ナタデココは一階パチンコ200台、2階スロット100台の中型の店舗

しかしその店を回そうとすると9人程のスタッフが必要になる


「冴島さん、聞こえますか?冴島さん」


山本の呼びかけに恭介は答えない

というより答えられない


聞き取れないのだ


パチンコ屋では通常、インカムと呼ばれるトランシーバーのようなもので会話をする


イヤホンを片耳につけてマイクに喋る形で使うのだが、個人差はあるが、これを聞き取れるようになるまで1ヶ月程度はかかる


「冴島さん、とりあえず台を清掃しましょう」

山本が恭介の耳元で話してくれた

「はい」


ダスターで台を拭く山本を見様見真似で真似る恭介


その時山本が恭介の肩を叩き「ランプが付いたのでいきましょう」と言う


言われるがままドル箱を取り、大当たり中のお客さんに手渡す


中身の入ったドル箱を下げようとするが

「…(嘘だろ…)」


大きさにもよるが、中身の入ったドル箱は約7キロにもなる


降ろしたドル箱をお客さんの後ろに置く


「えっ、えっ…」


渡す→持つ→降ろす


ただこれだけの作業がどうしてこんなに難しいのか


整理する間も無く次のランプが付き同じ作業をする


始まってまだ30分も経ってない


恭介の身体は既にナイアガラの如く滝になっていた


「全然焦る事ないんで、ゆっくりやりましょう」


ニコニコしながらそう声をかけてきたのは城崎という名札をした男だった


「はい」


恭介の声にはもう力が入っていなかった


業務が終わり家に帰る頃には


パチンコ屋の悪辣な環境も手伝って喉が焼けていた


翌日、ホールで会った時とは別人のようの城崎が恭介へ話しかけてきた

「研修してきてるんでしょ?」


「はい」


あれを研修と言うのかはともかく、恭介は聞かれた事に答えた


それを聞くと城崎は何も答えず制服に着替えにいった


この日も山本と共に働く恭介


インカムは聞こえないし、喋れない

作業は簡単なはずなのに出来ない


と余計焦りが募る


やっと休憩が回ってくると

同じ時間に休憩に入っていた女性から


「凄いテンパってるよね」


と声をかけられた


名札を見ると「木咲」と書かれていた


「はい、すいません」


恭介にはそうとしか答えられなかった

この人知らないし


「ユリさん、今日ホールですもんね、フォローしてあげて下さいね」

「カウンター退屈だしね、はいはい〜」


山本と木崎は慣れた感じで会話していた


木咲は先に休憩が終わるのか先に休憩室から出て行った


「今のが木咲さん。木咲百合さん、ノリが軽いけど優しい人ですから」


山本は丁寧に説明してくれたが

恭介の頭には入らなかった


シンプルに疲労から


恭介はこの1週間だけで8kg痩せていた

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