ジーザス!勇者様!?

出っぱなし

1

 俺は勇者だ。


 覚えているのは、それだけだ。

 今立っている場所がどこなのか、それすら全く分からなかった。

 今が夏なのかもわからないが、強い日差しがジリジリと肌を焼き付ける。


 ふと目を上げると、雲ひとつ無い青空がどこまでも続き、照りつける日差しが眩しくて目を逸らす。

 下ろした視線の先には、なだらかな丘陵の干枯らびかけた茶色い草原、いや牧草地が広がっている。

 だが、目につく生き物はいない。


 所々に、乾いた風に揺らされる日よけ用なのだろうか、緑の葉をつけた広葉樹が植えられ、その遥か彼方に無機質な塔がいくつも薄っすらと見える。

 どこまでも静かで、風の歌しか聞こえない。

 記憶はないが、少なくとも物の名前は覚えているようだ。


「きゃあああ!!?」


 突然、背後から静寂を破る、女の甲高い悲鳴が響き渡った。

 反射的に振り返ると、50歩ほど離れた距離で、尻もちをついている若い女がいる。

 女の前には、ゆっくりと動く腐った死体のモンスター、ゾンビがいた。


「チッ!今助ける!」

 俺は反射的に駆け出し、とっさに腰に下げていた剣を抜いた。


 自分が剣を持っていたことに今気が付いたばかりだ。

 が、目の前の相手を助けることに集中しろ!

 ゾンビは俺が駆け寄ってきた事に気が付いて、生きた肉を貪ろうとウジの涌く手を伸ばしてきた。


 だが、遅い!


「うおおお!!」


 俺は、ゾンビののろい攻撃をかわし、胴切りに真っ二つにした。

 そして、ゾンビは灰になって消えた。


 俺の剣は小ぶりのショートソードだが、どうやら聖剣なのかもしれない。

 倒したゾンビを跡形もなくあっさりと浄化してしまったようだ。


「え!?な、何が!?」

 若い女は、混乱したように大きく目を見開いている。


「ふぅ、大丈夫……ぬが!?」

 俺はフッと笑って、助けた女に声をかけようとしたのだが、衝撃的のあまりとっさに目を逸らしてしまった。


 金色の長い巻き毛に涼し気なパッチリとした青い瞳は良いのだが、大きなはち切れんばかりの胸が目立ち、袖のない透けるほどの薄い布の服と肉感のある白肌の生足を隠そうともせず、腰回りを隠すだけの青い分厚い生地のホースタイツ姿だ。


 な、なんなのだ、この恥じらいのない女は?

 な、なぜ、こんな娼婦のような女が牧草地なんかに?

 ど、奴隷、か?


 俺の頭は完全に混乱していて、記憶が無いだけではなく、これは確実に未知との遭遇だった。

 

『パーン!』


「な、何だ、今の音は!?」


 突然、何かが弾けるような音がしたので、俺はその方向へと振り返った。

 そこには、黒く細長い筒を持った、茶色いひげのモジャモジャした男が緊張した面持ちで立っていた。


「動くな!」


 男は謎の筒を俺に向けて殺気を放っている。

 記憶のない俺だが、あの筒の名前すら出てこない。

 おそらく魔道具なのだろうか、未知の武器だという事だけは分かった。

 男の言う通り、逆らわずに動かないのが賢明だろう。


「てめえ、何者だ!?そんな格好しやがって、ジャンキーか!?オレの娘に近づくんじゃねえ!」

「じゃ、ジャン…?な、何だ、それは?俺は……!?」


『パーン!』


「動くなって言っただろうが!」


 男が叫ぶ前に、また何かが爆ぜるような音がした。

 そして、俺の足元の土が同時に弾け飛んだ。


 やはり、あの筒は魔道具のようだ。

 当たったらタダでは済まない威力を秘めている。


 どうやら、俺の格好がこの辺りでは異常なようだ。

 俺は、聖剣を装備していて、鋼鉄の盾、鎧も装備している。

 しかし、俺にとっては何もおかしいことはない。


 それに対して、相手は人族のような見た目で、娘と同じような色違いの薄い布の服と膝丈までの少し長めなホースタイツだ。

 だが、記憶がないとはいえ、俺にとってはあまりにも違和感のある格好だ。

 しかし、相手にとっては、娘の淫売のような格好が普通で俺が異常に映るらしい。


 一体、俺はどこに来てしまったのだろうか?

 何が俺に起こったのだ?


「ダディ!やめて!」


 痴女のような格好をした娘が立ち上がり、魔道具を構える父親と、呆然としていた俺の間に立ってくれた。

 体の発育は異常に良いが、声質と幼めの顔立ちからして、おそらく15、6歳だと推測される。

 その娘は、怒っているように父親に詰め寄っていった。


「何言ってんだ!このイカレ野郎がお前に剣を突きつけて……」

「違うわよ!この人が私をゾンビから助けてくれたのよ!」

「何!?そ、そうなのか。……娘を助けてくれて、ありがとうよ。」

「いや、いいんだ。これぐらいは当たり前のことだ。」


 男は娘に注意され、やっと勘違いに気づいて俺にお礼を言って、魔道具を下ろしてくれた。

 俺もまた、ホッとしたことで剣を構えていたことに気が付いた。

 剣を下ろし、気になることを聞いてみた。


「すまない、ここがどこなのか教えてくれないか?」

 だが、この父娘は俺の質問の意味がわからないというようにキョトンとした顔をした。


「あれ?俺は何かおかしな事でも言ったのか?」

「い、いや、そうでもない。オレが逆に聞きたいぐらいだ。あんたが一体どこから来たのか聞きてえ。」

「そんなに、俺は変か?」

「あ、ああ。まるで中世の騎士みたいな格好だからな。ハロウィンには時期外れだぜ?」

「ハロウィン?中世ってのもわからないが、俺は騎士じゃない。勇者だ。」

「おう、ジーザス!ガッデム、勇者様だって?HAHAHA!」

「ダディ!笑ったらダメだって!」


 と、娘は父親をたしなめながらも、一緒になって笑っている。

 俺には何が面白いのか分からなくてイラッとした。


「勇者の何がおかしいんだよ!」

「いや、悪い、悪い。このご時世だからな。頭のイカれちまった奴らがゴロゴロいるからな、つい。」

「ふん!俺にとっては、あんたらの方が……ぐ!?」

 俺は、おかしいと続けて言おうとしたのだが、娘の方が視界に入ってしまった。


 くそ!

 なぜ、こんなに堂々と人前で肌を晒しているのだ?

 育ちの良い家柄の娘ならありえないぞ!

 どれだけ辺境なんだ?


「ちょっと、大丈夫!?」

「ぐわああ!?」


 娘は、座り込んだ俺を心配して駆け寄ってきたが、逆効果だ。

 あ、暴れん坊がフルプレートアーマーに頭を押さえつけられて、例えようもない地獄の苦しみが襲ってくる。

 な、何て危険な誘惑魔法チャームなんだ。

 まさか魔族、淫魔サキュバスか?


「くっ!……む?その膝、怪我をしたのか?」

「え?ええ、さっきゾンビから逃げる時に転んじゃって。」


 娘の無意識の誘惑に負け続けていた俺は、膝から滴る血に気が付いた。

 痛そうだなと思っただけだったが、無意識に娘の膝に触れていた。


「え!?ちょっと、どこ触って……!?」

小回復ヒール!」


 どうやら、俺は簡単な回復魔法も使えるようだった。

 娘のケガが少しずつ回復されていった。


「ファッキュー!!娘からその薄汚え手を離しやがれ、この腐れマラ野郎ディックヘッドが!」

「ま、待って、ダディ!……オーマイガー!?け、ケガが治ってる?」

「は?何言って……ジーザス!?ま、マジで治ってやがる。」

「そんなに驚くようなことなのか?ただの小回復ヒールだぞ?」

「あ、当たり前でしょ!こんな魔法みたいなこと!」


 この父娘はあーでもないこーでもないとお互いに騒いでいる。

 どうやら、魔法自体珍しい僻地のようだ。

 牧草地にいるということは、職業は村人なのだろうか?

 だが、ただの村人が魔道具を持っていて、使いこなしているのはおかしな話だ。

 先入観で決めつけてしまうのは、間違いの素だ。


「あの、聞きたいことが……」

「分かったわ!あなたは、いえ、貴方様はなのですね?」

「……へ?な、何の?」

「いや、ごまかさなくてもいいさ。これだけ、世界がぶっ壊れちまったんだ。もう疑いようがねえ。最後の審判のために、ついにが降臨されたのだ!オー、神様ジーザス!!」


 と言って、唖然とする俺をよそに、この父娘たちは胸の前で十字を切った。

 何をしているのかさっぱりとわからなかったが、どうやら俺を神と間違えて祈っているようだ。


 な、何て思い込みの激しい父娘なんだ。

 明らかに、勘違いをしている。

 俺はただ、ケガを癒やしてゾンビを浄化しただけだ。

 俺は、ただの勇者だ。


 俺は二人が落ち着いた頃、この父娘たちに自分が記憶のないこと、ここがどこなのかも、何がどうなっているのかもわからないことを説明した。

 そして、俺は自分の名前も分からなかったが、二人の名前は教えてもらった。

 娘がルシールで、父親はニーガンだ。


「……そうですか。それは失礼しました。本当にありがとうございました。」

「いや、いいんだ、気にしないでくれ。あれは勇者だったら当たり前の行動だ。」

「オレは感謝するぜ!愛しいルシールを助けてくれたんだからな!」

「そ、そうか。」


 謙遜していても、やはりお礼を言われるのは嬉しいものだ。

 陽気で大雑把だが、感情を真っ直ぐに出すこの父娘たちに、俺は照れくさくなって頭をかいた。


 少しして、俺は真面目な顔で質問を投げかけた。


「……なあ、俺は自分の事を話したんだ。今、ここで何が起こっているのか教えてくれないか?」


 これは俺自身かなり気になっていたことだ。

 だが、この父娘たちは困ったように首を横に振るだけだ。


「そいつは、詳しい話はわからないんだ。突然、世界中に未知のウイルスが蔓延したんだ。初めは、ただの風邪みたいな症状だったけど、ある時、突然変異を起こしたんだ。そうしたら、ゾンビが世界中にあふれて、世界はぶっ壊れちまった。」

「だが、そんなになるまで誰も立ち上がらなかったのか?」

「もちろん、対策はしたわ。ウイルスを封じ込めようとCDCもWHOも動いた。ゾンビが出てきた時も、軍だって警察だって、自警団ですら頑張ったわ。でも、食い止めれなかったの。」


 ルシールとニーガンは諦めたように首を弱く振るだけだ。

 よくわからない単語がいくつも出てきたが、ウイルスというのは瘴気のことなのだろうか?

 瘴気とは悪い魔力のことで、ゾンビなどのアンデッドを操る力のことだ。


 そうであれば、瘴気の元となる魔王を勇者である俺が倒せばいい話だが、魔王の存在すら話すら出てこなかった。

 一体どういうことなのだろうか?


「まあ、これ以上の立ち話は何だからよ、家に来いよ?」

「え!?でも、そこまで世話になるわけには……」

「うん!私もいいわよ!ダディに大賛成!お礼もたっぷりしてあげないと!」


 この父娘は遠慮する俺の話を全く聞かなかった。

 だが、俺自身行くアテもなかったので、お言葉に甘えることにした。


「分かった、ありがとう、お世話になるよ。」


 俺がニコリと笑って頭を下げると、二人共満面の笑顔だった。


「あ、ところでここはどこなんだ?」

「ああ、ここは、ユナイテッド・ステイツ・オブ・ゾンビーランドだ。」

「は?ユナ……?」

「もう、ダディ!そんなアメリカンジョーク言ってもわからないわよ!」


 何を言っているのか全く分からなかった俺に、ルシールは眩しい笑顔で振り向いた。

 俺は思わず胸がトクンと高鳴った。

 ルシールは俺と一瞬見つめ合った後、頬をほんのりと赤くし両手を大きく開いて叫んだ。

 

「ここは、自由の国、アメリカ合衆国よ!」


 ルシールは、まるで一筋の希望を見つけたかのように、気分が高揚していた。

 俺もまた、何か運命のような力に導かれているようだ。

 不思議な力がどこからか湧いてきた。

 俺達三人は、高い空に溶け込むかのように、地平線の彼方まで続く牧草地を歩いていった。


 俺達の戦いは、これからだ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジーザス!勇者様!? 出っぱなし @msato33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ