第6話 フランキー・バオバオの帰還
地面三郎は激しい脱水症状をみせていたが息を吹き返したらしい。
本来なら会議のオープニングセレモニーのリハーサル後、準備会の最終打ち合わせを予定していたが、状況が状況である。井の頭公園がクソまみれなのだ。思いもよらないニッキ―ねずみたちの襲撃だった。実行委員のうち多くの者たちが被害に遭っている。今日の打ち合わせは延期せざるを得なかった。警備体制も見直さなければならない。
議長であるモグラのはったんはNASAが開発したとかしないとかいう最新鋭のレーダーを起動させた。
「仕方がない。ことは緊急だ。あいつをすぐに呼び戻そう」
はったんはコンピユーター制御室のイスに一人座り、あいつのコードネームを入力した。
「トゥルルルルー、トゥルルルー・・・」
最新鋭の無線レーダー通信装置の呼び出し音が響く。
「トゥルルル」
ガチャ。
「はい、もしもし。何ですか。いま、ごはん食べているので後にして・・・」
「私だ、議長のはったんだ。緊急指令だ!」
「えっ!なに。だれ? だからいま、ごはんだから」
「黙れ! 聞け」
はったんが声を荒げるのも当然である。地球の危機がすぐそこまで迫ってきているのだ。ごはんは後にして欲しい。そういう気持ちだ。
「コードネーム『バオバオ』。応答せよ」
「もう答えてるよ。だから何よ、お前? ごはんが」
はったんの叫ぶような声とバオバオの応答の声が夜間の静まりかえるコンピューター制御室に響き渡り、壁のプレハブを揺らす。屋根はないので夜空にも響いている。
「大変なことになった。今すぐ地球への帰還を命ずる」
はったんは毅然として命じた。
「何があったんですか。ごはん食べたら帰ります」
「バオバオ、説明は後だ。もう小銭が足りないから切るぞ」
はったんは最新鋭のレーダー通信を切った。
フランキー・バオバオは赤い受話器を置いて取り敢えずごはんの続きに取りかかった。
フランキー・バオバオ、コードネーム「バオバオ」は、とても広い意味では人間の仲間だ。もう少し意味合いを狭くすればお猿だ。さらに具体的にいえばオランウータンである。バオバオは現在、月の裏側の調査のためにそっちに一人で出張中だった。国を挙げての月面調査に選ばれたのだ。たった一人で宇宙船に乗り調査を続けていたのだった。地球で何が起こっているかは勿論、知らない。しかし議長がああ言っているので戻ることにした。
バオバオの目つきが厳しさを増した。自転車のハンドルを高度に改良した操縦桿を握る手に汗が滲む。
「只今から、大気圏に突入いたします!」
特に誰も聞いている分けではないが、バオバオは操縦席で叫んだ。帰還中に小腹が減っては大変だと考え、ヨックモックのバラエティーギフトや亀田のおもちだまゴールド缶などを操縦席に載せていたが、激しい衝撃で宇宙船が大きく揺れ、お菓子は床に落ちバラバラに散らかってしまった。
「大変だ、お菓子がメチャメチャになったぞ」
バオバオは急いで床に散らかったクッキーやせんべいを集めた。その時である、さらに大きな衝撃が宇宙船を襲った。宇宙船は粉々に砕け散り、両手にクッキーとおせんべいを持ったままのバオバオは外へと放り出された。三鷹駅南口のデッキが轟音とともに崩れ落ちてゆく。予定では立川辺りに着地するはずであったが、少しばかり東にずれたようだ。宇宙船から放り出されたバオバオは三鷹駅南口から空を飛び、いまだクソまみれの井の頭公園に叩きつけられた。
当日には新聞各社が「号外」を発行した。
『フランキー・バオバオ氏、地球に帰還!』
号外の大見出しである。国中の期待を一身に背負い月の探索を行なってきた者の凱旋である。東は吉祥寺から西は三鷹までほぼすべての国民がフランキー・バオバオの帰還を暖かく迎えた。
(つづく)
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