街灯の下

深夜、寝ていると「おーい!」と、遠くで呼ばれる声で目が覚めました。



夢かな?と思って、目を覚ました後もベッドで少し横になっていたんです。

でも、また呼ぶ声がしていまして。

それが、玄関先から呼ぶ主人の声だと分かったんです。

どうしたんだろう?と思って階段を降りていくと、少し開けた玄関のドアから顔だけ覗かせている主人と目が合いました。

「どうしたんです?」と尋ねると、主人は


「おい、塩ぶっかけてくれ」


と言うんですね。

訳が分からなかったのですが、いいから早く!と急かす主人の勢いに負けて、台所からお塩を持ってきて、背を向けて立つ主人に向かってふりました。

主人は「これで大丈夫だろう」と言って、玄関に入って鍵を閉め、私の前を通り過ぎてリビングに向かったのですが、野良犬とじゃれあってきた後のような、強い獣の臭いがしました。

変だなって思いましたけど、食事を温めなおして。

急に法事でも入ったのですかと尋ねたんでですね。

すると背広を脱ぎながら「変なものを見た」といって、話をしてくれました。


当初の予定を越えて会社に居残ることになって、やむなくタクシーで帰ろうとしたのはいいのですが、うっかり持ち合わせを用意せずにタクシーに乗ってしまったそうなんです。

運転手さんに事情を説明すると有難いことに、所持金分走ったあとはメーターを止めてできる限り近くまで寄せましょうと言っていただけたそうで。

そこからは歩いてきたらしいのですが、その途中に街灯が少ない寂しい道があるんですよ。


その、街灯のふもとに、誰かがうずくまっているのが見えたそうなんです。


こんな夜中とはいえ、体調を崩されたのかもしれないと思い、主人は駆け寄ったのですが、そのうずくまる人は




とても綺麗な着物姿で、髪は島田に結ってあったそうです。




思い当たる節があり主人は声をかけずに家路を急いだのですが、だんだんと自分が獣臭くなるのが分かったので、それで、素直に家には入らず私にお清めをお願いした、ということでした。

「じいさんに教わっていなきゃ、危うく声をかけていたな」というので、私が

「声をかけていたらどうなってたんです?」と聞くと、少し考えて




「忘れた」と言って、笑っていました。





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