0 ー今ー

「大根の茎を細かく切って,ご飯と一緒に炒めて塩コショウで味付けすると美味しいよ。

小学校の時だったか,わかめご飯出なかった?」


おれは,きちんと整理された台所にいる。

トントンと手際の良い音を聞きながら。


「そう言えばあった!でも私,揚げパンが好きだったかなぁ。

あ,優樹くん。今刻んだ玉ねぎを舌でも潰れる位に茹でてくれる?」

「はいっ」


普段自炊なんてろくにしないから,話をするのが八割,料理二割の割合でここに時間が合う時,来るようになった。


「おれに料理教えて欲しいんだけど…大丈夫かな?」

そう彼女に電話したら

「教えられる程上手じゃないけど…大丈夫だよ」

横に立っていると動く際に邪魔になるから,後ろにさがり,彼女の表情と手元が見える,少し斜めの位置がおれの定位置になった。


今日はハンバーグを作るらしいが,食べやすい柔らかさで尚且つ,食事を楽しいと感じて欲しいと思う彼女の優しさで,手間はかなりかかる。

だから

おれも手伝える事は少ないながらも,一緒に台所に立っている。


飲み会で連絡先を交換したものの,全くお互い連絡する訳でもなく

おれが仕事を辞めて,携帯に入ってる連絡帳の整理をしていたら

「飲み会の子」

ここで指が止まった。

自己紹介を適当にやり過ごした為,名前は覚えていないし知らない尽くしだったが,消す事は出来なかった。


彼女は綾香といい,おれの名前も伝えて,何度か連絡をとる内に,料理に関心を抱き始めた。


辞めてから暫くはゆっくり過ごし,久しぶりに役所の所に咲いている花…タキばあちゃんに会いに行った。


そして


自分に素直に生きたい


と,宅配弁当の会社で,作るのを手伝っていたが

食材より指を切る事が多く,配達にまわされた。

そこで様々な家庭に寄り,玄関で立ち話をした。

役所で書類と向き合ってるより,直に人の話や悩みに耳を傾ける事が出来て,給料はガクンと減ったが

心は満たされていた。



「優樹くんっ!茹で過ぎちゃうっ!!」

「…あっ!!はいっ!!えっ……!!」

急いで火を消し,ザルに玉ねぎの入った湯ごとあける。


「あちっ!!」


湯気が勢いよく顔に向かってきた。


「大丈夫?火を使ってる時は,考え事しちゃダメ。危ないし,美味しくなくなっちゃう。」

「…すみません。」



ぱちぱちぱちぱち


音のする方を振り向くと,綾香のお母さんが楽しそうな表情をして,手を叩いていた。


「ふふっ。料理中は集中して欲しいけど,お母さん,優樹くんが来てくれて一緒にこうしていると凄く嬉しそうなの。」

頭を掻きながら,お母さんに恥ずかしさを隠しつつ,ペコりと苦笑いを浮かべながら頭を下げた。



ぱちぱちぱちぱち


それに答えるように,手を叩く。


傍から見たら健康にしか見えないが,声を聞いた事は無い。

それに誤飲を防ぐ為に柔らかくした食事をしてるのは,何かしらの病気を抱えているのだろう。

それをおれは聞いてないし,聞くつもりもない。


色んな人間がこの世にはいて,悩みも喜びも

その人生も,人の数だけ形があるから。


それに,家に来て一緒の時間を過ごしているが,綾香と付き合っているわけでもなければ,名前とスーパーで働いてる事しか未だに知らない。

でも,お互いそれ以上深く聞くことも無かった。



「良かった。柔らかくなり過ぎたかと思ったけど丁度いい。」

肉と玉ねぎの食感は無くても,美味しそうな匂いが漂ってくるほんわかしたこの空間が好きだ…。



ぐぅ~…


おれのお腹が反応する

「ごめん…いい匂いでさ」

「ふふっ。嬉しいっ。介護食って見た目が寂しくなっちゃうから悩んでたけど,お腹が鳴るってことは少なからず匂いでは楽しめてるってことだもん」


嬉しそうな横顔に,俺も嬉しくなった。


「もう遅いから,帰るね。今度はもっと料理が出来るように勉強してくる。」


綾香とお母さんに頭を下げ,帰り支度をし,玄関に向かう。


お母さんを待たせないよう急ぎ足で来て,早口で

「その絆創膏の数で分かってるよ。

また来てくれる時,それを増やさないのが私からの宿題。…ありがとう。」


そう言うと「それじゃ」と,急ぎ足で戻って行った。


「お邪魔しました」



帰りの車の中で

何を作ろうか,何なら喜んでもらえるか

ずっと考えていた。


(確か,辛いの好きだったっけ…)


彼女は「自分だけ別なの食べるのは嫌だから」と,同じのを食べてると言っていた。


んんー……


頭をふるに使って考えても,普段料理しないおれは情けない程なんにも浮かばない。


近くにある本屋の駐車場に車を停め,あるコーナーに一直線に向かう。

沢山ある中から


「心も体も満足!簡単レシピ」

「大切な人のための介護食」


その二冊を手にしレジで支払いを済ませ,店を出た。


(やってみよう。…あ,その前にスーパー寄らないと,冷蔵庫何にも無いや)



未だにおれの心の中で,タキばあちゃんは年の離れた恋人だし

ふとした時,マユが浮かぶ事もある

それに絢香を知らな過ぎる


それなのに

心は満たされていた。

きっと過去と現在,両方を抱えて生きていくんだろう。

「おれ」とおれ


それでいい。

おれは「おれ」,「おれ」もおれ


自然と心が軽くなった気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか,その日まで 一色 舞雪 @may-k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ