メリーゴーラウンド

西川笑里

Proof Of The Man

「あれ乗りたい!」


 私がまだ無邪気だったころ。

 夏の日差しが照りつける遊園地でメリーゴーラウンドを見つけて、ママに乗りたいとおねだりした。

「いいよ」

 ママはチケット売り場でメリーゴーラウンドのチケットを買い、ノースリーブの大きなひまわりのワンピースを着た私の手を引いて入り口まで連れて行ってくれた。

「ここからは1人で行くのよ」

 ママは係員のおじさんに「よろしくお願いします」と言いながら私の手を離した。


 係員のおじさんは、私の手を取ってお馬さんのところへ連れて行ってくれた。たくさんいるお馬さんの一番綺麗なのに乗せてもらい、「これをしっかりつかんでいなさい」と銀色のポールをつかませる。

 私がママの方へ振り返り手を振ると、ママも手を振り返してくれた。


 そのうち賑やかな音楽が鳴り始め、私の乗ったお馬さんが動き出した。お馬さんは上下に揺れながら回る。お馬さんが一周回るとママの姿が見えた。私が麦わら帽子を抑えている右手を離してママに手を振ると、ママも笑って手を振る。私はうれしくなってたくさん手を振った。


 お馬さんがもう一周回ってママがいた場所が見えたとき、ママの姿がないことに気がついた。

 ——おトイレ?

 私は右手で麦わら帽子を抑えながらキョロキョロとママの姿を探したが、それから何周してもママはいなかった。


 そのうち麦わら帽子を抑えることさえも忘れてママを探しているうち、強い風に麦わら帽子が飛ばされて、あっという間にどこかに飛んで見えなくなってしまう。


 メリーゴーラウンドが止まった。私はお馬さんを降りて出口へおじさんに手を引かれてゆく。だけどそこにママの姿はやっぱりない。私はどこへ向かえばいいのかわからず、いつの間にか涙が溢れてきて、そして声を出して泣き出して。


「どうしたの」

 しばらくすると犬の着ぐるみを着たお姉さんが来て、「ママ、ママ」と泣いている私は事務所に連れて行かれた。


 私は大人たちが入れ替わり立ち替わりする事務所の椅子に座り、長い時間ママが来るのを泣きながら待ち続けたが結局ママはそれきり私のところへは来てくれなかった。


 夕方前、泣き止まない私にお姉さんが缶詰のみかんを食べさせてくれた。甘いシロップに浸かったみかんが、まだ小さかった私には、その日、やけにすっぱく感じた。


 夏の暑い日だった。あれから私は二度とママに会ったことがない。


 ⌘


 ——母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね。

         西条八十「帽子」から

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