最高に

「ミネルヴァちゃん、かもーん!」


 屋上へ出ると、飾利先輩は早速ミネルヴァを呼び出した。

『ホッホゥ』と鳴くミネルヴァに、飾利先輩は更に呼びかける。

「ミネルヴァちゃん! 今回も録画よろしくねぇ~」

『ホッホゥ、ホッホゥ!』

「ん? 今日のデュエルは録画するんですね?」

 ミネルヴァにそういう機能が搭載されている、ってことは聞いていたけど。

 先輩に確認すると、「私はいつも撮ってもらってるよ~」と返ってくる。

「あっ、イヤだった? アップロードはしないけど」

「大丈夫ですけど、なんのために……?」

「フォームとか流れとか、いろいろ見直したいじゃん? あとで動画送るね」

「はぁ。ありがとうございます」

 イマイチわたしにはピンと来ないけど、必要な事なんだろう。

 返事をしつつ、わたしはアカリに借りた予備の手袋を装着する。

 飾利先輩のグローブは、黒字に黄色い薄い黄色の線が描かれた、スポーティでカッコいいデザインだ。

 指先に止まるフリージアは、羽根をばさりと広げてこちらを威嚇している。

 一方わたしのチコはというと、わたしの周りをぐるぐると飛び回っていた。

(これ、どういう感情なんだろ)

 とりあえず、落ち着いてるようには見えない。

 大丈夫かなぁと考えていると、飾利先輩が、ふわりと手の平を広げて見せる。

 わたしも小さく頷いてから、手を返した。デュエルの同意はこれで完了。


「行こうか、チコ」

『ピッピィ!』

「踊るよ、フリージア!」

『ピピッ!』


「――フェザー・デュエル!」


 試合開始と同時に、わたしの方から仕掛けた。

 指先をまとめてのクチバシ突撃。先手を打つ大事さは、白城先輩との試合で身に染みた。

「フリージア、受け流して」

 けれど飾利先輩は、直撃の手前で手を左に回す。

 旋回、じゃない。その場でのスピンだ。翼を振るって左に回転するフリージアは、その回転でチコのクチバシを完全に受け流す。

 ダメージは、ほとんど無し。流されたチコは、勢い余ってバランスを崩しそうになる。

「っ、堪えて!」

 言いながら、手を上に向けて上昇を指示。

 チコは『ピュイッ』と答えて姿勢を整えつつ、高度を上げる。

「うんうん、カバー大事だよねぇ。でも、こっちも見ないとダメだよぉ」

 フリージアは既にチコの上を取っていた。

 スピンの直後に上昇してたんだ。焦って見逃してた。

「スイング!」

 飾利先輩は手首を波打つように動かして、フリージアに指示を飛ばす。

 あの形、動き。多分アレは……

「チコ、避けて!」

「そうはいかないんだなぁ~」

『ピピピッ!』

 ふわり。フリージアの身体が前に傾いて、チコへ向けて斜めに落下していく。

 その拍子に先輩はくるりと手を翻して、フリージアをスピンさせる。

「スピンウィング!」

 バチンっ! フリージアの翼がチコの身体を激しく打った。

 そのままフリージアは弧を描くように上昇して、スピンの勢いで反転、旋回。

「気を付けてください、蒼崎さんっ! フリージアは素早いんですっ!」

「ありがとアカリ! よっく分かった!」

 一連の動きには、まったくムダが無かったんだ。

 落下と一緒に攻撃することで、攻撃の速さと威力をアップ。しかもすぐ上昇するからカウンターし辛くて、追撃しようにも、スピンの勢いを利用して方向転換してるから……

「あっ、ツバサちゃんだけアドバイス有りなの!? 部長、わたしに何かないですかぁ!」

「ありません。相手は初心者、あなたは先輩でしょう」

「ですよねぇ!」

 あはは、と笑う飾利先輩。次にまた同じ手を喰らわないように、わたしは一旦チコを後退させて、様子を見る。

『ピュィィ……』

『ピピーッ!』

 困ったような声を上げるチコに、フリージアは激しい鳴き声を投げかけた。

 多分、威嚇? でもなんか、さっきまでと印象違うな……

「あ、気づいた? フリージア、デュエル中はちょっと気が荒いんだ」

「そう、なんですか?」

 そういえばさっきも翼を広げてこっちを威嚇してたっけ。

「フリージアは戦うのが好きで、しかも負けず嫌いだから」

「……戦うのが、好き」

「話してたでしょ? ブルームフェザーの個性だよ」

 言いながら、飾利先輩はぐっと指先を伸ばす。

 ばさりとフリージアは翼をはためかせ、一挙にチコとの距離を詰めようとしてきた。

(これ以上は引けない……)

 チコはもうわたしの目の前まで下がっている。

 試合中のブルームフェザーは、お互いの身体より後ろに行っちゃいけない。もし下がり過ぎると、ミネルヴァの采配で敗北になってしまうんだ。

 後退はここまで。あとは前に出るしかない。

(斜めに上昇すると、多分捕まるから……)

 相手の動きを呼んで、一、二……三っ!

「チコ、そこで直進っ!」

 フリージアの下を潜り抜けて、仕切り直そう。

『ピュイ』とチコはその指示に従って、真っ直ぐに飛ぼうとするけれど……

「だよねぇ。じゃあフリージア、落ちちゃって!」

『ピッ!』

「落ちるってなに!?」

 すれ違いの瞬間、フリージアは一瞬動きを止めて、クチバシを下に向け垂直に落下。

 危ない、と叫びそうになったその時、地面スレスレで一転、上昇。

 そのまま宙返りで向きを反転させ、スピンで姿勢を調整する。

「なんっ……」

 曲芸飛行だ。ブルームフェザーってあんな動きも出来るの!?

「驚いた!? いやぁ、かなり練習したんだよコレ」

「すご……いや、なんで!?」

 チコに旋回指示を出しつつ、わたしの頭は混乱していた。

 確かにすごい。すごいんだけど、意味が分からない。

「向きを変えるだけなら、普通に旋回するだけで良かったですよね!?」

「まぁね。でもそういうのって読みやすいでしょう?」

 読みやすい行動は、すぐに対策を取られてしまうと先輩は言う。

 確かに、わたしの先手はカンタンに受け流されてしまったけど……

「だからって、もし失敗したら」

 地面に激突して、落下負けだ。

 そこまでのリスクを背負うべき行動だとは、思えない。


「でも、成功したらカッコいいでしょ?」


 わたしの疑問に、先輩は平然とそう答えた。

「そういうのが、わたしの好きなフェザーデュエルなんだよね、っと!」

 言いながら、指先を集中させる先輩。

 スピンスピアの構えだ。じゃあこっちは爪でカウンターを狙って……

「ゴー、フリージアっ!」

『ピピッ!』

「チコっ! 爪をっ!」

『ピュイッ!』

「って、来るのが分かるじゃ~んっ?」

 わたしが指示した瞬間に、先輩は手を開き、親指と小指を大きく広げた。

 スピンするフリージアの身体は、瞬間大きく右に逸れる。

 カウンターを狙っていたチコは、狙う相手が目の前からいなくなり混乱した。

 わたしも、咄嗟にどう対応すべきか分からない。

「マズい、がら空きだっ……!」

「って言っても、こっちもすぐには攻撃出来ないんだけどねぇ」

「ええっ!?」

 回転の勢いが残っているらしく、そのままフリージアはチコから離れていく。

 その間に、わたしはチコの体勢を整えなおす。……これも、やっぱり。

「無駄では!?」

「うーん、もうちょい改善は必要っぽいね?」

『ピュピュイピュイッ!』

「ごめ~ん。次はもっとうまくやるから!」

 あはは、と笑いながら先輩はフリージアに謝った。

 もしかして、怒られてた?

「でも無駄じゃないよ。次に何をしてくるかわからないって、コワいじゃん?」

「それは……」

 確かにそうだ。

 わたしが前に白城先輩と戦えたのも、アカリが事前にアマナの動きの癖を教えてくれていたからで、それが無ければ早々に負けていただろうし。

「気を付けてください、蒼崎さん。飾利さんはペースを握るのが得意なので」

「うわ、部長もツバサちゃん側だ! 部長は全然流れ掴ませてくれないですよねぇ!?」

「動きに無駄が多すぎますので、流石に」

「部長にも無駄って言われたぁっ!」

 叫びながらも、先輩の口元は楽し気に笑っている。

 先輩との戦いは、白城部長との勝負とは、何もかもが違うような感覚だ。

「本気じゃないように、見えますよね」

 わたしの戸惑いを察したのか、ため息混じりに部長は言う。

 はい、とうなづくと、「ええ~」と飾利先輩は不満げだ。

「私は私で本気だよ。本気で、綺麗に戦おうとしてる」

「なんでそんなに、綺麗にってこだわるんですか?」

「言ったよねぇ。私、元々フェザーデュエルには興味なかった、って」

 手先を水平に戻しながら、先輩は語る。


「そこにいるだけで可愛くて、綺麗で。でもそれじゃあフリージアには物足りなかった」


 ある時、飾利先輩が塗料を買いに出かけると、普段は大人しいフリージアが妙に騒いだことがあったのだ、という。

 不思議に思った先輩は、フリージアが行きたがる方へと歩いてみることにした。

「フリージアに連れられて、着いたのはビルの屋上でさ」

 そこでは、フェザーデュエルの交流試合が行われていたのだという。

 デュエルに興味の無い先輩は帰ろうとしたけれど、フリージアはその決闘を見たがった。

 仕方なく一緒に見ることにした先輩は、そこで初めて、本気で戦うブルームフェザーの姿を実際に目撃したのだという。

「その頃はまだフェザー発売したてでさ。フェザーデュエルも、ただの体のぶつけ合いみたいな単純な試合が多くて。でも、その時に見たのは違った」

 攻撃のために組み立てられた飛行。

 それに対抗するプレイヤーの判断と、常に限界を要求されるブルームフェザーの制動。


「すごく……綺麗で、カッコいいと思ったんだよねぇ」


 小鳥を模した可愛らしさ、だけじゃなく。

 己の強さを証明する、野生動物の強さ、だけじゃなく。

 それらを操る、持ち主の呼吸と操作。

「そこにいるだけ、以上のものがそこにはあった」

 だからね、と先輩は手を横に向け、ぶわり。

 己の身体ごと、大きく一回転させる。

 フリージアはそれに合わせ、大きく弧を描くように旋回を始める。


「最っ高にカッコいい、私たちのダンスを探したくなったんだ」


 チコから一定の距離を保ったフリージアの挙動は、パッと見ただけじゃ目的が分からない。背後を取るには遠すぎるし、高度を取ろうとする動きでもないから。

 でも、だからこそわたしはチコを動かせない。

 うかつに攻めに入れば、また何かを仕掛けられるんじゃないのか?

 ためらっている間に、タンっ! 先輩は強く地面を蹴りながら、一歩踏み込みつつ手を前へと突き出した。

 直進。こちらを向いたフリージアが、最高速度で迫ってくる。

(っ、カウンター……いや……)

 さっきはそれで、カウンターを透かされた。

 もう少し前に攻め込むべきじゃないのか? わたしは思って、深呼吸。

「……突っ込んで、チコ!」

 すぱりと指を前に突き付けて、チコに突撃を指示した。

『ピュイイ!』

 チコは答えるように声を張り上げ、ばさりと翼を振るって速度を上げた。

(スピアは最初、受け流された。カウンターじゃ避けられるかも。なら……)

 小指と親指を立て、翼を大きく広げさせた。

 すれ違い際。やられた分をやり返そう。

「チコ、スピン――」

 口にして、手のひらを回そうと思った刹那、そうじゃないと脳が叫ぶ。

(白城部長はなんて言ってた!? 先輩はペースを握るのが得意、だよね!?)

 カウンターを恐れることも。だからこそ、当たり面積の多いスピンウィングで対抗しようとすることも。先輩が既に読んでいたとしたら?

 いやむしろ、わたし、飾利先輩に誘導させられてない!?


「ごめんチコ、下がって!」


 手を引いた。ぶわり、チコは急激に体を起こして、無理やり斜め後ろに飛び下がる。

 そしてその動きは、フリージアと全く一緒だった。

「あー、バレちゃった」

「やっ……ぱり!」

 カウンターは無駄だと思わせて、わたしに攻めさせに来ていた!

 そして自分は後ろに飛んで避けることで、簡単に追撃できるように狙ってたんだ。

「もう、その手は食いませんからねっ!」

 飾利先輩が曲芸飛行で流れを掴もうとするのなら。

 掴まれる前に、叩く!

「あいにくこれで互角の状況! 行って、チコ!」

『ピュイィィ!』

「出たとこ勝負ってやつ? フリージア!」

『ピュイピュゥゥ!』

 飾利先輩の手が、開いた。

 ウィング系操作。攻撃範囲を広くして、確実に打つつもりだ。

 だったら、こっちは……

「チコ、爪ぇッ!」

『ピュッ……!!』

 ぐわりと指を曲げて、手首を逸らす。

 フリージアに両足を向けたチコは、回転しながら迫る翼を、その両足でがしりと掴んだ。

「げっ……!」

「そのまま掴んで、落下だっ!」

 ふわっ。チコは羽ばたきを止め、フリージアを掴んだまま地面へと真っ逆さま。

 フリージアはもがくけれど、翼を抑えられては動けない。

「待った待った、逃げてフリージア!」

 先輩が叫ぶと、フリージアはめちゃくちゃに暴れ出す。

 チコの脚じゃ、地面まで掴み続けてるのは、多分無理だ。

「だったら……蹴り込め、チコ!」

 がつんっ! チコはフリージアの拘束を解いて、そのまま翼に蹴りを入れる。

「んんんっ! 堪えて、フリージア!」

 地面まで、五十センチ。

 けれどギリギリのところでフリージアは立て直し、ぎゅいんと空へ復帰。

「あっ……ぶなかったぁぁぁ!」

「って、なると思ってたんですよ!」

 相手は曲芸飛行が得意なフリージアでしょ。

 ギリギリまで落としたって、復帰されるかもなんて読んでたよ。

 そうなった時の位置も、大体予想通りだから……


「――スピンスピア・フォール!」


 そこに、攻撃を落とす!

 螺旋回転するチコのクチバシが、飛び上がったばかりにフリージアの背中に直撃、した。


『ピュッ……』


 フリージアは小さく叫び声を上げて、再び落下。

 一拍置いて、かしゃんという音が屋上に響く。


「……う、ぉぉ……」

 思わずうめきながら、わたしはハッとしてミネルヴァの翼を見る。

『ホゥー、ホゥー』

 翼は、チコを指し示していた。


「ぐわー、負けたぁぁっ!」


 瞬間、悲鳴を上げたのは飾利先輩だった。

 彼女は倒れたフリージアに駆け寄って、その体を拾い上げる。

『ピュピュイ……!』

「ん……ごめんねフリージア、負けちゃった」

『ピュゥゥ……』

「はいはい。次は頑張るから、もっと練習しようねぇ」

『ピュッ!』

 フリージアに優しく声を掛ける彼女を、わたしは少しの間、呆然として見つめていた。

「……ん? どしたの?」

「いや。今更ですけど、先輩ってフリージアの言ってること、よくわかるんですね」

「うーん、まぁ感覚で。違うかもしんないけど」

 ね、とフリージアに言う彼女だが、フリージアはもういつものクールさを取り戻していた。特に何も言わずに彼女の肩に乗るフリージアに、飾利先輩はフッと微笑む。

(いいなぁ)

 飾利先輩とフリージアは、とても仲がよく見えた。

 わたしも、チコとあんな風に仲良くできるだろうか。

『ピィッ!』

「ん。チコ、お疲れ様」

『ピィィ!』

 勝負に勝ったチコは、一鳴きして屋上の空を飛び回る。

 嬉しい、のかな。多分。考えるけど、自信がない。

「ねぇ、チコ」

『ピッ?』

「チコは、フェザーデュエル好き?」

 ブルームフェザーにも個性がある、と聞いた。

 フリージアは気まぐれで、綺麗好きで、負けず嫌いだって。

 チコはどうだろう。戦うの、好きなのかな。

『ピィィッ!』

(あっ)

 元気よく返ってきた答えに、わたしは突然思い至る。


「……そっか、好きか」


 なんとなく、感覚で。

 わたしはその瞬間だけ、チコと気持ちが通じ合えた気がした。


「どうですか、蒼崎さん」

 空を見上げるわたしに、白城部長が声を掛ける。

「ブルームフェザーの魅力、色々と感じていただけたでしょうか」

「……ええと、その」

 言われて、気が付いた。

 きっと今日の戦いは、部長がわたしに教えたかったことなんだろうな、と。

 ブルームフェザーもその持ち主も、いろいろな考え方や目指すものがあって。

「わたし自身がどうすべきか、は、まだよくわからないんですけど」

 飾利先輩みたいなこだわりは、わたしにはないし。

 アカリみたいな知識や熱意も、わたしにはないし。


「チコもわたしも、戦うのは好きです」


 フェザーデュエルには、ワクワクする。

「なら、これから一緒に強くなりましょう」

 わたしの答えに、部長は柔らかく微笑んだ。



【続く】

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