第21話 屋敷の支配者

 食堂の中は思ったより静かだった。モンスターは暴れておらず、そこでは使用人を従えたゴスロリ服の少女がテーブルの席について優雅にお茶を飲んでいた。

 気が付いた彼女がまるでここのお嬢様であるかのように話しかけてくる。


「ノックもせずに入ってくるなんて不作法ですわよ、あなた」

「あんたねえ、人ん家で何をくつろいでいるの!」


 ここのお嬢様はあたしだ。偽物をつまみだそうとあたしは呑気にお茶を飲んでいる彼女に詰め寄ろうとする。

 その時、背後から天馬の声が叫んだ。


「彩夏! 伏せろ!」

「は? うおう!」


 勢いよく飛んできた棒をあたしはとっさに上体を反らしてイナバウアーして避けた。

 伏せろと言われたがこっちの方が早かった。腹の上を棒が通過していく。

 これじゃまるで前に父と一緒に見た映画。マトリックスの避け方のようだ。体が覚えていたんだね。

 通り過ぎた棒はそのまま射線上にいた椅子に座っている少女に命中……はしなくて上方に飛んで避けられた。棒を食らった食器が弾け飛んで椅子が転がった。

 あたしはすぐに体勢を戻して天馬に詰め寄った。


「何でいきなり後ろから攻撃するの!?」

「呼びかけはした。お前なら避けられると思っていた。気を付けろ。あの女は妖だ」

「気づいてるわよ、そんなの!」


 だから近づいて聖剣で斬ろうとしたのに。天馬の早とちり。あたしは敵に向き直る。

 攻撃を避けた黒い少女は蝙蝠の翼を広げてゆっくりとテーブルの上に降り立ち、そのままテーブルに座った。

 こいつ、ヴァンパイアだな。そんなあたしの推測は当たっていた。


「こんにちは。わたくしはヴァンパイアのラキュア。あなた達をこの屋敷に招いた覚えはないのですけれど」

「あいにくとここはあたしの屋敷なの!」

「もうじき闇に染まり、我が主を招く城となります」

「勝手に改装されても困るんだけど。あんたの主って?」

「偉大なる魔王ゼルド様です」

「ゴブリン王の次は魔王と来たか」


 いきなりレベルアップしすぎの気がする。ドラゴンとエンカウントしたせいだろうか。その推測は当たっていたが、今のあたし達には知る由も無かった。

 それにしてもこいつはよく喋ってくれるな。情報を教えているというよりは単に言いたいだけのようだ。

 あたしだって自分が綾辻彩夏だって事は訊かれたら答えるのにやぶさかでは無いので気持ちは分かる。別に隠す事では無いんだよね。


「要はその魔王をぶっ倒せば、このふざけた事件は終わるってわけね」

「まあ、恐れ多い。これだから未開の者はいけませんわ。しかし、すぐにみんな理解する事になります。偉大なる魔王様の素晴らしさを」

「その前に終わらせる! ここはやがてアヤツジ王国になるんだから! まずはそのテーブルから降りなさいよ! みんなが食事をする席よ!」

 

 あたしは聖剣を構えて走ろうとする。だが、その前に立ちはだかる者があって自分の足を止めた。

 ただのザコや一般人なら斬るなり跳び越えるなりしただろう。だが、今あたしの前に立ちはだかっているのは……


「パパ! ママ! なんで……?」


 あたしを愛して信頼してくれているはずの父と母だった。さすがに対処しきれずにあたしは止まってしまった。黒衣の少女は不敵に笑った。


「分かったでしょう? ここはもうあなたのお家ではないのですわ。そう理解したなら、あなたも偉大なる魔王様の僕とおなりなさい」

「え……?」


 不意に足が重くなり、体全体がだるくなって意識が遠のく感じがした。パパとママがあたしを抱きしめてパーティー会場に案内してくれる。そんな幻想を夢に抱いた時。

 美月があたしの前に割り込んだ。そして、手に持ったリコーダーで思いっきり甲高い音を吹き鳴らした。


「うげ、何この音!」

「不快ですわ!」


 その音は敵にも味方にもダメージを与え、気が付くとパーティー会場はここにはなくて、あたしを掴もうとしていた父と母の動きが止まっていた。

 美月が素早く振り向いてあたしに警告する。


「騙されないで! あれはあいつが超音波で操ってるだけ。あいつの超音波はあたしが止める!」

「超音波って、ヴァンパイアってそんなのが使えるの? 蝙蝠だからか」


 さすが美月はマジシャンをやっているだけあってトリックを見破るのが上手い。

 見上げると部屋の天井近くに蝙蝠が数匹飛んでいるのが見えた。あいつらが音波を反響させて増幅したようだ。

 美月の出した音で参ったのか、やがて床に落ちて消滅していった。


「きちんと修行しないからあんなのを食らうんだ」


 天馬が父と母の額にお札を貼る。それでもう両親は操られたりはせずにひざまずいて動かなくなった。

 ラキュアは今更ながらにこっちの実力に驚いたようだった。


「あなた達って何者ですの!?」

「知らないのか? 俺達はお前達のような妖から町を守る者。陰陽師だ!」

「陰陽師!!」

「いやいやいや」


 勝手にあたしと美月を陰陽師にカウントしないで欲しい。まあ、それはともかくこいつを斬るね。

 あたしは聖剣をぶん回す。ラキュアは簡単に避けて部屋の中央に降り立った。


「そんな手加減をしてはあいつに当たらんぞ」

「テーブルから下ろしたかっただけよ」


 全力を出したらテーブルもその上に乗ってる綺麗な花瓶とかも壊れちゃうでしょ。

 ラキュアは翼があるので座った体勢からでも飛ぶ事が出来る。それで最初の天馬の攻撃も避けたんだ。なかなかやっかいな相手だった。

 回避の上手い敵を相手に、部屋の物を壊さないようになんて戦えるだろうか。あたしは慎重に相手の出方を伺った。


「その剣はやっかいそうね。取り上げておきますわ」


 余裕の笑みを消したラキュアが指をパチリと鳴らす。

 すると扉の向こうからこの家の使用人達がぞろぞろと現れた。


「あんた、何人操ってるのよ」

「向こうから来たんですもの。全部よ。さあ、掛かりなさ……」


 ラキュアが命令しようとした時だった。違う動きをした使用人がいた。玄関にいた執事だった。

 彼は外にいたのでまだ操りの超音波を受けていなかったんだ。使用人に混じって隙を伺い、ラキュアの背後から飛びかかってしがみついた。


「お嬢様! 今です! 私事やってください!」

「キャアアアア! 不潔よ、人間! くっつかないで!」


 ヴァンパイアなのに何で血を吸わないんだろうと思っていたが、彼女は人間が大層嫌いなようだった。

 手で押しても執事は離れない。ラキュアは閃いたような顔をした。


「そうだ、お前も操ってやるわ! あなたもわたくしの下僕とおなりなさい!」


 あたしはすぐに自分の耳を両手で閉じた。直後、美月の笛の音が駆け抜ける。周りの命令待ちをしていた使用人達がパタパタと倒れていった。

 ラキュアが不満を叫ぶ。


「きいーーっ、この音! だから、その音は止めなさいって!」

「老体には堪えますな」


 あたしはすぐに耳を閉じれたが、執事はそうはしなかった。美月が笛を吹くのは見えていたのに、ラキュアを捕まえる腕を緩めなかった。

 彼は苦しそうにしながらも笑みを浮かべた。あたしを信じてくれているんだ。


「よくもセバスチャンを!」

「佐々木です」

「佐々木を!」

「わたくしのせいだって言いますの!? そいつの笛のせいでしょ!」


 ラキュアはもう同じ轍を踏まなかった。手を振ると袖から飛び出した黒い蝙蝠のようなブーメランカッターが美月の手元を直撃。笛を弾き飛ばした。


「これでもう邪魔な音は鳴りませんわ」

「サンキュー、美月」


 ラキュアは笛に気を取られて失念していた。あたしが脅威である事を。

 美月のおかげで隙が出来た。相手の注意が美月にそれた隙にあたしは攻撃に出た。

 聖剣では執事を傷つける恐れがある。だから、殴る。あたしの拳を見てラキュアは必死で翼を動かして逃げようとするが執事がきっちりホールドして逃がさない。


「ちょちょ、待ちなさ……」

「くらえ! あたしのライジングアッパー!」


 もう少しで拳が届く。あたしの拳をラキュアは驚きに目を見開いてから目を瞑って迎えた。

 当たると思った時、


「いつまで遊んでいるラキュア。魔王様が報告を御待ちだぞ」


 いきなり空間の門が開いて現れた大きな手があたしの腕を掴み取った。そいつはすぐにその巨大な全容を現した。

 一つ目の大きな巨人。ラキュアがあたしの思った通りの名前を口にした。


「サイクロプス! 来てくれましたのね!」

「ふむ」


 一つ目があたしを見下ろしてくる。捕まえる意図は無かったようですぐに腕を振り切って離れる事が出来た。

 サイクロプスが重々しくラキュアに訊ねる。


「こいつらはドラゴンに関係する者なのか?」

「いえ、そうではないのですけど……陰陽師って言ってましたわ」

「聞いたことがないな。関係がないならば行くぞ。世界の位置を特定しゲートが繋げられたのならばもう目的は達成している」


 サイクロプスはまだラキュアにしがみついている執事を簡単に指で摘まんで引きはがすと軽くぽいっと投げ捨てた。天馬が落下地点に走ってキャッチする。


「ありがとう、君は」

「陰陽師だ」


 そうしている間にもサイクロプスはゲートの向こうに姿を消していく。ラキュアも去ろうとしてその前に捨て台詞を残していった。


「よくも邪魔してくれましたわね。魔王様の為にこの世界の拠点を作るはずだったのに……この借りは必ず返しますからね」


 魔物のボスが去って屋敷は元の姿を取り戻していく。開かれたゲートが閉じていく。

 あたしは……


「借りを返すのはこっちの方よ!」


 このまま終わらせるつもりは無かった。聖剣を前に突きだし、閉じようとするゲートを邪魔するつっかえ棒にした。

 ゲートは閉じようとするが聖剣はさせない。しっかりと支える。


「あたしの屋敷で好き勝手して、パパとママにも手を出して! このまま終わると思ったら百年早いのよ!」

「よく言った彩夏」

「あなたは自慢の娘よ」

「パパ! ママ!」


 振り返ると父と母が微笑んで立っていた。操りの術から解放されて気が付いたのだ。

 執事やメイドさんやコックや使用人達も微笑んで見てくれた。


「魔王を倒しに行かれるのですな、お嬢様」

「気を付けていってらしてください」

「お嬢様ならできますよ」

「「「頑張って!!」」」

「ありがとう、みんな」


 みんなの応援にあたしの心は温かくなる。聖剣の力も増して支えるのが楽になった。

 天馬と美月が歩み寄る。


「お前も立派な陰陽師になったな」

「だから、あたしは陰陽師じゃないって」

「とっておきの手品。見せてあげるよ」

「楽しみにしてる」


 あたしは聖剣に込める力を強める。光の刃が伸びてゲートが大きくなった。

 だが、同時に軋みを上げてひび割れを始めた。このゲートはもう長くは持たない。


「じゃあ、行ってくる」


 あたしは最後に短く屋敷の人達に別れを告げて、天馬と美月と一緒にゲートの中へと飛び込んでいった。

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