第10話 ゴブリン退治 洞窟の奥へ

 あたし達はダンジョンを歩いていく。セラの話ではここはモンスターのボスが作ったダンジョンということだったが、見た感じでは自然の洞窟と変わらなかった。

 道中に出てくるのは少し大きめの蝙蝠やネズミぐらいで特に戦いがいのある異世界のモンスターなどは出てこなかった。

 光に寄ってくるのだろう、小動物に付きまとわれて美月は慌てたように両手を振っていたが、あたしがすぐに鞘に入れたままの剣を振ってたたきのめしてやった。

 レベルの低い相手だ。これならそこらの蚊や蠅の方がよほど手強いだろう。異世界のザコもたいしたことがない。

 美月は素直にお礼を言ってきた。


「ありがとう、綾辻さん」

「たいしたことじゃないわ、こんなの準備運動にもなりゃしない」


 あたしにとっては将来の自分の国の国民を守っているだけだ。なんだけど、


「ザコに構うな。はぐれないようについてこい」


 天馬は仲間を置いて先に進んでしまう。あいつはアヤツジ王国に入れてやらなくていいかもしれないね。そう思うのだった。




 やがてそう歩くことなく最奥の広間についた。

 途中で別れ道とか仕掛けとか宝箱とかそういうゲームっぽい物は何も無くて、ちょっと肩透かしを食らった気分。

 セラが出てきて声を掛けてきた。


「ここはまだ出来たばかりのダンジョンのようですね。だから形が単純で浅いんです」

「そっか」

「この奥からボスの気配がします。気を付けてください」

「了解、まずは様子見ね」


 セラの言葉に答え、中を伺う。

 あたし達は相手の情報を何も知らない。慎重さは必要だった。

 松明に照らされた洞窟の奥では一際体躯の大きい王冠を被った偉そうなゴブリンがいて、逃げたゴブリンと何やらゴブゴブと会話していた。

 そのボスの正体をセラは知っていた。


「あれはゴブリンキングです。ゴブリンの中でも特に強い個体がなるものです」

「しょせんはゴブリン。お山の大将ってわけね」

「聞いた事が無い妖の名前だな」

「この世界に現れるのは初めてかもしれませんね」

「あいつを倒せば事件解決?」

「踏み込もう」


 じっとしてても始まらない。あたし達は中へと踏み込むのだった。




 逃げも隠れもしない。美月の灯りが相手の顔を照らしたのもあって、あたし達の姿はすぐに敵に見つかった。


「ゴブゴブゴブ!」

「見つかっちゃった」


 美月が今更ながらに灯りを消そうとするが、あたしは余裕を見せて前に出た。


「それでいいんだよ。戦いやすくなった」

「お前ら、油断するなよ」


 天馬が警戒を呼びかける。

 ゴブリンキングが煌びやかな剣を振って何か命令している。配下のゴブリン達がすぐに現れて周りを取り囲んできた。

 これで全部かな。最初から来てくれれば手間が省けたのに。あたしは聖剣を構える。


「みんなはここにいて」

「お前がここにいろ」

「は?」

「破邪滅却! 雷迅札!」


 天馬が紙を投げて印を結ぶと雷が迸り、巻き込まれたゴブリン軍団はあっという間に黒焦げになって全滅した。


「ちょ、あたしの獲物!」

「素人の出る幕は無いと言ったはずだ。そのまま下がってろ」

「冗談じゃない!」


 残ったのはボスのキングだけ。天馬はそいつも倒そうと今度は力を入れて呪符を投げようとするが、次の行動は美月の方が早かった。


「二人とも避けて!」

「は?」

「は?」

「ファイアボール!!」

「「ちょ」」


 美月はステッキを振り上げて大きな火球を起こしていた。部屋には松明の炎が灯っていたし、あたし達は敵の方を見ていて気づかなかった。

 あたしと天馬はそれぞれ右と左に跳び、駆け抜けた火球はどっちに避けようか決められなかったキングの顔面に命中。炎が爆発してキングはぶっ倒れた。


「凄い。今のってリアルの魔法?」

「マジックよ。種は聞かないで」

「いきなり撃つな。呪符を落としただろうが」


 あたし達は軽口を叩き合うが、戦いはまだ終わっていなかった。キングは岩を跳ねのけて怒りの形相で立ち上がった。


「さすがゴブリンキング。キングを名乗るだけはあるね」

「派手なだけで威力はまだまだだな。もっと精進が必要だぞ、美月」

「頑張るわ」


 力任せに振ってくるキングの剣を射程圏内にいたあたしと天馬は一緒に回避。こいつと気が合っているとは思われたくない。


「次の見せ場はあたしがもらうよ」

「フン、勝手にしろ。ヘマはするなよ」

「上等!」


 あたしは聖剣を持って敵に向かって駆けていく。さっき自分で開けた間合いを今度は自分で詰めていく。

 キングが振ってくる大剣はあたしには当たらない。こんなフェイントも糞もない素人の剣なんて当たるはずがない。


「この程度でキングを名乗るなんて。あんた、王様を舐めすぎよ」


 あたしは聖剣を振り上げる。その剣でキングの巨剣を受け止めた。体格差なんてあたし達の間には関係ない。

 この聖剣にはパワーがある。あたしならこのパワーを引き出せる。振り回されることなく片手だけでも。

 あたしが軽く上げてやると、キングの剣はすっぽ抜けて天井に刺さった。うろたえるキング。そろそろ終わらせてやるか。あまり王様に惨めなイメージが付いても困るものね。

 ゴブリンキングが近くの岩を投げつけてくるが、あたしにとっては見え見えのストレートだ。


「はい、ホームラン」


 あたしは聖剣で打ち返す。バッターよろしく、返しを食らったピッチャーは鼻面を押さえてぶっ倒れた。


「さよなら、お山の大将。あたしは先に進ませてもらうよ」


 あたしはジャンプして剣を振り降ろす。だが、寸前でその剣を止めた。

 相手がすでに気絶していたからだ。


「これで終わりか。キングだからって張り切りすぎたみたい」


 すでに決着が付いた相手をいたぶる趣味はあたしには無い。

 剣を納めるあたし。するとダンジョンが突然震え始めてきた。戦いが終わったと見てセラが飛んできた。


「ボスを倒したのでダンジョンが消滅します。早く脱出しましょう」

「ええ!? そんな事はもっと早く言ってよ!」

「二人にはもう話しましたから後は彩夏様だけです」

「ええ!?」


 見ると天馬と美月の姿がない。様子を見てあたしに任せておいて大丈夫と判断して先に脱出したようだ。


「どうりで戦いの途中で邪魔が入らないと思った! 任せてくれたのは嬉しいけどさ」

「では、あたくしは聖剣に宿らせてもらいますね」

「ああ!? ちょっと!」


 セラは光となってさっさと聖剣の中に入ってしまった。あたしは崩れゆくダンジョンの中で一人残された。


「この白状者!」


 降ってくる岩ぐらいは聖剣で打ち返せる。でも、気持ちは落ち着いてはいられない。

 周りの揺れがどんどん激しくなっている。明滅も始めてるような。時間が無い。

 あたしは最近いつも走ってると思いながら、脱出への道を駆けていくのだった。




 ダンジョンは消滅して学校は元の静けさを取り戻した。

 息を乱したあたしを天馬と美月は平気な顔をして出迎えた。


「よくやったようだな」

「お帰りなさい」

「せはー、ぜはー、何で先に行っちゃうのよ」

「お前がやらせろと言ったんだろ。だが、思ったより出来るじゃないか。これなら雑用ぐらいは任せてもいいかもな」

「あたしは雑用はしない。他を当たって」

「こんな体験したの初めて。お姉ちゃんって呼んでいいですか?」

「え?」


 あたしは一年生。一番下だ。同い年だと思うんだけど。不思議そうな顔をして美月を見ると天馬がため息をついて教えてくれた。


「こいつ、飛び級してるんだ」

「え!? 飛び級!?」


 漫画でしか見た事が無い言葉だ。あたしがびっくりしていると美月は照れくさそうに笑った。


「えへへ、飛んできちゃった」

「このブルジョワめ!」


 飛び級なんてあたしでもした事ないよ。本当に実在した制度とも知らなかった。でも、火の無いところに煙は立たないというね。この世界にはまだまだ知らないことがあるようだ。

 天馬が釘を刺すように言ってくる。


「だが、この学校は飛び級ができるほど甘くはないからな」

「うん、ここからはじっくり行かせてもらうよ。お姉ちゃんも出来たしね」

「うーーん」


 将来アヤツジ王国を建国する予定のあたしには国民はいるけど別に妹分が欲しかったわけではない。王は一人なのだ。

 思わぬ事態に対処できないでいると学校のチャイムの鳴る音が耳に入った。


「大変授業が始まっちゃう!」

「ゴブリンのせいですっかり忘れてた!」

「急ぐぞ」


 あたし達はまた走っていく。今度は教室に向かって。

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