真夏の星人たち

関谷光太郎

第1話

 晩秋の旧街道に響きわたるサイレンは、オート三輪トラックを追いかける警察捜査車両のものだった。


 シルバーのセダンタイプ。脱着式赤色灯を屋根につけて停車の警告を続けているが、前をゆく骨董品に従う意思はなさそうだった。


 骨董品の名は、M・T2000。昭和三十五年頃に流行した三輪型のトラックである。昭和三十年代に売り出されたT1500の後継車として生産。昭和四十五年の生産打ち切りまで十年以上に渡って製造され、六十年経ったいまでも現存する名車である。


 その健在な走りっぷりから十分に整備が行き届いており、公称百キロ走行がまだまだ可能であることがよくわかった。


 とはいえ骨董品には違いないので、性能の高い現代の車を振り切るなんて芸当は無理だ。しばらく全力走行する間に三輪トラックから黒煙が吹きあがった。


「な、なんですかこれ! 煤を吐き出す車なんて初めて見ましたよ!」


 若い刑事が表情を歪めた。三十歳の男に、こんな無骨な車に馴染みがないのは当たり前だった。


「今の車に比べればエンジンは非力だからな。それでも当時としちゃ使い勝手のいい車で、建設業や商売用、汲み取り作業にも使われていたんだ」


「汲み取り?」


「その頃はほとんどの家がぼっとん便所でな。必要な汲み取り作業をこのオート三輪が荷台にタンクを載せってやってくれてた。バキュームカーってやつだ」


「うえっ。まさかホースであれを吸い上げるってやつですか?」


「そうだ。よく知ってんな」


「衛生環境の悪い日本の思い出したくない過去ですよね」


「いや、案外いい時代だったらしい」


 街道沿いに広がる静かな町が騒然とした空気に包まれる中、なにごとかと周辺道路に姿を現す住民が複数いた。


 慌てた壮年刑事は、拡声器を使って住民にも注意を促す。


「現在、逃走中の車両を追跡中です。危険ですので道路付近への立ち入りを御遠慮ください! なお、走行中の一般車両は安全を確認のうえ随時停車してください!」


 ハンドルを握る若い刑事の横で、壮年の刑事がさらに応援要請を無線で伝え始める。


「マルタイは旧街道〇〇号線を北に進行中。十五分ほど前、寄せられた情報に基づき街道沿いの緑地公園付近を捜査するうち、照合に一致する車両を発見。職質をかけるも相手が逃走し現在に至ります。車両は1960年代のM・T2000オート三輪。後部荷台には緑色の幌がつけられています。至急応援を願います!」


 七月の終わりころ数名の人間が行方不明となる事案が発生した。当初は事件性のない失踪と考えられていたが、短期間に失踪者が連続したため状況が一変。相次ぐ誘拐現場の目撃情報とともに組織的犯行の可能性が浮上し、犯行には常に特定の車両が関わっていることも判明した。それが前をゆく三輪トラックである。


 追跡情報を詳細に伝えながら、壮年刑事の柿沼秀治かきぬまひでじはトラックの動きに微妙な変化を見てとった。


「おい、ちょっとスピードが落ちてきたんじゃないか?」


「ホントですね。やっぱりこんな年代物のトラックでカーチェイスすること自体無理があるんですよ!」


 ハンドルを握る若い刑事、栗山亮平くりやまりょうへいが興奮して言った。


「今だ栗山。追い越せ!」


 柿沼の言葉に栗山が一瞬言葉を失った。


「聞こえてるか? 追い越せ!」


「なにを言ってるんですか柿沼さん。車での追跡は安全がモットーです。しかもあのオート三輪は四輪の何倍も安定感悪そうじゃないですか。事故はごめんですよ!」


「よく見てみろ栗山」


 柿沼が指をさす。緑色の幌のカバーシートが風に煽られて時折中が見える。一部留めヒモをかけ忘れたようだ。


「あ、人が……」


「だろ。三人はいるようだ」


「じゃなおさら無理は禁物です。被害者を巻き込めない」


「それでも……やるんだ」


 栗山が青ざめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る