ナキムシさんの噂

 霊によってうなされていた龍も元気になり、双子でもある龍と慶は先に学校へと向かっていった。龍牙は遅刻しない程度にゆっくりと学校に向かっている。日曜日、かなぐりに除霊をお願いした後は、龍牙のお腹の中には何もない。夜に出られなかった次の日は、眠さの方が勝ってしまう。なんとか学校へ着く前にお腹の中を満たしておきたい龍牙は、神経を尖らせて目だけを動かして探していた。それだけでもお腹は減るのだが、喰らわなければ途中で倒れてしまう。


 学校に行く道中、どこからか小さい子のすすり泣く声が龍牙の耳に届いた。不思議なことに学校へと足を動かせば声が近くなり、脇道に近づけばあやふやになる。脇道を龍牙は見るも、我関せずと学校へと向かう。ここへ入って遅刻するくらいなら、道すがら襲って来ようとする悪霊を喰らった方がマシだと思っているのだろう。


「おはようさん!」

「……朝から元気だね」


 教室のドアを開き、自分の机に座ると田中が元気よく声をかけてくる。対照的に空腹で元気がない龍牙は少し引いていた。いや、やられそうにまである。

 

「そういうお前は元気なさそうだな」

「お腹空いてるからね……」


 道中で食事が出来ず、空腹のまま学校へとついてしまい、襲ってくる奴を待つか、休憩時間に兄が来ることを願うしかない龍牙だった。なんとか紛らわせようと机に項垂うなだれていると、伊藤が近づいてくる。


「お祓い行ったんだ」

「まぁ。それで、何か用?」

「あ、いや、行ったのか心配だっただけだよ」

「そっか」


 それだけ言うと自分の席に戻っていく伊藤。不思議そうに2人で首を傾げながらしばらく伊藤を見ていたが、お互いに向き直った。


「そういや、龍牙。ナキムシさんって知ってるか?」

「……また首突っ込んだの?」


 眉をひそめ、呆れ返る龍牙。それを慌てて否定している。

 

「違うって! 噂になってんだよ」

「そういうのは広げない方がいいよ。幽霊か妖怪かは分からないけど、人が噂することで力を増したりするんだから」

「やけに詳しいな」

「オカルトが好きならこういう知識も持っていた方がいいよ」


 龍牙が窓をちらりと見る。噂をしたことで悪霊が近づいて来ていた。ただ、窓から教室内に入ることが出来ていない。


「それで? なきむしさんって?」

「そのナキムシさんに会うと暗闇に引きずり込まれるらしいぞ」

「その後は?」

「そ、その後は知らねぇ」

 

 頭を掻く田中に、眉尻を下げて困った顔をする龍牙。その噂話が耳に入ってきた坂口が近づいてくる。


「それから食われちまうんだってよ」

「マジかよ……」


 顔面蒼白になり、震えている田中。呆れた顔をしながらも龍牙は坂口の話を聞いている。


「噂は噂でしょ」

「おまっ! 夢がねぇな」

「噂話に夢って……」

「怖いもの見たさってやつだぞ!」

 

 真剣な顔で語る坂口に醒めるようなことを言うなと非難する田中。怖がりながらも興味津々に聞く体勢の田中に龍牙が折れた。


「……分かったよ。どうぞ、続けて。僕は外見てるし」

「お前も聞けってー」

「外見てても聞こえるから話続けなよ」


 机にうつ伏せとなって窓に顔を向けるも、無理矢理田中たちの方に顔を向けさせられた。グキっと龍牙の首から変な音が聞こえ、痛そうに首をさすっている。

 

「無理矢理しなくても聞いてるってば」

「真剣に聞いてもらいてぇの!」

「わかったよ……」


 起き上がった龍牙を見ている田中達に龍牙は顔を向けた。すぐに痛みは取れない。首をゆっくりと回している。

 

「それで、ナキムシさんはどうやって対策するんだ?」

「わかんねぇ。対策される前に食われちまうって噂でよ」

「それじゃなんも出来ねぇじゃん!」


 絶望している田中が俯いたところでチャイムが鳴った。その音に驚いて龍牙以外が椅子から滑り落ちていた。

 その日の昼。元気になった三男の龍が龍牙を呼んだ。ちょうど昼食を始めようとしていた時だった。


「ほら、龍牙。これかなぐりから貰ってたやつだから食べときな。お腹空いてるだろ?」

「ありがと。龍兄さんはこれ持っていて何もなかった?」

「今のところは何もないよ」


 手渡されたのは、クッキー型の形代だった。龍牙達の知らない方法で詰め込んだのだろう。霊感があり、抵抗する力がない者がこれに触れると気絶してしまうほどの怨念や思念が混ざりこんでいた。形の無いものをどのようにして入れたのかは秘密となっているが、かなぐりの器用さには驚く。


「一応気をつけてね」

「ありがとな」


 龍牙の頭をぐしゃりと撫で、3年の教室に戻っていく龍。その背が見えなくなるまで龍牙は見送り、自身の机に戻っていく。

 

「龍牙のもう1人のお兄さんが作ったやつか、それ?」

「知り合いが作ったやつ」

「俺にも1つくれよ」

「ダメ。僕専用のクッキーだから」


 霊感のない人が触っても何ともないが、龍牙が独り占めしたいがために触らせようともしなかった。カバンの中に入れようとした時、伊藤が龍牙の腕を掴んだ。突然の事で目を少しだけ見開く。


「それ、食べちゃダメ!」

「何故? 信頼関係を持ってる人からの贈り物なんだけど」

「いいから私に渡して」


 手を差し出してくる伊藤に、龍牙はクッキーが入った小袋を潰すかのように手を合わせた。するとどうだろうか。彼の手から小袋が忽然と消えた。

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