成仏

 休日の昼10時頃。場所は龍牙たちの祖父が住んでいる築450年の武家屋敷から少しだけ離れた一角。離れに龍牙とかなぐりは向かい合って畳に座っている。


「今日は少年と老齢な女性。後サラリーマン男性」

「他にもいらっしゃるようですね、龍牙様。疲れが後々来ますが、最後までお付き合いください」

「うん」


 今のかなぐりの姿は、龍の看病で来ていた時のスーツ姿ではなく、狩衣かりぎぬを着ている。彼の本業は陰陽師。代々迫田家に仕えている一族だ。ただ、ある呪いちからが迫田家から出ていない時は、彼ら一族をサポートする執事として産まれてくる。が、今回は5人兄弟全員が力持ちとして産まれた為、かなぐり1人が支えなくてはならないことになっていた。

 

「では、呪文を唱えます」

「うん。間違って別のやつはやらないでよ?」

「承知しておりますとも」


 呪文を唱える京。今行っているのは除霊だ。陰陽師や霊能者がする除霊と同じ形式だが、京がするものは少し違っている。龍牙のお腹の中にいるのは悪霊と善霊。善霊だけを除霊し、成仏させるものだ。これには相当の技術が必要で、通常なら10から15年かかるものだが僅か8年で京は習得していた。一度に兄弟5人が力を持っていることも関係している。


 しばらくして、龍牙の体から老齢な女性に続き、サラリーマン男性、少年が順に出てくる。女性と少年は先に成仏したが、サラリーマン男性はありがとうございますと口を動かし、龍牙と京にお辞儀をして消えていった。その後を続くように玄関先で口喧嘩をして暴れた時に取り込んだ霊も成仏していく。

 

「無事旅立ったようです。他の方々も」

「それは良かった。けど……」


 次に龍牙が何を言うか分かっている京は白い紙で出来た形代を龍牙に渡した。本来ならば紙にけがれなどを移して川に流すのだが、龍牙にはそれが食事の栄養となるのだ。これがいつもの流れとなっていた。龍牙の中にいた霊を成仏させ、代わりにけがれや悪霊を閉じ込めた形代を渡して食べさせる。

 

「龍牙様のご学友がこっくりさんをしたのですね」

「うん。霊が見えるって言う転校生がめようとしてたけど、止めなかったからやらせて食った」


 形代を口に加え、花の蜜を吸うように体の中に入れていく龍牙。約束を破り、学校で食ったことを黙っていようとしていたが、京に言われてしまったことで観念して軽く詳細を話す。その話で合点がてんがいったのか、頷いていた。玄関先で何故口喧嘩になっていたのか不思議に感じていたのだろう。


「今後はお気を付けてくださいね」

「分かってる」


 眠くなってきたのか目をこする龍牙。その様子を京が驚いた顔で見ていた。


「珍しいですね。龍牙様が1回の食事で眠たくなるのは」

「……とんでもないりょうの、しねんが……あったって、ことだ、よ」

「それほどでしたか」


 もしもの為に持ってきていた光沢のある黒い箱の中に形代を戻すかなぐり。大きく欠伸をし、胡坐あぐらをかいたまま首が下に垂れていく龍牙を横にゆっくりと寝かせ、毛布で頭が隠れるようにかぶらせた。首が痛くならないように座布団を敷いて。


「また次の機会ですね」


 龍牙の眠りを邪魔しないよう障子を静かに閉めて暗くしていくが、完全には出来ない。それでも、全開にしているよりかはいいだろう。

 もぞもぞと動く龍牙の毛布を京が元に戻している時、眠りを邪魔するかのように廊下を歩く音が聞こえてくる。この離れに来られる者は限られている。その限られた人物が近づいてきたのだ。


「京、龍牙は寝ておるのか?」

「ええ」

 

 障子をゆっくりと開け、中をうかがっているのは龍牙たちの祖父、迫田洸太郎さこだ こうたろうだ。紺色の着物を着用している。頭から毛布をかぶって寝ている龍牙の為に障子を閉める。

 

「お茶を持って参ります」

 

 洸太郎が座るための座布団を龍牙の近くに置く。「うむ」と返事をし、洸太郎は座布団に胡坐をかいて座った。音を一切出さずに障子を閉め、廊下を歩く音すら聞こえないほど静かにキッチンへと向かっていく京。


「元気に育っているようで何よりだの」


 毛布越しに龍牙の頭を優しく撫でる洸太郎。それで目が覚めた龍牙はゆっくりと起き上がった。


「……じい、ちゃん?」

「起こしてしまったかの」

「だい、じょう、ぶ」


 ゆっくりと起き上がり、鞄を探している。時間を知るためにスマホを見つけようとしているのだろう。


「起きましたか」

「ありがとの、京よ」

「龍牙様も」

「ぅん……」

 

 のっそりと起き上がり、座布団の上に座る。まだ若干眠いのか龍牙は舟を漕いでいた。それと同時に障子が開き、お茶を持ってきた京が入ってくる。洸太郎にお茶を渡し、直接渡したらこぼしてしまうと考えた京が、龍牙の近くに湯呑ゆのみをのせたお盆を近くに置く。


「龍牙様、お昼はどうされますか?」

「少しだけ食べていく」


 外から入ってくる少しだけ冷たい風に当たって眠気が取れた龍牙は、整備された庭と時々池から跳ねる鯉を眺め、舌を火傷したのか「あちっ」と言いながらゆっくりとお茶を飲んで風景を楽しんでいた。

 

 

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