第5話 ギブミー

「ふんふん。つまりまとめるとこうだな?あんたら三人は、あんたがムチャしてブッ壊した箱の不思議な力で、ステータスもない別の世界からこっちに飛ばされちまった、と」


「ええ、どうやらそうみたいね。その問題の転送機がどこにも見当たらない以上、なんとかしてこの世界で転送機の代わりになるものなり、方法なりを探し出すしかないってところね」

 

 そう二人が話す砂浜に、波をかき分けながら秋葉がドラコ666號を連れて帰って来た。


「はぁ……どこをどう探しても異界の門(ゲート)の欠片も見つかりませんね。うーん、こうなるともう完全にお手上げですよー」

 秋葉は白衣のすそを搾りながら疲れたように言った。


「そっか、そりゃ気の毒なこった。あっでもよ、あの人ならなんとかしてくれるかも知れねえぞ……」


「え?なによそれ?」


「ん、ああ。ここからちょっと離れちゃあいるが、隣の町に魔法使いのエライ学者さんがいるらしいって聞いたことがあるんだよ。だからその人に相談してみちゃあどーかな?って」


「えっ?マホウ……つかい?」

 秋葉が多分に興味をひかれたような顔で男を見上げた。


「ま、この際なんでもいいわ。ここで立ち話しててもなにひとつ解決しないのは確かだもの」


「そ、そうですね。じゃあ元の世界に戻るまでは私達は"休戦"ということで……」

 秋葉は怪人をにらみ上げるピンクアローに協定をもちかけた。


「フン!まぁ……とりあえずはそういう事にしておくわ。でも無事に戻れたときは、あなたもこの気味の悪い怪人も──」

 愛と正義のヒロインは低い声で、決して見逃すつもりのない意思を表した。


「よし!キマリだな。じゃそーいうことならよ、暗くなってきたことだしウチの村で一泊するといいぜ」

 人狼は手を打って足元のズタ袋を拾い上げ、ヒョイと肩にかけた。


「あらそう。それは助かるわ」


「え?見ず知らずの私たちにそんな……でも、い、いいんですか?」

 ピンクアローも秋葉も、早々にベタつく身体を真水で洗い流したいという、その思いだけは同じだった。


「ん?あぁ、だがぜいたくなおもてなしってヤツは期待しないでくれよな」

 人狼は気さくに言うと、先だって砂浜を歩き始めた。


 そこに──


「秋葉。ねぇ、チョコないの?」

 怪人が甘えたような声で訊いた。


「え?う、うん。ホントにゴメンね。ここにはないの」

 すまなさそうに、というよりは怯(おび)えるように答える秋葉研究員。


「チョコ?はぁ、あなたね。こんな特殊な状況でなにのんきなこと言ってんのよ」


「秋葉ー。ボク、チョコが食べたい……」

 怪人がうつむいて繰り返した。


「アワワワワ……どどど、どうしよう!?こ、困りましたぁー」

 秋葉は血の気のひいた顔でうろたえ始めた。


「……まったく。あ、の、ね?子供じゃないんだからチョコ食べたいとか──」

 

「ん?お嬢ちゃん、その"ちょこ"ってのはなんなんだい?」


「あ、はい。私たちの世界にある甘いお菓子のことなんですけど、それがないととっても困るんです」


「そっか。コイツはそれが好物なんだな。んー、まぁ急かすわけじゃねえんだが、この辺りは暗くなると厄介なアレが──」


「もうっ!そんなの飼い主のあなたがなんとか我慢させなさいよ!」

 ピンクアローは立ちつくす怪人を指さしてわめいた。


「……は、はい。なんとか言い聞かせてみます、けど……あの困ったことにこのドラコって血糖値が低下すると突然凶暴化して、ホントに手がつけられなくなるんです……」


「はっ?凶暴化ですって?」

 この不吉な説明にピンクアローの顔がこわばる。


「秋葉……チョコ……」

 夕闇にドラコ666號の瞳が黄色く輝き始めた。


「うーん。その"けっとうち"てのはサッパリだがよ、家に帰ればハチミツくれぇならあるぜ。それを甘党のコイツに喰わせりゃ万事解決じゃ──」


 と青年が提案しかけた時、ドラコ666號の背後の海面がいくつも盛り上がった。


 そのしずくを滴らしながら夕闇にヌーッと立ち上がる影たちは、槍と鎧で武装したような謎の一団だった。

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