第4話 人狼は化け物じゃないんですか?

 本来は敵同士である二人の女たちは、今自分たちの置かれた不可思議な現状について、あれやこれやと推論していた。


 そこへ──


 ボッコーンッ!!


 と、なんの前ぶれもなく、約10メートルほど離れた沖の海面にて大きな水柱が噴き上がった。


「ん?なに?」


「ひゃあっ!!」


 その間欠泉のような水の炸裂は、つかの間、海面ににわか雨を降らせた。


「な、なんだあれ?」


 人狼の青年が思わず指を差したそこには、大きな何かが夕陽を浴びて立っていた。


「えっ!?ウソ!?あ、あれって、ド、ドラコ666號!?ななな、なんであなたがそこにいるのー!?」

 秋葉は激しく揺れる波間に堂々と屹立する3メートルほどの薄紫の巨体に目をむいた。


「はっ?あのトカゲ人間みたいなのって、まさかあなたの組織(とこ)の怪人!?」


「は、はい!博士が泣く泣く異世界に逃がした最強の怪人なんです!あぁよかったー!あなた、あなた生きてたのね!!」

 秋葉は波打ち際へと駆け出したかと思うと、さらになんの躊躇いもなくドラコ666號の立つ遠浅の海中へと分け入って行く。


「おーい!ドラコ666號っ!!私だよ!秋葉だよー!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」

 ピンクアローは、そのバンザイする格好

の背中へと叫んだ。


 だが、秋葉はそのまま振り返らず、グングンと水の中を走り続け、すぐにV字型の頭部を持つ均整のとれた巨体へとたどり着いて、その胸に飛び込んだ。


「わあー!!ドラコ666號だー!!はううぅ……」

 今、彼女の頬を伝わるのは、はねた海水だけではないようだ。


「あ、秋葉だー」


 飛び付かれた怪人は、クチバシのように突き出た、尖った岩のような鼻、アゴの先という、まんま怪獣のような顔に少しも似合ない、少年のような声を発した。


「なんだあいつ?いきなり海の中から出てきやがったぞ」

 人狼青年も一人と一匹の感動の再会を遠く見ながらつぶやいた。


「ねぇドラコ!あなた大丈夫?どこにもケガはない!?」

 秋葉は怪人から少し離れ、その滑らかなボディをしげしげと眺めるが、特にこれといった外傷などは見当たらなかった。


「ウン。どこも痛くないよー。あ、さっきはちょっと苦しかったかも。ねぇ秋葉?このたくさんの水はなにー?エヘヘなんだかとってもしょっぱいね」

 ドラコ666號は紫色の舌を少し出し、ペロッと上顎をなめて言った。


「そっかー安心したよー。うんうん、これは海っていってね、ぜーんぶ塩水なんだよー」


「へぇースゴいねー。"しおみず"ってなあに?」

 怪人はカギヅメの手で海水をすくうと、さも珍しそうに眺める。


「うん。ドラコは海は初めてだもんね、キシッ!!」

 夏のような陽気とはいえ、さすがに少し冷えてきた。


「おっ?あの化け物しゃべれるのか?」

 人狼青年はキラキラとした水面を眩しそうに眺めて言った。


「はぁ……最強とか泣く泣く逃がしたーとか、なんなのよまったく。それにしても──」 

 ピンクアローが呆れたようにこぼした。


「いや、だからこれ夢じゃねーっての」

 そう言った青年も、無邪気に人語を話す奇妙な怪人を目の当たりにして、少し不思議な気分になっていた。

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