第25話 死人兵士(しびとへいし)



<中国チベット国境付近>


最新鋭の装備で固めた中国軍が銃弾の雨を降らせている。

航空部隊は派遣していない。

物資輸送くらいのものだ。

地上戦闘がメインとなっている。

装甲車や戦車は配備しているが、敵の状態がどうもつかめない。

夜などになると、赤外線カメラで見ると何かフラフラと動いて来るものが見える。

銃弾を浴びせても倒れることはない。

その物体がこちらに向けて銃を乱射することも多々あった。

サーモグラフィでみると、温度がない。

周りの景色の温度帯に溶け込んでしまう。


戦闘が長引けば長引くほど、そういった現象が増えて来た。

そのうち兵士たちには夜が怖いと言うものが出現。

これだけの大部隊のはずなのに何を怖がることがあるのかと、指揮官たちは思っていたが、実際に自分たちがその状況に恐怖することになる。


装甲車に囲まれた簡易テントで作戦会議をしている。

「敵がしぶといという話じゃないか。 中央の方もイライラしているよ」

「あなたは派遣されてきたばかりなので、こちらの状況がよくわかっていらっしゃらない」

「わかっておりますよ。 だからこそこれだけの人数を派遣してきたのです」

そう、50万人という人数を引き連れてやってきた大部隊だ。


当初は小さな村の占領だった。

本来なら1000人もいれば、楽勝で制圧できたはずだ。

だが、戦力を派遣すればするほど敵が増えて来る。

しかも現場からは、死体が動いているという報告ばかりだ。

その死体が銃まで撃つという。

バカな情報を流して、戦場から離脱したいだけだろう。

派遣された連中はそう思っていた。

中央にしても同じような考えだった。


派遣された兵士たちも完全に舐めている状態だ。

「おい、聞いたか? 死んだ兵士が襲ってくるんだってよ」

「あはは・・聞いた、聞いた。 こんな辺鄙へんぴなところに派遣されてるんじゃ、帰りたくなるよな」

「そうそう、いろんな理由を作って戦線離脱したくなるよ。 何にもないんだものな」

「あぁ、女もいないし・・山ばかりだ」

「何言ってやがる。 敵の村から奪取すればいいじゃないか。 今の村はもうだめだろうけど、次の村ならかなりの数はいるだろう」

「あぁ、そうだったな。 こんな小さな村に時間をかけて・・あ! もしかして、いい女がいるからわざと時間を稼いでいたんじゃないか?」

「おぉ、俺も今同じようなことを思ったよ・・」

勝手な会話で弾んでいた。

この兵士たちは女のことしか頭にないようだ。

今までも、村を襲撃すれば好き放題略奪して、村ごと葬り去ってきたのだから。


だんだんと太陽が落ちて、周りが薄暗くなってくる。

先程までバンバン撃っていた兵士たちが落ち着きがなくなっている。

派遣されてきた兵士たちは、そんな兵士たちを不審がる。

「おい、どうしたんだ? 元気がないぞ」

「お前は知らないんだ。 俺達はここで殺される。 もう夜は嫌なんだ・・」

現場で戦い続けていた兵士は言う。

聞いていた兵士は鼻で笑う。

「フッ、臆病者が。 敵前逃亡は死刑だぞ」

「あぁ、わかっている。 だからこそここでいるんだ。 それがなければとっくに逃げてるよ」

派遣されてきた兵士はその言葉を聞いて驚いた。

まさか同僚の兵士が、公然と逃げるという言葉を口にした。

ありえない。

そんなこと中央で言ったらどうなるか、わかったものじゃない。


少しだけ、妙な気持ちになった。

そう思っていると、少し離れたところでガサガサと音がする。

その方向は、先程まで戦闘があったところだ。

既に沈黙させている。

誰も生き残っているものはいないはずだ。

派遣された兵士は銃を構えて、グッと息を殺していた。

ガサ・・ガサ・・。

音がしなくなった。

銃を少し降ろす。


!!

「う、うわぁ!!」

周りには片腕がない兵士や頭が半分吹き飛んだ兵士。

ボロボロの服を着た村人だったような人などが溢れていた。

派遣された兵士は、銃を構えて撃とうとしたが、震えて思うように動かせない。

「く、くそ・・この銃・・」

ようやく引き金を引けた。

バン! バン! 

「し、しまった。 連射に切り替えなきゃ・・う、うわぁぁぁ!!」

その兵士の上に、動く死体兵士が群がっていった。


周りでも同じような状況が起こっている。

銃声と悲鳴。

・・・

・・

3時間ほど続いただろうか。

前線キャンプは静かになっていた。

そして、誰も生きているものはいなかった。

派遣された第一線の兵士の半数以上が動ける死体だった。

また敵の数が増えたようだ。



50万人規模の兵士を連れて来たのはいいが、攻めている村付近に入る数ではない。

村からかなり離れたところに大本部を設置していた。

最前線には3万人を派遣。

とりあえずはそれくらいで様子を見てもいいだろう。

戦力の逐次投入は愚の骨頂だが、そんなことはわかっている。

人数が多すぎて移動できない。

それが理由だったが、大本部では既に13万人も派遣されている。

むしろそちらの方が腹立たしかった。

「いったい現場では何をやっているのか。 全くもって無能ぞろいか!」

「まぁまぁ大隊長。 そんなにご立腹なさらずとも・・最前線は李大人りたいじんですから」

「う~む・・そうだったな。 仕方ない、中央の肝いりだ」

「そうです。 大人もここが終われば上級幹部です。 恩を売っておいて損はないかと・・」

「うむ。 貴殿の言う通りだ。 それにしても派遣した部隊から連絡も入っていないようだが」

「えぇ、間もなくわかると思います」

副官と大隊長、2人だけで会話していた。



最前線では銃までも備えた、死体兵士が大量に生産されていた。

その部隊たちの最奥部にいる黄色い服を纏った僧侶。

「ん~いいですよ。 同胞の狂喜の声が大きく聞こえてきます」

僧侶はそうつぶやく。

その見た目はほとんど骨のような感じになっていた。

部隊の数が増え、自身のイメージを投影する対象が増えれば増えるほど、僧侶の身体から肉が削げ落ちていく。

さながらリッチのようだろうか。



<山本サイド>


どうにもすっきりしない。

今までは何でもなかった。

クズどもと思っている奴等を殺しても、何の感慨もなかった。

だが、山下の母親だけは違った。

山下の父親などはどうでもいい。

山下裕二も何も感じない。

お姉さんもそれほどでもない。


あの母親だけだ。

自分の子供のことだけを考えていた。

俺の両親に対する責任など感じているはずもない。

それはわかる。

だが、子供を思うあの姿が妙に印象に残っている。

おそらく俺の中の両親と重なっているのだろう。

山下の父親は俺の父とは全然タイプが違う。


さて、もうやってしまったことだ。

考えても始まらない。

それよりも先ほどからニュースを見ているが、国内よりも海外のニュースの割合が多い。

それも中国と接しているところ地域だ。

チベット付近の戦闘は拡大中との話だ。

インドとの国境は膠着状態だという。

モンゴル付近では市民が暴動したとの話題。


アメリカのヒーローが何やら揉めているそのチベット付近に行くとか話しているという。

中国が内政干渉だとかなり警告をしてきているみたいだ。

フランスの魔女の話はないな。

イギリスの斬り裂きジャックは耳にしなくなった。

新しい話題としては、オーストラリアとロシアで隕石の落下があったそうだ。


◇◇

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