第22話 家族



俺は壁際で動かずにいた。

なるほど、自分の想像を超える事案には反応できないのだな。

同じ空間に異物がいるのに、動かないと意識されないようだ。

俺はそう思い、少し壁際から動いた。

!!!

すると全員がこちらを見る。

「だ、誰?」

山下姉がそう言って叫びそうになる。

俺は一瞬で山下姉の後ろへ回り、山下姉の左腕を背中に軽く捻じり上げ、もう一つの手で口を塞ぐ。


「騒ぐと殺す」

俺は静かに言葉を出した。

その場にいた全員、俺の動きが全く見えていなかったようだ。

俺が声を出すまで壁の方を向いていた。

「あぁ・・あんちゃん・・」

山下母だろう、わなわなとしながらその場でしゃがみ込んでしまった。

山下父は手に持っていたグラスをテーブルにゆっくり置くと、声を出してきた。

「き、君は・・いったい誰なんだ?」

山下裕二はその場で立ちつくしている。


「杏と言ったな。 口から手を離すが、騒ぐと間違いなく殺す。 いいな」

山下姉は震えながら、うん、うんとうなずく。

俺はそう言うと、左腕は持ったまま口を塞いでいた手を離した。

そして、山下姉の後ろから山下父に声をかける。

「お父さん、裕二さんの出所に力を使いましたね」

山下父はキョトンとしている。

「俺は、山本茂といいます。 あなたの息子に両親を殺されたものですよ」

俺がそう言うと、山下姉がビクッとなっていた。

母親もハッとした顔になっている。

父親は相変わらず動かない。

山下裕二がゆっくりと俺の方を向く。


俺はしっかりと山下を見る。

「あ、あぁ・・そんな・・」

山下裕二は言葉にならない言葉をつぶやいていた。

山下父が少し落ち着いてきたのか、言葉を発する。

「き、君・・いや、山本君。 いったい何が望みなんだ」

ありきたりの言葉を発していた。

「山下さん、簡単ですよ。 今ここで、あなたの息子を殺します。 ただそれだけですよ」

俺がそういうと、また山下姉がビクッとなる。


「や、山本君。 裕二を殺しても、君の両親は生き帰りはしな・・」

山下父がそこまで言葉を発すると、俺が言葉をかぶせる。

「おっさん、言葉に気をつけろ。 何が引き金になるかわからない」

俺はそう言うと、山下姉の腕を離して山下裕二のところへ移動。

即座に右腕を叩き折る。

そして、軽く蹴って山下裕二を転がした。

当然俺の動きなど見えるはずもない。


その場にいた、俺以外の全員が驚いていた。

いきなり山下裕二のいた場所に俺がいる。

そして、自分たちの息子は床に転がっている。

先程まで姉の後ろでいたんじゃなかったのか?

そんな驚きのような、恐怖のような視点の合わない目で俺を見る。


「うぎゃぁ・・痛ってぇ・・」

山下裕二が左腕で右腕を押さえながらうずくまっている。

その声に全員が山下裕二の方を向いた。

「ゆ、裕二!」

山下母が声を出すが、腰が抜けているようで動けない。


俺は構わずに言葉を出した。

「おっさん、俺の質問に答えろ」

その言葉に全員がまたこちらを見る。

そして、山下父がうなずく。

「まずは、息子の刑期を短くするために動いたな」

俺がそう聞くと、少し目をキョロキョロとさせていたが、うなずいた。

「やはりそうか。 それから次の質問だ。 慎重に答えろ。 お前の息子は今日ここで死ぬ。 それが俺の望みだ」

俺の質問に、山下母が父親の方を見る。

姉もいつの間にかしゃがみ込んで、裕二の背中を撫でていた。


山下父はしばらく考えて、目と閉じていた。

やがて目を開いて言う。

「山本君。 私には答えが出せないよ。 君の両親を亡くしたのを思うと言葉がない。 だが、代わりに息子を差し出せと言われても返事ができない」

山下父は言う。

俺は思った。

こいつ政治家か?

俺は反対に冷静になった。

「おっさん、言葉を間違えるなと言っただろ。 俺の両親は何の罪もない人だった。 お前の息子は殺人者だ。 全然違うだろ」

「そ、それは・・」

山本父がそこまで言うと、インターホンが鳴る。


ピンポーン!

『山下さん、夜分に申し訳ありません。 セキュリティ会社のものです。 セキュリティシステムが作動しましたので伺いました。 どうかされましたか?』

俺は山下父の顔を見てうなずく。

そして小さな声で言う。

「応対しろ」

山下父はインターホン越しに話す。

『い、いえ。 問題ありません。 何か電源システムの不具合のようで、明日にでも詳細を調べてみます。 ご苦労様でした』

『そうですか、わかりました。 夜分にお騒がせして申し訳ありませんでした。 失礼します』

警備会社の人たちは何事もなかったかのように帰っていった。


俺は山下父の応対を見て、なるほど賢いなと思った。

こんな状況なのに、一応冷静な感情は残っているようだ。

「おっさん、結論を言う。 お前の息子に明日はない。 これは決定事項だ。 クズが・・殺す」

俺は話していて、だんだん腹が立ってきた。

「山本君、そんなことをすれば、君が殺人者になる」

山下父は言う。

「当然だな。 だが、今の日本の法律では被害者が死ぬまで苦しむようにできている。 俺はただ、加害者にこの同じ時間を存在して欲しくないだけだ」

俺がそう言うと、山本父は言葉を失う。


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