第3話 俺って暇人?





◇◇


刑事はカフェの外へ出ると、歩きながら会話をしていた。

「杉田さん、どうですかあの男・・」

「佐藤、お前はどう思った?」

「俺はシロだと思うのですが、違いますか?」

「・・そうだな。 俺もシロと思う。 だが、何か違う雰囲気なんだよな、あの男」

「杉田さん、どういうことですか?」

佐藤刑事は不思議そうな顔を向ける。

「いや、なんていうのか、人は見かけによらないってことわざが浮かぶんだ。 それだけだよ」

「杉田さん、何ですかそれ?」

「いや、俺にもわからんよ」

「では、次はあの半グレの対抗グループ辺りを回って行かなきゃいけませんね」

佐藤刑事は少し笑って言った。

「あぁ、そうなるな。 だが、これは調べる範囲が広すぎるが、仕方ないな」

杉田刑事はそういうと苦笑していた。


◇◇


カフェの中ではコーヒーを淹れて、俺は自分で飲んでいた。

山本茂。

32歳、独身。

彼女はいない。

彼女と呼べる女の子がいたという記憶はない。

だが、東京にいたときには女の人は常に傍にいたように思う。

そんな生活をしていたが、両親の事故で即日帰って来た。

会社時代に給料の半分を投資に回していた。

今では、そのおかげもあって、無理に働くこともない。


ふぅ、緊張するな。

俺はそう思ってコーヒーを飲む。

天井を見ながら考える。

あの刑事、一応俺をシロと思っただろう。

だが、安心はできない。

でもまぁ、結局半グレやそんな連中の抗争で落ち着くだろう。

人は自分自身の常識を超えることは信じれないし、想像できても適応できない。

まさか俺が、人間が車をひっくり返したなどと思えまい。


俺の身長は170センチもない。

体重も53キロほどだ。

こんな華奢きゃしゃな身体でできることは想像できるだろう。

俺のガタイががっちりじゃなくて良かったよ。

まして、死神などという存在。

頭がおかしいか、ラノベ小説の読みすぎ、ゲームの世界に住んでる住人くらいに考えるだろうな。

まだ今の技術では、そんなリアルな体験のできるゲームは完成していない。


また、しばらくすればあんな感じで刑事が来るだろう。

それに俺の調査も継続して行われるかもしれない。

無茶はできないな。

それにしても、流行らないカフェだ。

俺はそんなことを思いながら、コーヒーの飲み干した。


◇◇


スーパーの駐車場の事件から1週間が経過していた。

テレビのニュースでも犯人はわからないが、対抗組織の仕業じゃないのかとコメンテイターなんかが勝手に話していた。

車がひっくり返ったりしている。

死体もきれいに切断されていたという話が注目を浴びた。

こんな猟奇的な殺人をするなんて人じゃないだろうという話題もあった。

俺はそれを聞くと、少しだけ心が痛くなったような気がする。

確かに、人じゃないかもしれないなと思う。


余りにもきれいな切断面ということが注目されていた。

果てには宇宙人の仕業じゃないかというものまでいたが、そのうち情報番組でも取り上げられなくなってきた。

他の話題が多いからな。

3週間くらいが経過すると、犯人は未だに不明ということが言われる程度で、世間の記憶からは消えかかっているだろう。

ここら辺りで動くと危険だ。

俺はそう思いつつ、日常を過ごす。

山に行って害獣を狩ることもない。

海でも海岸にいる貝やフジツボ、くらげなどを狩ることもあったが、虫の方が効率がいい。


さて、郵便受けを見に行く。

午後3時頃だ。

手紙が入っていた。

あの交通事故を起こした男からの手紙だ。

いつも反省文が並べられているが、毎度同じことの繰り返し。

コピーじゃないのかと思えるが、一応手書きのような感じもする。

手がうまく動かせないのでPCで書いているとある。

やっぱコピーだろと俺は思うが、どうでもいい。

事故から6年が経過。

一応、半年に1度手紙が来る。

同じ内容だ。

一字一句同じだ。

やっぱコピーだな。

俺はそれが気になるが、どうでもいい。

出所してきたら殺す。

それだけだ。


あ、そういえば、こいつの親を一度も見に行ったことがない。

フトそんなことを思った。

見に行って、自分が抑えれなかったらどうしようと思うが、その時はその時だ。

そんなことを思っていると、ラジオからニュースが聞こえてくる。

『・・時刻は15時55分になりました。 JF〇ニュースをお伝えします・・振込詐欺の被害総額は5億3千万円を超え・・・』

それにしても、特殊詐欺はなくならないよなぁ。

年寄りからお金を取るか?

普通に育ってきたら、ないぞ!

警察も即射殺すればいいのになぁ、できないだろうけど、なんて思いながら聞いていた。


さて、また食材を買いに行って来なきゃ。


◇◇


駐車場の事件から1か月以上が経過。

テレビなどの情報番組でも、今は新型コロナウイルスのパンデミック、特殊詐欺被害や自然災害のことなどが話題となっている。

このウイルス、まだまだ広まるだろうな。

日本も第2波に備えるなどと言っているが、ならなぜ感染地域からの人を入れるのだろう?

ま、経済のことはよくわからない。


さて、警察は事件のことで動いているのは間違いない。

俺にも監視がどこかでついていると思っていてちょうどいい。

今日も食材を買いに行かなきゃ。

車に乗って出かけると、スーパーの近くの交差点で赤信号。

前に2台車が信号待ちしている。

俺は3台目だ。

お、青に変わった。

俺は前を見ている。


進まない。

どうしたんだ?

信号変わるだろ!

そう思っていると、いきなり一番前の車が急発進。

俺の車の前で信号が赤に変わった。

どうやらスマホを見ていて、信号が変わったのに気づかなかったようだ。


車運転するときに、携帯を見るか?

たった数十秒くらいの間だろうに・・そんなに見なきゃいけない重要な情報でもあるのか?

いつも誰でも思うことだろう。

まぁ、事故がなかったから良かったが、おかげで余計な時間を取らされる。


無事買い物も終わり、帰宅。

時間は午後7時30分。

普通に食事を取り、一日が終わる。


朝、午前6時。

また普通の日常が始まるだろう。

さて、今日は昨日気づいた。

あの事件の犯人の親の家を見に行ってみよう。

名古屋に実家があったはずだ。

事故があり、半年くらい経過。

少し自分にも余裕ができてくると、どうしてもどういう人間だったのか知りたくなった。

探偵を雇い、犯人の素性を調べてもらった。

何でも結構なお金持ちの子らしい。

名前は山下裕二。


今日はカフェは休みにして、と。

いつも休みみたいなものだがな。

新大阪の駅から新幹線に乗ればすぐだ。

そう思って移動する。

名古屋駅に到着し、後は地下鉄を乗り継いて行く。

時間は午前9時過ぎ。


とある駅を降りて住宅街を歩いて行く。

結構、大きな家が立ち並ぶ。

街並みもきれなところだ。

結構裕福な人たちが住んでいる地域なのだろう。

すれ違う人がきちんと挨拶をしてくる。

「おはようございます」

俺もきちんと挨拶は返す。

大人のマナーだからな。


人の感じもいい。

いいところに住んでるんだな。

そんなことを思いながら、歩いて行く。

駅から15分ほど歩いたところだろうか。

俺の持っている住所の前に到着した。

・・・

これだよな?

黒い鉄柵の豪華な門がある。

門に続いて石造りの壁と黒い鉄柵が交互に配置されていて、見事に調和している。

豪邸だ。

表札には山下とある。

間違いないだろうが、ちょっとこれは・・。

俺がそう思っていると、赤いスポーツカーが門の前に来た。

俺は門の横に避けて見ている。


赤いスポーツカーに乗っているのは、若い女の人だった。

俺の方をチラっと見て、そのまま門がゆっくりと開き中へ入って行った。

またゆっくりと門が閉まる。

そういえば、あの犯人に姉がいたというが、あれか?

美人だな。

門の前でジッとしていると怪しまれるだろう。

俺は壁伝いにゆっくりと歩いて行く。

ところどころに監視カメラがある。

なるほど、俺が写っているかもしれないが、まぁいい。


山下の家を右手に見ながら歩いて行く。

50メートルくらい歩いただろうか。

ここで隣の家との境界になる。

引き返すとかなり怪しいよな。

このまま行きすぎて、どこかで休憩しよう。

歩いて行くと、ファミリーレストランがあった。

俺はそこへ入って行く。


「いらっしゃいませ~」

元気な女の人の声が聞こえて、席へ案内された。

ドリンクバーを注文して、カフェラテを持ってくる。

席について一口飲んで、自分の携帯でグー〇ルマップを開いた。

今いる地点をいろいろ見る。

俯瞰図で見たり、航空写真で見たりしている。

・・・

なるほど。

山下の家はこの周辺でもかなりでかいな。

大金持ちか。

まぁ、そうでなければ20歳にもならずにベンツなんて乗りまわせないだろう。

いったいどんな親なんだろうか?

あの赤いスポーツカーに乗ってたねーちゃんは美人だったから、親もそこそこ見た目がいい人なんだろう。


俺は少し小腹が空いたので、フレンチトーストを頼んで食べた。

時間は午前11時を過ぎている。

まぁ、山下の家もわかったことだし、帰るか。

いったい何しに来たのだっけ?

俺は自分が可笑おかしくなった。

暇人だよな、俺って。


「ありがとうございました~」

ファミレスを後にして、来た道を歩いて行く。

山下の家の門の前まで来た。

時間は午後12時を過ぎている。

黒塗りの政治家が乗るような車が門から出て行こうとしていた。

精悍な感じの男の人が乗っている。

俺と一瞬目が合ったが、そのまま車をゆっくりと発進させていった。

門が自動的にゆっくりと閉まって行く。

今のが、もしかして山下のおやじか?

もしそうなら、若いな。

まだ50歳くらいじゃないか?

俺はそんなことを思いつつ駅につき、電車を乗り継いて名古屋駅に向かった。


無事家に帰宅。

時間は午後4時を過ぎていた。

家に帰って考えていた。

いったい何しに行ったのだろう?

わからないな。

でもまぁ、山下の家がわかっただけでもいい。

いつでも迷わず行ける。


さて、今日も買い出しだ。

食材は買いだめはしていない。

毎日少しずつ買う。

家庭菜園もしているので、葉物以外なら自分の家で何とかなる。

特にネギは大量に生えている。

スーパーで根っこが付いたネギを買って来て、その根の部分だけを植えた。

後は水と肥料をやるだけで問題なし。

ネギ坊主が出来て、勝手に種が落ちで広がって行く。

広がり過ぎだ。

今日は近くのスーパーなので、歩いて買い物に来ていた。

いつもと行くところとは違う。


時間は午後7時頃。

買い物も終わり、マイバッグを背負って帰っていると、何気なしに上を見て見た。

・・・

見なくてもいいものだろう、それが見える。

ビルの屋上に人らしきものが見える。

当然思う。

飛び降り自殺じゃないのかと。

当たり前だ。

こんなビルの屋上に、ギリギリのところで立っているなんて普通じゃない。

15階くらいのビルだろう。

ここはそれほど通行人もいないところだったよな。

少し歩けば住宅街だが、どうやってあんなところまで登ったんだ?

俺はそう思いながら見ていた。


屋上の人らしきものがユラユラとしている。

・・・

本当に落ちてくるのだろうか?

そう思った瞬間、黒い影が前のめりになり、落下しだした。

!!

アホか!

俺はそう思って、落下地点まで駆け寄る。

普通の人間なら受け止めるなんてできないだろう。

自分も巻き添えで死んでしまう。

落下地点の近くまで来ると、落ちてきてるものに向かってジャンプした。


やっぱり人か?

空中でキャッチし、そのまま地上へ落下。

トン!!

俺は人を抱えたまま難なく着地した。

その瞬間に当たりを見渡したが、誰にも気づかれていないと思う。

俺の手の中で抱えた人は、女の子の学生のようだ。

気絶している。

俺はそのまま近く小さな公園まで運んで、この女の子をベンチに横にした。

その隣で座って女の子を見ている。


こんな学生が死のうなんて考えるなんて・・もったいない。

まぁ、学生目線では逃げ道がないのだろうな。

大きくなると、どこでも行けるし日本から飛び出してもいい。

そんなことを思いながら、見ていると女の子がピクピクと動き出した。

「・・う、う~ん・・・」

ゆっくりと女の子の目が開く。

パチパチと瞬きをして、ガバッと起き上がった。

自分の身体を見て、周りを見て・・を何度か繰り返して俺を見た。

「あなた、誰?」


俺は一瞬言葉を失った。

「・・一応、君をキャッチした人ですけど・・」

俺はとりあえずそう答えた。

「・・そう、私死ねなかったのね」

女の子は下を向いてつぶやく。


俺はそれを見ながら言うしかなかった。

「・・余計なことをしたかもしれないが、死ぬのは良くないぞ」

女の子は俺の顔を見ながら言う。

「えぇ、余計なことをしてくれたわ。 私なんて生きていても仕方ないし、もう疲れたのよ」

この歳で疲れたのか?

俺は驚いた。

でも、疲れたのだろうな。

「月並みだが、死ぬ気になったら何でもできるぞ」

俺が言うと女の子は答える。

「おじさんにはわからないわ」

「そりゃ、わかるわけないよ」

俺も答える。 そして続けて言ってみた。

「まぁ、死ぬほどのことなんだ。 相当なことだろう。 だがな、死ねば本人はそれでおしまいだが、周りのものに迷惑がかかる」

女の子は俺の顔を見ていた。

「誰かが悲しむかもしれない。 それよりも、自分で自分の死体を処理できないだろ。 君が飛び降りたりしたら、このビルと道路、後処理作業をする人に余計な仕事をさせてしまう」

俺はとりあえずそう言った。

どうせ、死ぬ理由を聞いても答えないだろうし、自分を必要とする人なんていないって答えが妥当だろう。

だからこそ自分で自分を殺すのだからな。


「それにな、自分の身体だからって、自分の頭だけで勝手にしていいってことにならないぞ。 身体にも迷惑だ。 心臓や内臓、自分の意思とは関係なく生きて行こうとしているだろ。 身体の言葉を聞いてから飛び降りたのか?」

俺がそういうと、女の子がクスクスと笑った。

「あはは・・なに、それ?」

笑えるのか。

俺は少しホッとした。

笑えるのはいいことだ。

「自分の身体だからって、自分だけのものという考えはおかしいって俺は思っているんだ」

「へぇ・・」

女の子はうんうんとうなずいて俺の話を聞いている。

「まぁ、俺も詳しくはわからないが、自分の身体は自分とは別れられないパートナーだと思っているんだ。 だから何かするときには、身体に聞く」

「身体に聞くって、会話できないでしょ」

「フフ・・そうくるよな。 だがな言葉だけが会話じゃないぞ。 身体をしばらく動かしてみて、調子が良いか悪いか、どんな具合かとか・・」

女の子がジッと俺を見ている。

俺はおっさんの癖で、説教臭くなったか? なんて思い、話を途中でやめた。

「・・どうしたの?」

「あ、いや、何かしゃべり過ぎたなって思ってな。 ま、それだけ回復できたなら大丈夫だな。 俺は行くよ」

俺はそう言うと、立ち上がった。

「あ・・おじさん、ありがとう・・」

女の子は寂しそうに遠くを見つめる目線で言った。

「いやいや、とにかく死ぬくらいならどこかへ逃げてもいいんだからな」

俺はそう言って、女の子に見送られながら帰路についた。

女の子はしばらく俺を見送っていたようだ。


帰る途中、タクシー乗り場があった。

帰宅する人たちが待っているようだ。

その景色を見ながら思い出していた。

俺が初めて人を狩った時のことだ。


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