一撃必中のメイド

「おうボギー姉妹、ちゃんと連れてきたか? ん?」


 タバコを吸っていた男が、助手席の窓をノックして開けさせ、にらみと声のドスを効かせてレイチェルへそういう。


「おいおいおい。こんなでけーのいらねえぞコラ?」


 もう1人の男がイライザを見ながら、レイチェルに話しかける男と同じ様な言い草をする。


「いや、この方はお客様でしてその……」

「ああん? 期限は明日だぞテメエ! めてんのかァ?」

「何ならテメエかテメエの妹でも良いんだぞ?」


 冷や汗をかいておびえながらも、必死に弁解するレイチェルをこれでもかと威圧する。


「申し訳ありません。私急いでいるのですが、そのくらいにしていただけませんか?」


 そんなチンピラ2人に、イライザはいつも通りの静かな様子でそう要求した。


「ああ? 何だアマ! テメーには関係ねえことだ口出ししてくんな! すっこんでろ!」


 一切怯えた様子がないイライザの泰然とした様子に、レイチェルへイキリ散らしていた男は、いかにも怒っています、といった様子でにらんで声を張り上げる。


 しかし、その程度で動じるイライザではなく、


「遅れる、というのは、十分関係がある、と言えるのではないでしょうか?」


 実に穏やかな態度でそう言い放った。


「おう兄貴! もう1人いるぞ! ガキだ!」


 威圧する2人をよそに、のぞきこんでイライザを舐めるように眺めていた男が、運転席の後ろで縮こまって隠れていたケイトを発見して声を上げた。


「まあコイツで許してやるよ」


 その男が、ケイトを引きずり出そうとドアを開けたところで、


「あぱっ!」


 イライザは右手でノーモーションパンチを顔面にお見舞いした。


 クリーンヒットして軽く脳震盪のうしんとうを起こした男は、訳も分からず道の上に引っくり返った。


「あー! こいつ! ボブが言ってたメイドだッ!」


 そのとんでもない速度の一撃と、デカいメイドという情報が結びついた、スキンヘッドの4人目の男が叫んだ。


「出してください」

「はっ、はいぃ!」


 それと同時に3人が懐に手を入れたのを見て、イライザは鋭く指示をした。


 すかさず、ジュディは全力でアクセルを踏み込んで、片道2車線の内側を飛ばして逃げる。その後ろをマフィアの車が追いかけてきた。


「おいジュディ! ポリ公に捕まっちまうぞ!」

「警察とマフィアとどちらが良いですか? それに、この地区の警察は半ば機能していませんのでご心配なく」


 後ろをチラチラと振り返りながら妹へ叫ぶレイチェルへ、イライザは至って冷静にそういう。


「なら大丈――。……うわ!? 増えた!」


 しかし、近くに潜んでいた3台が加わり、


「ひゃあ! お姉ちゃん! 撃たれてる!」


 その後ろの窓の左右から、安価な自動式の銃を持った手と顔が出てきて、ボギー姉妹の車へ発砲した。


 運転席のサイドミラーとリアガラスが被弾して、それぞれに蜘蛛くもの巣状のヒビが入った。


「窓割れちゃったイライザ?」

「はい。割れましたね」

「ごめんなさいね、お2人さん。修理代は全額出すわ」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」


 泣きそうな2人をよそに、主従は脳天気とも言える様子で話す。


「お嬢様」

「いつも通りに」

「はい」


 そんな調子でツーカーの会話を終えると、イライザは50口径を抜いて後ろを向き、そのグリップエンドで割れたリアガラスを完全に砕いた。


 視界を確保したイライザは、素早く右膝を座席に立て、左脚を床に突いて踏ん張った。


 彼女は両手でしっかり構えると、追跡車両の左右のタイヤへ1発ずつ打ち込んだ。大口径のパワーにはひとたまりもなく、それらはあっさりバーストした。


 4台は流れるように前バンパーを擦って火花を散らし、道の真ん中でバリケードの様に止まった。

 1台だけは当たり所が悪く、燃料パイプを破損してエンジンルームが火を噴いた。


 そこは、交差点を出てすぐの所だったので、ちょっとした渋滞が発生していた。


「すげえ……」


 助手席側のミラーで、燃える車両から転がり出て逃げ惑うチンピラ達を見て、姿勢を低くしているボギー姉妹は目をいた。


「――って前!」


 しかし、南北方向から『ウォーム・ファミリー』の車両が5台現われて、4人の乗るそれの進路を塞いだ。

 後ろに戻ろうにも、道は炎上する車両で塞がっている。


「車体を横にして止まってください」

「はいっ」


 ケイトに指示されたり、姉妹に訊かれるより前にそう言い、イライザは50口径の弾倉を入れ替えつつ前を向き直って、再びアタッシュケースを手にする。


 ドリフトする様に後輪を滑らせて、中央線の少し左側に停止した。マフィアの車列との距離は30メートル程だった。


「お2人は頭を下げて私について降りてください」


 そう指示を飛ばした後、失礼します、とケイトを器用に左の小脇に抱えて、イライザは来た方向のドアから素早く降りる。


 ワンテンポ遅れて、ボギー姉妹も這い出るように同じ方向へ降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る