姉妹の事情

「あなたが見逃すなんて珍しいじゃない」


 全く責めている様子はなく、ケイトはイライザへ単純に訊く。


「まあ、気配を隠していませんでしたし、悪意も感じなかったので。凶器も持っていませんでしたし」

「なるほど。で、もし持ってたら?」

「無事では済まなかった事でしょう。ええ」

「やっぱり」


 ただでさえおびえまくっている2人に、主従はわざとらしくそう言い合って恐怖を煽っていく。


「す、すみませんでした……」

「ほんの……、ほんの出来心だったんです……」


 どうか命だけは、と2人とも小刻みにカタカタと震えていた。


「さて、どういたしましょうかお嬢様。このイライザ、ご命令とあればなんなりと」

「この辺にしておきましょう、イライザ」

「承知しましたー」


 イライザがさらにたたみかけると、血色が完全に消え失せてしまったので、これ以上は可愛そうと思って、ケイトはそのくらいにしておいてあげた。





「私だったからこのくらいで済んだけれど、他の人だともっと恐ろしい目に遭うことだってあるのよ」

「はい……」

「もうしません……」


 最初に運転席にいた姉のレイチェル・ボギーと、車体の陰に潜んでいて、今運転席にいる妹のジュディ・ボギーに、ケイトはイライザの手を握りながら言い聞かせる。


「わかったなら良いわよ」


 そう穏やかに言って話を締めたところで、


「お嬢様。発言よろしいでしょうか」

「ええ。どうぞ」


 イライザがそう申し出て、ケイトは特に嫌な顔をせずに許可する。


「あのような事をするには、あなた方はいささか善良過ぎるように思われますが、何か事情がお有りなのですか?」

「そうなんですよ」

「ちょっとお姉ちゃん……」


 やや食い気味にイライザの質問に答えた姉を、言っても無駄だって、と妹はとがめるが、


「もしかしたら、何か良い風に動くかもしんないだろ?」

「……うん」


 諦めの色が濃く顔に出ている妹は、姉にそう言われ、ごめん、と割り込んだことを謝った。


「では改めて。ここいらでタクシー屋やるには、協会の許可が無いとダメなんすよ」


 まあ、そこは別に不満がないんですけど、と言って、妹を見やると、コクン、と頷いた。


「問題はみかじめ料なんです。月の売り上げから7割も巻き上げられちまうんで、私らみたいな太い客がないヤツは生活も結構キツくて……」

「今月は特に厳しいのですね」

「はい……。タイヤ代の借金の返済期限がもうすぐなんです」

「なるほど。それでお嬢様を誘拐しようとした、と」

「はい……。使用人がいるなら小金持ちぐらいかなあ、と思いまして……」


 本当にすいませんでした、と重ね重ねジュディはケイト達へ謝る。


「お嬢様が良いとおっしゃっていますし、もうよろしいですよ」

「そうよ。……ところで、あなたがメイド服なのが良く無かったみたいよ」

「ふーむ。何ごとにも絶対はないのですね」

「そのようね」

「あっ。とはいえ、私のお嬢様への忠誠心だけは絶対、と声を大にして申し上げますよ」

「分かってるわよ」

「ふふ」

「あ、あの。お代は頂きませんし、ちゃんと目的地にはお連れしますので……」


 何ごともなかったかのようにイチャイチャし出す主従へ、レイチェルは恐る恐るそう申し出る。


「それはちゃんと取りなさいな。私は技能にはきっちり対価を払う主義よ」


 過剰な配慮を優しく突っぱねたケイトは、1つ息を吐いて真ん中に座っているイライザに寄りかかる。


「お疲れですね」

「ええ。ちょっと歩きすぎたわ……」

「着いたら起こしますよ」

「そこまででは、ないのだけれど」

「左様でございますか」


 ケイトはそのままで、顎に手を当てて何か思案している様子をみせ、そんな主人を見つめるイライザは、いつも通りにこやかな表情を浮かべた。


 東西方向に走行する向きを変え、あと5分もしない内に目的地へ、という地点まで来たところで、


「あ――」


 信号機が変わりそうなのを見て速度を落としたところで、交差点を直進した少し先の路肩に停まっている車を見て、ジュディは恐れの声を漏らした。


「あっ、あのっ、そもそもその予定とかじゃなくてなくてっ!」

「何の話?」

 

 冷や汗をダラダラとかいている彼女は、説明をすっ飛ばして、ケイトとイライザへパニック気味にそう釈明する。


「私が言うから、あんたは運転に集中しな」

「あ、うん……」


 ハンドルを強く握りしめつつ、姉に言われた通りにするジュディは、交差点まで3台挟んで停車させた。


「彼らが借金を借りた相手ですね」


 2人の視線を追って、その車両と乗っている人物を確認して、説明を求めた


「ああ、はい。あれは最近勢力を伸ばしてる、『ウォーム・ファミリー』っていうマフィアなんです」

「なるほど」


 運転席の後ろでタバコを吸っていた男が、ちょうど姉妹を見つけ、同乗者に向かって二、三声をかけた。


 おもむろに、派手なスーツを着た4人がそれぞれ車外に降り立ち、姉妹のタクシーをチラチラ見てくる。


「ここは『アルゴス・ファミリー』の縄張りではないのですか?」

「そうなんですけど、この頃は五分五分ぐらいの感じでして」

「ふむ……。左様ですか」


 イライザは右側に置かれたアタッシュケースの取っ手を持ち、フリルで縁取りされたスカートの裾を少したくし上げ、50口径の自動式のグリップに手をかけた。


「私はどうしてたらいい?」

「お伏せになっていただければ。あとこちらを」

「分かったわ」


 イライザはケースの中から防弾ベストを取り出し、ケイトに手渡してそう言う。


「えっと、私達は……」

「一応停まってください。話は私が致しますので。何かあれば姿勢を低くして出してください」

「あっ、はい」


 ふんわりとしていたイライザの雰囲気が、剣の切っ先の様な、鋭利なそれにガラリと変わり、ボギー姉妹は目を丸くする。


 驚きつつも、ジュディは前の車に合わせて発進させ、こっちに来い、と手招きするマフィアの車の後ろに停めた。

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