私の使命

「ケッ。ずいぶん味気なくなりやがって。きばと一緒に抜けちまったか?」


 代わりに辱められるものを、と辺りを見回したメイガンは、先程ロバートが戻しに来た木皿が目に入った。


「おい、それ何が入ってんだ?」

「クッキーです」

「そうか、こっち持って来い」


 近くに居た仲間のその答えを聞いたメイガンは、ニヤリ、と加虐的な笑みを浮かべた。


「ッ!」


 顔だけ動かしてその木皿を見たケイトは、せっかくイライザが作ったのに、自身が拒絶してしまったものだと気がついた。


「そら、手ぇ使わずに食ったら止めてやるよ」


 それをイライザの前の床にばらまき、腕組みをして彼女を見下ろすメイガンは、そう命令してせせら笑う。


 彼女としては、屈辱に表情を歪めないまでも、もたついたり躊躇ためらう事を期待していたが、


「――これで、よろしいでしょうか」


 イライザは全く躊躇ちゅうちょせずに頭をもたげ、一番近くのそれを1つ食べた。


「ぜ、全部だ」

「承知しました」


 きょを突かれて動揺したことを隠しながら、メイガンが再度命令すると、イライザはあっさり了承して淡々とクッキーを食べていく。


 やがて、最後の1つを食べ終わり、顔を上げようとしたところで、メイガンはその後頭部をブーツで踏みつけた。


「オイオイオイオイ! なんてこった! あの気高い『ミスト・メーカー』サマがこんな無様な姿さらすたぁなぁ!」


 天を仰いでケタケタと笑いながら、かかとをグリグリと押しつけられるイライザは、一切抵抗せずに踏まれるがままになっていた。


 その光景を目の当たりにするケイトは、自身を敬愛して止まないメイドを屈辱的な目に遭わせてしまった事、


「――ッ」


 そして、止めろ、と声を上げることも出来ない意思の弱さに震え、唇を噛みしめていた。


「これで、ご満足頂けましたか?」


 額から血が流れるまで踏みつけられたが、それでもイライザの感情は、べたなぎの湖面の様に揺らいでいなかった。


「今は、な。本番は後にしてやんよ。エレイン」


 すっかり上機嫌になったメイガンは、高笑いを上げながら食料庫から出て行った。


 するとすかさず、見張っていた男達数人の食指が動き、ニヤケ顔で着衣があちこち乱れているイライザにゆっくりと詰め寄ってくる。


 しかし、男達の鼻先を銃声と共に弾がかすめていった。弾は跳弾防止のもので、壁に当たり、グシャリ、と砕けた。


「オイ! 私らは蛮族じゃねえんだぞ! 手ェ出したヤツからタマもぐからな!」


 それは、引き返してきたメイガンの拳銃から放たれた物で、趣味の悪い彫りが入ったグリップの、それの先から細く煙がたなびいていた。


「竿おっ立ててる暇があったら仕事やりがれ! ったく、コレだから雇われは……」


 非常に不愉快そうな様子で表情を歪め、吐き捨てる様に言った。


 いろんな意味で縮みあがった男達は、メイガンの指示に従い、移動する彼女の護衛、イライザ達の見張り、使用人と戦闘中の仲間への増援、と5人ずつ3班に分かれた。


 メイガンの行き先は、ケイトがあまり使っていない、屋敷1階の最奥にある北側の食堂だった。

 そこは乗り込んできた警察の特殊部隊を迎撃しやすく、庭先の茂みのおかげで窓から狙撃されずに逃げやすくなっている。


 手下5人は食料庫外に移動し、2人がキッチン側から中を遠巻きに見張り、後は順次交代する体制で2人を見張りはじめた。


「大丈夫ですよお嬢様。何があっても、あなたは必ずお護りいたします」


 ケイトの背中に自身のそれをくっつけ、イライザは少し小さな声で主人へそう言う。


 そのいつもと変わらぬ、優しい声色で告げてくるメイドへ、


「ごめん、なさい……」

「はい?」

「私が、あんな事言ったせいで……」


 うなだれて涙を流すケイトは、震える声で謝罪した。


「なんのこれしき。これが私の使命ですから」


 ですから、私のために泣かれなくても良いのですよ、と、抱きしめられない代わりに、イライザはケイトのか細い手を包むように握った。


「私に……、そんな価値なんか無いでしょう……ッ!」

「その様なことはございませんよ」

「お世辞なんか要らないわよ!」

「いいえ。私の本心です」

「あなたはそうでも、お父様は、私をこんな屋敷に、追いやって、めったに来もしない、し……」


 最初の勢いが完全に消え失せたケイトは、小さな子どもの様に、グスグス、と鼻を啜って泣き続ける。


「だから、私なんて――」

「――ああ。……私が至らぬばかりに、申し訳ございません」


 要らないんだ、と言おうとしたが、イライザに割り込まれて言い切れなかった。


「なんで、あなたが、謝るのよ……」


 少しだけ顔を上げ、イライザの方を見ると、彼女は初めてケイトに見せる、痛恨の極み、といった表情を浮かべていた。


「あなたの心に愛を注いで満たすのが、私のもう1つの使命、ですから」


 それに驚きの表情を浮かべるケイトへ、イライザはいとおしそうに目を細めながら言う。


「お父様から、の……?」

「それもございますが、私が私自身に課したものでもございます」

「なんで、そんな……」

「……もう少し後で、と考えておりましたが、私の過去を含めてご説明いたしますね」

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