交渉の行方

「気を抜くなよ。あのバケモノがどこに居るか分かんねえからな」


 その直後、左側から複数人の足音が聞こえてきた。彼女達は使用人達が2階に籠城してから、キッチンから侵入していた。


 するとイライザは銃を足元に投げ、両手を挙げてその侵入者達の前に出ていった。


「交渉をいたしませんか」


 一斉に侵入者全員が小銃をイライザに向けたが、丸腰だったため発砲はしなかった。


「なんだ、使用人か」

「いや、あの憎たらしいほど艶の良い黒髪、やたらデカいタッパ……、コイツがエレインだ」

「なっ!?」

「まてまてまて、流石に丸腰じゃどうにも出来ねえよ」

「しかし……」

「安心しろ。鉛玉ぶち込めば普通に死ぬ」


 名前を聞いてざわめきが走り、イライザへ発砲しようとしたが、主犯格の女・メイガン・ドラゴンはそれを一睨みで止めさせた。


 赤毛でボサボサの短髪のメイガンは、9㎜口径の拳銃をホルスターに差し、サブマシンガンを手にしている。

 服装は周りの侵入者と同じ黒系の歩兵スタイルだが、額に派手な黄色のヘアバンドを着けていた。


「繰り返します。交渉をいたしませんか」

「探す手間が省けたのは良いが、交渉たぁ何の冗談だ? エレインよぉ?」

「我が主人のご意向です。そしてその名はもう捨てました。以後、イライザ、とお呼び下さい」


 大いに怪訝けげんな様子を見せるメイガンへ、イライザは眉1つ動かさず、客人へのそれの様に丁寧な応対をする。


「オイオイ、エレイン! 『北海岸の狂犬』ともあろうヤツが、んな甘っちょろい事言う様になるたあなぁ!」


 すっかり飼い犬根性が身についちまった様だな! と、メイガンは煽るが、


「私は犬ではなくメイドでございます。とはいえ、ご期待に添えず申し訳ございません」


 イライザはさらりとそう言うばかりでまるで意に介さない。


「……」


 なんで、テロリストと面識が……? エレインって……? イライザって何者なの?


 訊きたいことが山ほどあるケイトだが、2人の放っている刺々しい空気に気圧され、声1つ発せずにいた。


「では、本題に戻らせていただきますが、穏便に事を済ませましょう。我が主人もそれを望んでおります」


 あくまで穏やかな物言いで訊ねられたメイガンは、手応えのなさに不愉快そうに顔を少し歪める。


「んなもん受け入れると思ってんのか! テメェのせいでどれだけ同志が死んだと思ってんだ!」

「おいたわしい、事でございます」


 胸に手を当ててうつむき加減になり、メイガンの言う同志を悼んだ。


「――よ、よくもまあ! そんな白々しい事言えたもんだなぁ!」


 とうとう彼女の態度が腹に据えかねて、メイガンはツカツカとイライザに近づき、彼女の端正な顔に殴りかかる。


「暴力はお止め下さい」


 しかし、イライザは全くその場から動かずに、その右ストレートを左掌てのひらさばいて受け流した。


「どの口が言いやがるッ!」

「どうか、ご勘弁を」


 続けざまにメイガンは左フックを繰り出したが、イライザはそれも左掌で受け流しつつ、必要な分だけ身を逸らして避ける。


「チッ!」


 目的を優先するのが先決だ、と冷静になったメイガンは、それ以上の攻撃をやめた。


「あなた方の要求は、どのようなものでしょうか」


 ちりが付いた袖を払いながら、イライザは何ごともなかったかの様に訊ねる。


「テメエを辱めて殺す事と、そこの柱の隅にいるガキの身代金だ!」


 メイガンが答えると同時に、イライザの背後からもメイガンの手下が現われ、彼女とケイトの頭に銃口を突きつける。


「なるほど。――私はともかく、お嬢様は丁寧に扱っていただきたい」


 何の抵抗もせずに、後ろ手に手錠で拘束されながら、イライザはケイトの細い腕を強引に引っ張ろうとした、自分より背の高い手下に鋭い視線を向け牽制する。


 それだけで、メイガン以外は震えあがって、言うとおり丁寧にケイトをイライザと同じ様に拘束した。


 背中に銃を突きつけられながら、ケイトとイライザはキッチンとランドリー室の間にある、窓のない食料庫に連れ込まれた。


「さてと、下手な動きが出来ねえ様にしてやるよ」


 メイガンはニタリ、と笑ってそう言うと、イライザとケイトの手首をそれぞれ左右同士手錠の鎖が交差する様に繋いで床に座らせた。


「テメエのガトリングを腰だめでブッ放す馬鹿力で、急に動いたらご主人サマの腕がどうなるか――。言わなくても分からねえ程、バカじゃねぇだろテメエは」


「ええ」


 自身がどんな目に遭うか、というのも分かっているはずなのに、イライザの穏やかな物腰はそのままだった。


 その態度に舌打ちをしたメイガンは、


「しかしまあ、良い格好だなぁ? エレインちゃーん!」


 イライザの前にしゃがみ込むと、舌なめずりをしながら、彼女の人並み以上ある胸をわしづかんだ。


「……」


 イライザは、能動的には顔をわずかにしかめただけだが、


「『フロントラインの悪魔』つっても、ここはしっかり女なんだなぁ?」


 ぐにぐに、と揉みしだく度に、その身体が微かだが明確に反応を見せるので、メイガンは口の端をつり上げて嘲る。


はどうだ? 乳でこれなら、さぞれやすいんだろうなぁ!」


 気を良くしたメイガンは、胸から手を離してイライザのスカートの中に手を差し入れ始めた。


「ン……」

「良い声出しやがるじゃねえか……!」


 膝、股、内股、とじっくりイライザの反応を楽しみながら、ガーターストッキングに包まれた脚にそって、徐々に中へと入り込ませていく。


 そしてついに、その根元に手を触れようとしたそのとき、


「――そういったことをなさるのは、お嬢様の前ではお止め下さいませんか?」


 その直前でイライザはメイガンへ、教育上よろしくないので、と願い出た。


「あ? 何教育者ぶってんだよテメエ? 立場わかってんのか? あぁ?」

「私には、お嬢様を心身共にお守りする義務がございますので」


 真面目な物言いに興ががれて、メイガンは手を引き抜いて立ち上がった。

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