03 素材買取専門員長の胸筋


 今日も街中は喧騒に満ちている。


 山のように建物が並び、海流のように人が行き交う。人と人の肩がぶつかり合い、押し合い、圧し合いながら往来している。中心地である中央通りには何百にもなる屋台が延々と連なり、溢れんばかりの人があちこちで買い物をしているここは、タスクの山小屋から4kmほど下った場所にある王都デケーナの城下町である。


 タスクの住む山は王都からすると裏山にあたる。


 王都は貴族街と平民街を別けるように壁が一直線に設置されているが、外堀にもより一層高く分厚い防壁がある。外壁は王都全体を丸く囲うように建設されているが、特に裏山側は倍程も高さがあり、厚みもさらに足されていた。


 それだから陽の光を遮ってしまっていて、裏山の麓はいつも陰になって薄暗い。タスクはそれを嫌って、裏山の中腹辺りに居を構えているのだ。


 人々が溢れる中央通りを真っ直ぐ外に向かって歩くと王都の大正門がある。それは非常に荘厳で、王都の顔とするべく豪華な彫り細工が施された木製の門である。


 それを抜けると、王都正面のだだっ広い草原に出ることができる。


 草食竜たちがのんびりと暮らしているだけの平和な丘陵地帯である。ここに関しては脅威となる外敵が少ないが、裏山からその先は凶暴な肉食竜達が闊歩しているのだ。その為、裏山側の外壁は特段強固にするべく厚く、そして一段高く造られていた。


 今日は、その裏山に続く坂道を獲物を持って下りてきた。


 先日狩ったハーゲルの素材をギルドに売り付けに行く為である。売り付けに行くと予定していたのに、朝から二日酔いを相殺する為に迎え酒などしたものだから、実に足取り怪しいタスクであった。



「いつまでたっても道が覚わらぁん。ギルドはどこだいな~…ふんふん」



 竜の肉と鱗をごっそり詰めて膨れた巨大な籠を、ご機嫌な様子で筋トレ代わりと言わんばかりに振り回すがたいのいい中年男性を、街人は避けて通る。まるでどこかの聖人が海を割ったかのように。


 定期的に城下町に現れるタスクを、皆よく知っているのだ。あの裏山にひとり住んでいる猛者とも、酔っ払うと竜よりも手が付けられない狂人とも。


「あ、あれあれ、あの屋根だなぁ」


 タスクが見上げる先には、ギルドの目印である剣と盾の紋章が描かれた三階建ての巨大な建物があった。

 色はくすんだ茶色であり、一目で天然の木材を使った建築物と判る。周囲の建物とは別格の、縦にも横にも奥にも広そうな間取りが外から見て取れた。玄関は大きな開き戸になっており、常に開放されている。


 その玄関の横には、屈強そうな男共が煙草をふかしてたむろしていた。


「おい、俺にひとつおくれよ。煙草、切らしちまっとるんだわぁ」


「お、あぁ、いいぜ。ほら」


 ひとつ間を空けて、冒険者が気付く。


「げぇっ、あんたは!顔が赤いぞやばいっ!逃げろ!」


 煙草を箱ごと投げ捨てて、たむろしていた三人の男達は一斉に逃げ出した。どう見ても全力疾走だ。飛び切り焦っているのか、ひとりは右手と右足が一緒に前に出ている。


「…なぁんだよ。誰だよあいつら…失礼しちゃうわ。まだそんなに飲んでねぇよぉ。悪ぃことはまだしてねっつーの」


 タスクはむすっとしたまま玄関を見やって、ギルドの敷居を跨いのだった。


 ギルドの一階は受付と呑み処が併設されていた。


 向かって右側が呑み処で左側が受付である。右側にはたくさんの円テーブルが並べられており、冒険者達が昼間にも関わらず酒盛りをしている。

 外の喧騒に内の騒動を重ねたどんちゃん騒ぎだ。床に突っ伏した輩が居れば懇々と仕事の話をする者も居り、胸ぐらを掴みあって怒鳴り合う酔っ払い共も居れば給仕の女性を必死に口説こうとする者も居て、様相は多種多様だ。空いたテーブルは無く、大盛況といった風情である。


 対して左側のギルド受付には、竜素材で出来た剣や鎧などの武具を纏った冒険者たちがひしめいている。基本的にギルドとは討伐依頼斡旋所だ。護衛やお使いの様な内容も少数あるが、依頼内容はその殆どが竜の討伐に関するものである。


 壁に掛けられた数十枚にも及ぶ討伐依頼書を見つめて仕事を探す者が大半であったが、中には依頼内容に準じた討伐証拠となる竜の剥ぎ取り素材を見せて依頼達成の報告をしている者もいる。


 受付の左端には、今回の目的である素材買取に関する受付があった。タスクは受付の手前に籠をどすんと降ろすと、酒臭い顔を近付けて受付嬢に話し掛けた。


「やあ。これを買い取って貰いたいんだがぁ?」


「うっ(酒臭っ)あっ。こ、こんにちは。素材買取ですね。うけたわ…承ります」


「うぅん?」


 何だこの子は、新人か。


 手が震えているじゃないか。どうした、緊張したか。そうかそうか。よろしい、ならばおじさんが手取り足取り教えてあげようじゃないか。これでもベテランなんだ。


 この男、そんな面持ちである。相手は非力な女性だ。酒臭い大男という風体を恐れていると素面なら解ろうものだが、そこそこ酔いの回ったタスクには、最早それを理解できるほどの知性は残されていない。



「これはねぇ、ねぇ、ハーゲルくんだよぉ。こっちは鱗なんだけどねぇ、なかなか良いでしょ。つやっつやなのよ。大きなやつがとれたんだよぉ。それでねぇ」


「あー、はっ、はい。担当を呼んで参りますので少々お待ちくださいっ」


 顔を酷く顰めた受付嬢は、逃げるようにぱたぱたと小走りで奥へと去って行く。



 タスクはぽかんと口を開けたまま棒立ちになった。


 は?

 えっ。何故だ。どうしてだ。なんで逃げるんだよ。


 優しく喋っただろ。もしかして口調がダメだったのか。舐めた感じに取られたのか?それとも二日洗濯していないこの服がダメだったのか。雑草の如き無精髭は剃るべきだったか。何なんだ畜生。


 遂にタスクにはわからなかった。なんだか振られたような気持ちになってしまって、すっかり酔いが覚めてしまった。


 そうして暫く待っていると、通路の奥から金色の坊主頭につなぎ姿の筋肉質な男がゆらりと現れた。


 すぐに目を引く彼の発達して膨れ上がった大胸筋は、とても艶々としていてまるで輝いて見えるようだ。どれほどこれを作り上げるのに苦心しただろうか。それは正に芸術と呼べる域にあり、魅せる筋肉と表現すればしっくりくる。


 彼は、ギルドが誇る素材買取専門員長の人志くんだ。


「おう、ひーくん。買取頼むわぁ」


「なんや、お前また飲んできたんか。うちの若いの怖がらせんといてや」


「ううん、俺個人としては努力したんだがねぇ…」


「さて、今日の獲物はなんや」


「ハーゲルだよ。中々の大物だぞ」


「まだハゲてないわボケ。うっわ、鱗ごっついなあ!デラハーゲルちゃうんこれ!」



「いや、まだハーゲルだったよ。1.5mほどあってなぁ」


 和気藹々とした雰囲気で商談は進む。すでに獲物を解体してあるので売り付けに関してスムーズなやり取りが出来たのだ。

 因みに、このギルドには解体専属の人員も登録されている。解体専門員長は濱田くんだったか。だが、タスクは毎回自身の手で解体を行う為、会う機会はあまり無い。


 結局、鱗は大小合わせておよそ200枚程で40万円、肉はつまみの為にと残した分を除いた量だったが4万5千円で取引してくれた。かなり色を付けてくれている。


 今回はハーゲルの鱗が特別立派で硬さもしっかりしていた為、防具屋が欲しがるとのことで相場よりもうんと高く見積もって貰えたのだ。


 しかしこれだけのお金を手にしても、大半が当月のうちに酒代に消えていく。


 タスクは宵越しの金を持たないタイプの駄目男であった。


 ギルドを右に出て暫く歩くと、翔が店番をする酒屋が見えてくる。


 決して薄くない札束を握り締め、タスクは満面の笑みでスキップをしながら向かっていった。



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