はじめまして、クソ貴族サマ
それから俺とミルシェは一旦別れ、と言っても同じ牛舎にいるが、それぞれ牛を巡りながら乳搾りを行っている。
(マルは……6%か)
じゃじゃ牛のマルからミルクを貰いつつ謎の数字について考えていた。搾乳した量を表しているかと思ったけどそうじゃないらしい。乳搾りする前から0%を上回っている牛だって居たし、何故かマッサージした時も上昇した。
つまりこれはミルクの量とかでは無く『好感度』みたいなものだろう。
そう考えると納得がいく。十七頭いる牛の中でハナが一番この好感度が大きく、今は14%まで上昇していた。他の牛達は平均して5%位だ。悪漢共に襲われ怪我を負い、それを治療した俺に感謝しているとするならば自然だ。
早目に気付けて良かった。勢い余って「ミルシェっておっぱい出るの?」とか訊かなくて良かった。ただの変質者だ。
搾乳数字とかじゃなくてほっとした。残念なんて少しも思ってない、本当に。
(ミルシェが8%……セクハラめいた事をしてしまったのに、上昇してるのは何でだろう?)
ミルシェはハナに続いて二番目に好感度が高い。明確な基準は無いが嫌悪の対象では無いようだ。もっともこれはハナを助けた事に対する感謝の現れで、実は胸を触る前はもっと高かったという可能性もあるが。
(だとするなら、これ以上嫌われないようにしないと……)
ご厄介になる家の娘さんに悪い印象を持たれるのは辛い。
一杯になったバケツの中身を、より大きな専用の保存容器に移し代えながらそう思っていた。
・
・
・
「さて、次は何を……ん?」
次の仕事を貰おうとミルシェの姿を探すと、彼女は牛舎の前で誰かと話している。バンズさんでは無く知らない二人組の男だ。
一人はミルシェと同じくらいの年齢に見える金髪碧眼の青年で、装飾品が散りばめられた衣服は安物ではあるまい。
もう一人は焦げ茶色の外套を頭から被りどんな顔をしているか分からない。
「お気遣いありがとうございます。でも、あの件は既にお断りしたはずです」
そう話す言葉こそ丁寧だがミルシェの表情にはトゲがあった。
「何度も言ってるけどねぇ、これは君達の為にもなる話なんだよ?」
そう話すの若い金髪の方だ。金髪をワックスか何かの整髪剤で撫で上げ、纏う服はやけにキラキラしていた。上質ではあるが上品では無い印象を受ける。
「短絡的に判断するんじゃなくてさぁ……合理的に先を見通すべきだと思うんだよねぇ」
「仰るとおりです。だから先を見通して答えてます」
「はぁー……君さぁ……」
「ミルシェ、どうしたの?」
「! ムネヒトさん!」
何となく険悪な雰囲気だったので、つい介入してしまった。ミルシェを隠すように間に立つ。
「……誰だ君は?」
【???】
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アンダー ―
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18年4ヶ月22日物
無意識に発動した
ジロリと友好的では無い目で見られるが、年下のすることだ。大人な対応をしよう。
「ああ、初めまして。俺は
「あー名乗らなくていいよ、平民の名前に興味は無いから」
虫を払うように手をヒラヒラ振るってきた。初対面から俺への好感度は既にマイナスのようだ。お前が訊いてきたんじゃないのかよ。
「どうせ労働者だろう? 意外だったよ、この牧場に人を雇う余裕があったなんてさ。安くてみすぼらしい人材には間違いないみたいだけど」
「ムネヒトさんは私達の恩人です。いくら領主様でも、失礼は許しません」
「……ふーん。こんなのが? 何をしたか知らないけど、ココにお似合いだね」
嘲笑うような声色に、既に俺の大人メッキは剥がれていた。
「いい職場だろ? ご飯は旨いし牛達は楽しいし。それに雇い主は可愛いしな」
因みにバンズさんの事じゃない。
「……っ!」
「……生意気だね、君」
ミルシェの方ばかり見ていたが、ようやく俺と目がぶつかる。無言の睨み合いに空気が軋む。
「……チッ、まあいいさ……すぐに僕の話を呑むことになるよ。むしろ君のほうから言ってくるのを楽しみにしてるから」
口の端を歪めミルシェに目をやる。それは彼女の全身を舐め回すような視線で、俺の事などもう視界に入ってないようだ。背中でミルシェが身を固くするのが分かる。
「君のような人が、こんな所に居るのは似つかわしく無いんだよ? こんな汚い所で時間を費やすなんて愚か者のすることさ」
一言話すたびに俺の中でコイツの好感度がグングン下がっていく。
「ここを悪く言うのは止めて下さい!」
語気を強めるミルシェを気にした様子も無く、ヘラヘラ薄い笑みを顔には張り付けていた。
「事実じゃないか。大した儲けにも成らないんだろ? 臭くて汚くて一体なにが楽しみんだか……ミルシェだって実はストレス溜まってるんじゃないのかい?」
「そんなことはありません!」
「どうだか、我慢ばかりだと病気になっちゃうよ? だから君の母親も死んじゃったんじゃないの?」
「ッ!」
口に出したその言葉は暴力に等しい。
この野郎もう我慢ならん。偉い奴か何かは知らないが、これ以上喋れないようにしてやる。
拳を固く握り怒りのまま一歩前に出ると横に立っていた男が立ちはだかる。フードの中の目と目が合った。
「パルゴア様」
俺の前に立ったまま、たしなめるようにパルゴアとやらに声をかけた。どけ、と言おうとして口が固まった。
【???】
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アンダー ―
サイズ ―
97年9ヶ月3日物
実年齢97歳……!?
30歳前後の外見だったから意外だ。この
が間違っている可能性は低い。何だかんだ言って、一応は女神(Fカップ)にも通じたし防いだとは思えない。
何かしらかの方法で外見を偽っているのか? ともかく油断ならん相手だ。パルゴアとは違いミルシェを色目で見ていない。この魅惑のバストになんの興味も持っていないなんて、実年齢以上に信じられない事だ。
「分かってるよライジル」
こっちの男はライジルというらしい。
「実は、噂で君達の…………!?」
振り返ったパルゴアが牛舎の中を一瞥し、何故か言葉を詰まらせる。外套を被った男も牛舎を見て息を――あまり顔は見えないが――呑んだように見えた。
「いや……なんでも無い。クソッ……無駄な時間を過ごした」
そんな捨て台詞を吐きパルゴアは
「正直になったらいつでも僕の所に来るといいよ。待ってるからね」
そう最後に言い残し、二人は丘の下に停めてあった馬車に乗り去っていった。
「何だったんだあの野郎!」
絵に描いたような嫌な奴に腹が立ちっぱなしだ。石でも投げてやろうか。ミルシェも固く唇を結び俯いていた。
牧場の事を罵られ、そして母親の事を踏みにじられ俺以上に悔しいに違いない。
「ミルシェ……」
「………」
何と声を掛ければ良いかも分からず、立ち尽くすだけだった。
「おう、戻ったぞ! ……なんだこの空気?」
牛と荷車を連れたバンズさんが戻ってくるまで、俺達二人はそのままだった。
・
・
・
「どういうことだッ!」
馬車に乗るなりパルゴアは激昂し叫んだ。
「貴様達がクソ牛の一匹を葬ったと言ったから来てやったと言うのに、
「……申し訳御座いません。私にも理由は不明です」
ライジルは素直に謝罪する。
このような無能に頭を下げるのは業腹だが、彼の思考は別の方に向いていた。
報告ではハナと呼ばれる家畜に致命傷を与えたと聞いた。傷の深さから言っても助かる見込みも無いと。
しかし事実はパルゴアが言った通りだ。
「しかも何なんだあの男は! ポッと出の分際で僕のミルシェに馴れ馴れしくしやがって……あのクズめ、彼女が迷惑そうにしていたのが分からなかったのか!?」
ブツブツ呪詛を吐くパルゴア。抱く感情は違えど、ライジルもその黒髪黒目の男を思い出していた。
(あの男に治癒を施されたか?)
あのような者が牧場に居たという情報は無い。そしてその男は部下達から聞いていた【剛牛】を襲撃した際、邪魔をしてきた者の特徴と一致する。
それを一目で見抜いたライジルは中位魔法『|
だからといって取るに足らない相手と決めつけるのは早計だ。
心臓を狙い深手を負わせた者とするなら、探知魔法を警戒し阻害していた可能性もある。手練れならその位の用心は当然だろう。
ライジルはその邪魔者への警戒を一段階上げる。
「これは貴様の責任だそ! すぐに別の案を考えろ!」
「はっ」
牧場を奪い、この無能を満足させ、あの邪魔者を同時に消し去る方法を。
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