第17話

17

「貴族の令嬢だったのか」

「そう表示されている」


 記憶の書庫の鍵を持つ者の事はケンには隠しつつ、観察眼の変異として自身のスキルを説明した白。

 其処から得られた情報を、ケンは疑う様な事はせずに、ただ信じたのだった。


「でも、観察眼の進化ねえ」

「それが、可能性としては高いと思うんだ」

「今までは見えて無かったのか?」

「ステータスしか・・・、ただ」

「ただ?」

「今まで特殊な内容を持つNPCに出会って無かった可能性もあるが」

「なるほどな。俺の事はどう見えてる?」

「ん?」


 自身を指し示し、白へとスキルを発動する様、促したケン。


「・・・」

「・・・」


 一瞬の間、見つめ合う男達。


「浅黒い禿頭だな」


 そして、淡々と白の口から漏れ出た毒。


「なるほど・・・、な!」

「お、おい!ケン!」

「随分な言い草じゃねーか、アキラ!」

「悪かった、悪かったよ!」

「いや、許さねー!」

「やめろ!暑苦しいんだよ」


 筋骨隆々とした腕で白へとヘッドロックを極めたケン。

 しかし、それは白に抜けられない程の力は込められておらず、中々の毒を吐かれたにも拘らず、ケンの表情は嬉しそうなものなのだった。


「はぁ〜・・・」

「はは、悪い悪い」

「まぁ、いいけど」


 数分の間、ふざけ合った白とケン。

 やっと脱出出来た白は、疲れた様に肩で息をする。


「ステータスだけだよ」

「そうか、ならNPCに対してだけのものなんだな」

「・・・」


 答えをそのまま受け入れるケンに、白は心の中が温まるのと、少しの痛みを感じた。


「俺は手伝ってやって良いと思うぜ?」

「え?」

「グレイスの事だよ」

「あ、あぁ・・・」

「確かに、アキラの心配も分かる」

「・・・」

「彼女の事を襲った暴漢達は、俺達と同じプレイヤーだしな」

「そう・・・、だな」

「NPC達にそれを区別出来るかは分からないが、万が一の事が有れば、NPCの権力者と俺達プレイヤーの大規模な争いになる可能性も出てくるからな」


 白が懸念する事は複数有ったが、その中でも一番のそれは、間違い無くケンの口にした内容なのだった。


「それでも、手伝って良いってのは?」


 自身の思う懸念に気付きながらも、グレイスを助ける事を勧めてくるケン。

 白はそんなケンの真意を知りたいと、穏やかな口調ながら、僅かな感情も探る様に問い掛ける。


「グレイスは悪い娘じゃないし、その娘が困っている」

「・・・」

「それだけじゃ、理由に不足してるか?」

「え・・・?」


 ヒーローごっこをする子供が言いそうな事を、しっかりと自身を見据える様にし告げて来たケン。

 白はそんなケンに一瞬拍子抜けした様な声を漏らしたが・・・。


「そうか」

「ああ」

「そう・・・、なのかもな」


 自身を無条件に信じてくれる男が、真っ直ぐに告げて来た内容に頷き・・・。


「そうしてみるかな」

「ああ、そうしろよ」

「手の空いた時だけだけどな」

「それで、十分だ。何か有れば、俺も絶対味方になるから」

「あぁ、頼む」


 少し照れた様に視線を逸らしながら応えたのだった。



 翌日、結とグレイスを連れて、街から一番近いダンジョンへとレベリングに来た白。


「わあ〜、凄い・・・」

「うん!うん!」

「・・・」

「何故、壁が輝いているんでしょうか?」

「何で?何で?」

「・・・」


 遊び盛りの幼児の遠足の引率とはこういう気分なのだろうか?

 白は心の中でそうボヤキながら、自身の背に続く結とグレイスを振り返る。


「このダンジョンには、ラードゥガの虹の素となる『七色鉱石』が埋蔵されているんですよ」

「七色鉱石ですか?」

「えぇ」

「鉱石で何故、虹が?」

「魔素の影響です」


 結の抱いた疑問に、端的に応える白。

 ラードゥガがその空に常に虹を架ける理由は、このダンジョンに埋蔵される七色鉱石から放出されている魔素の影響によるものなのだった。


「ゲームって凄いんですね」

「ゲーム?」

「え?ええ、そうよ」

「ゲームって何?」

「え〜と・・・?アキラさん」

「お任せしますよ」

「ちょ、ちょっと!」


 不用意な発言でグレイスに捕まった結。

 しかし、白はそんな結からの助けを求める声には応えず、周囲への警戒に集中する。


(まだまだ上層部とはいえ、素人に毛が生えた程度のモンクと、歪なステータスの魔術師とのパーティだからな)


 白の思うモンクと魔術師は勿論、結とグレイスの事であったが、グレイスのステータスを歪と思う理由。

 それは、正確にはステータスでは無く、スキルにあったのだった。


(正直なところ、プレイヤー魔術師の初期値には遠く及ばないからな)


 グレイスのステータスには職業欄には魔術師と刻まれていたが、一番高い魔力でも通常のプレイヤー以下のもので、他の部分は話にならない数値が刻まれており、正直、同行の許可を出した時に改めてステータスを確認した白は、その絶望的な数値に何らかのバッドステータスを疑ったくらいだった。


(その割に、所持SPで使用出来ない魔術系スキルを多数所持してるし・・・)


 グレイスの所持する魔術系スキルの中には、第五位は勿論、第三位のものも複数有り、それ等は、グレイスのSPが最大の状態でも使用出来ないものなのだった。


(防具はケンが低レベルでも装備出来る質の良い物を用意してくれたが、本格的な戦闘参加は暫く無理だな)


 そんな風に考えながらも、グレイスを同行させた理由はレベリングは勿論だったが、戦闘の流れを覚えさせる為でもあった。


「ぅ・・・」

「どうしたのですか、グレイス?」

「うん・・・、何か来るよ」

「え⁈」


 自身の身体を、その白く細い腕で抱きながら、驚く結の背へと隠れたグレイス。


(NPC獣人特有のものか?)


 グレイスのステータスには歪と家の事以外に特別なものは無く、変化を察知した事はスキルによるものでは無いと理解する。


「アキラさん」

「えぇ、話した通りにお願いします」

「了解です!」


 ダンジョンに出発する前、一応の三人の役割分担を話し合っていた白達。

 結はそれを思い出し、力強く白へと頷いた。


「大丈夫ですね、グレイス?」


 そんな結は、自身の背後に隠れたグレイスの柔らかな髪を軽く撫でながら、その震えを少しでも抑えてやろうとする。


「う、うん・・・」

「良い娘ね?」

「はい・・・。お姉様!」


 初め、自信無さ気に何とか頷いたグレイスに対し、優しく覗き込む様に視線を下ろした結。

 そんな結の気持ちに応える様に、グレイスも自身の頭を撫でる結の手を取り、その双眸から宝石の様な輝きを放ちながら応えた。


(一部の特殊な趣向の人間なら転がりそうな光景だな・・・)


 緊張感を増す二人に対し、割に不謹慎な感想を抱いた白。

 それも、此処がダンジョンでは上層部である為で、流石に敵わぬ相手が出て来るとは想像していない為だった。


「ジジジ・・・」

「来た様ですね」


 結の言葉通り、前方の壁の影から肌に気持ち悪さを感じさせる不快音が響く。


「「「ジィィィ」」」

「『チェールヴィ』か」


 影から地を這いながら、示し合わせた様に姿を表したモンスターは三匹。

 名はチェールヴィといい、約四メートルの体長でミミズの姿を持つ第五位に属するモンスターであり、特段の危険も無く、三人の急造パーティの初戦にはお誂え向きの相手なのだった。


「行きます!」

「えぇ」


 皆を鼓舞する様に声を張り上げ、チェールヴィへと向かい駆け出した結。

 白も乗せられた様に応え、ガリュツィナーツィヤの詠唱を開始する。


「はぁ!」

「・・・!」


 先頭のチェールヴィを、右手に持つトンファーで薙ぎ払う結。

 流石にこの階級のモンスターであれば、結も後れを取る事は無く、通常攻撃一撃で、チェールヴィの約三分の一HPを削り取った。


「ジジジ」


 先頭のチェールヴィが横に飛ばされた事で、前方への道が開いた後方のチェールヴィ達。

 地を這っていた身体を威嚇する様に起こすと、その影は結の全身を覆う。


「お姉様!」

「大丈夫です。続けなさい!」

「は、はい!」


 そんな光景に不安を感じ、予定の動きを止めそうになったグレイスだったが、結からの檄に何とか頷く。


「三番手、行きますよ」

「了解です!」

「ガリュツィナーツィヤ!」


 最後部に位置したチェールヴィに対し、詠唱の完了したガリュツィナーツィヤを放つ白。

 魔術を受けたチェールヴィは、明後日の方向の地面に、鞭の様にその身を打ち付けたのだった。


「ジッ!」

「遅い!」


 鋭い音を発しながら、起こしていた上半身を結へと打ち下ろしたチェールヴィだったが、一対一に集中していた結は、その攻撃をアッサリと左に跳び躱す。


「やぁぁぁ!」

「・・・⁈」


 その勢いのまま、先程薙ぎ払ったチェールヴィへと跳び掛かる結。

 チェールヴィに顔は無かったが、もし存在したなら、それを驚愕で染めた様な反応を示す。


「ジィィィ!」


 自身に背を見せた結に、憤りを示す様な音を発する真ん中のチェールヴィ。

 怒りに任せ、結を追おうとした・・・、刹那。


「お前の相手は俺だ」

「⁈」


 結の背後から、影に身を落とす様にチェールヴィとの距離を詰めていた白。

 手にするのはケンの打った黒いブロードソード。


「大人しくしてろ!」


 結を狙っていた為、ガラ空きとなったチェールヴィの横腹へと目一杯の力で振り上げた刃を振り下ろした白。


「ジッッッ‼︎」

「ちっ・・・!」


 綺麗に二等分へと斬られ、絶命の絶叫を上げたチェールヴィ。

 白はそれに軽く耳をやられそうになり、舌を打ち鳴らしながら、グレイスの状況を確認する。


「・・・」


(詠唱を途切れさせたからな)


 結を心配した瞬間、詠唱が途切れたグレイス。

 詠唱完成までは後少しというところで、白は次に結へと視線を向けた。


「はぁ!」


(相手を自分で倒す事に拘り過ぎだな)


 一応、現状結へと任せている役割はタンクであり、職業的に向いていないとはいえ、最後部にチェールヴィが残っている状況で、それに拘る必要を白は感じなかった。


「『スヴィトリアーク』!」


 白と結の動きに遅れながらも、炎の魔術の詠唱を完成させたグレイス。

 その前方に浮かび上がった、全長一メートルを少し切る炎の球体を、ガリュツィナーツィヤの魔の手に落ちているチェールヴィへと放つ。


「当たって!」

「ジィィィ」


 グレイスの願いを聞き入れた様に、チェールヴィの腹へと着弾した炎の弾。

 しかし、属性的には有利な炎の魔術も、グレイスの基礎能力では致命傷を与えるには至らず、チェールヴィは燃える部位の炎を消す様に、地を這いグレイスへと掛かろうとする。


「きゃあ!」


 悲鳴を上げたグレイスを守る様に、チェールヴィとグレイスの間に立つ白だったが・・・。


「させない!」

「ジィィィ‼︎」


 相手をしていたチェールヴィを仕留めた結の打撃により、グレイスへと向かっていたチェールヴィは、その進軍を止められたのだった。

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