第16話


「本当に、困ります」

「ああ、そうだな」

「もぐもぐ」

「どうして、そんなに勝手な事ばかりするんですか?」

「おお、よく言ってくれた」

「もぐもぐ」


 白への不満を述べる結とそれに同意するケン。

 それらに頰一杯に夕食のアオイお手製稲荷寿司を詰め、それに頷くグレイス。

 その仕草は、持って生まれた容姿に似合わないものだったが、見る者を惹きつけるものなのだった。


「・・・」

「ふふふ」


 自身への不満に何の反応も示さない事で不満を表す白と、それらを口出しせずに眺めながらも、母性的な笑みを浮かべるアオイ。

 この光景はラードゥガに移り住んでからの日常のもので、ケンの借りたこの家にはケン、アオイ白、そして身寄りの無いグレイスの四人で生活し、結はラードゥガの警視庁宿舎から此処に毎日通っていたのだった。


「聞いていますか、アキラさん?」

「えぇ」

「なら・・・」

「結さんはお忙しいのでは無いですか?」

「ぅ・・・」

「公務の邪魔をするのはどうかと思いまして」

「・・・」


 白も全てでは無いが、結が謹慎に近い休暇を取らされている事は勘づいていたが、それを直接聞いた訳では無く、意趣返しの様に結にそう応えたのだった。


「まあまあ、アキラもその辺にしとけよ」

「ん?何がだ?」

「はぁ〜・・・」

「・・・」


 宥めるケンに対し、先程の仕返しとばかりに、何も分からないといった表情を浮かべ、白は溜息を吐くケンから視線を逸らす様に、卓上の稲荷へと箸を伸ばした。


「あ・・・」

「あぁ、大丈夫だよ」

「でも・・・」

「はい、どうぞ」


 白が箸を伸ばすと同時に、食事に集中していたグレイスも同じ稲荷を狙っており、箸と箸が事故を起こしそうになった二人。

 驚くグレイスに白は稲荷を譲ろうとしたが、遠慮するグレイス。

 白はそんなグレイスの皿を手に取り、箸の天で稲荷を載せてやったのだった。


「あ、ありがと」

「どういたしま・・・」

「もぐもぐ」

「・・・」


 グレイスの返事に白が応える前に稲荷へと取り掛かるグレイス。

 そんなグレイスを白は静かに眺めたのだった。


「グレイスも強くなりたいと言っているんですよ」

「え?あぁ・・・」

「彼女が生まれ故郷に帰る為には強くならなければならないんです」

「まぁ・・・」

「その為に、私達に闘い方を教えて欲しいと言っているんです」

「・・・」


 自身の願いは決して独りよがりのものではなく、正当な理由のあるのだといった口振りの結。

 しかし、白は、食卓を囲む他の者達に気取られぬ様、結が理由としてあげたグレイスへと視線を向け・・・。


「もぐもぐ」


(グレイス=コルドゥーン・・・、『獣人三大貴族』の一つ、『魔のコルドゥーン家』の跡取り・・・、ね)


 記憶の書庫の鍵を持つ者で得た情報を、心の中で独り読み上げたのだった。


 獣人三大貴族とは、獣人の国『プリマートゥイ』を代表する貴族三家の事であり、魔のコルドゥーン家、『武のマースチェル家』、そして『知のストラチェーク家』の三家。

 それぞれ、元のカフチェークで特殊な装備やアイテム、スキルを獲得する為のクエストの依頼主であったり、お助けNPCが存在する三家なのだった。


(ただ、コルドゥーン家にこんな娘を設定した覚えは無いんだが・・・)


 白がカフチェークから離れ、10年は刻を刻んだとはいえ、自身が設定を考えたカフチェークの世界。

 それに、獣人三大貴族関連のイベントは、白の中でも自信作と言えるものであり、三家の関係NPCは全員しっかりと記憶しており、その中にはグレイスは存在して居らず、それが、どういった経緯で生まれたのかが、白の中では懸念として存在した。

 一つは単純なもので製品版でのスタッフによる追加。

 この場合は、白の中でそれ自体を大きな問題とはしておらず、他の可能性・・・、NPCの営みによりグレイスという存在が、文字通り産まれ出たという可能性が白に取っては気になるものなのだった。


(技術はともかくとして、グレイスの年齢的に昨日今日産まれた筈が無い。そうなると、初期設定から最低でも十数年の時間がゲームの中で流れている事になる。此処に囚われてまだ一年は経って居ない筈なんだが・・・)


 白の中で、現実世界とこの世界の時間の流れはほぼ同程度のものと考えており、自身が認識出来ぬ間に、現実世界で十数年という時間が経っているかもしれないという可能性は、中々、恐怖を感じるものなのだった。


「アキラさん」

「え?」

「聞いていますか?」

「え〜と?」

「・・・」


 どうやら、白が一人で考え事をしている間も、白への不満で話をしていたらしい結。

 反応を示さなくなった白に声を掛け、やはりというか、話を一切聞いていなかった白に、不満気な表情を一瞬浮かべたが・・・。


「とにかく、明日はお願いしますね?」


 ある程度の時間を一緒に過ごし、白という人間の性格を理解し始めており、直ぐに首を振り、明日の同行を依頼した。


「あぁ・・・。そうですね」

「本当にお願いしますね」

「・・・」


 しかし、白はというと、グレイスの事を考え、何処か上の空の返答をするにとどめたのだった。



「ケン」

「ああ、アキラ。疲れてる所、悪いな」

「いや、構わないよ」


 食後、宿舎へと帰る結を用心の為送り届け、家へと帰って来た白。

 出発前にケンから話があると言われていた為、戻り風呂に入らず、直ぐにケンの作業場へと顔をだしたのだった。


「で、ケン?」

「・・・」

「もしかして、昼間に誰か?」

「いや、そうじゃないんだ」


 いつも軽い調子のケンからすると、かなりの真面目な表情。

 それに、白は不安を抱き、身を乗り出す様にしたが、その不安をケンはあっさりと否定する。


「そうか・・・、じゃあ?」


 ケンの返答に安堵し、置かれた石椅子へと腰を下ろした白。


「仲間から連絡が入ってな」

「連絡?」

「ああ。仲間から連絡が有ってな」

「プラフェーシヤからか?」

「いや、これは違うんだ」

「じゃあ、フレンドか」

「ああ。一部のプレイヤー達がゲームには無かったスキルを覚え始めているらしいんだ」

「・・・⁈」


 ケンから告げられた事実。

 それは白に取っては半分は驚きであり、もう半分は可能性を想定していたもの。


「どういうものなんだ?」

「俺が知り合いから聞いたのは、『双魔』ってやつなんだが」

「双魔?」

「ああ」


 ケン曰く、仲間から聞いた話によると、それは、あるダンジョンをパーティで攻略している最中だったとの事。

 モンスターと遭遇し、戦闘になり、仲間の魔術師が後方から魔法による支援攻撃を行なっていると、突如としてそのスキルに目覚めたらしく、しかも、その後、別のパーティでも複数人が双魔のスキルに目覚めたのが確認されたとの事だった。


「効果は分かっているのか?」

「ああ。二つの魔法の同時詠唱らしい」

「二つの魔法の・・・」


 それは、白からすると寝耳に水といった話。

 当時のカフチェークにも、そんなスキルは搭載しておらず、しかも、製品版でも無いという事は・・・。


「俺達の意識しない間にアップデートが行われている?」

「その可能性が高いだろう」

「・・・」


 外部との連絡が取れない以上、それが運営によるものか、犯人によるものかは分からなかったが、確実に順次のアップデートが行われている事は想定出来るものなのだった。


「アキラはどうだ?」

「え?」

「レベリングに勤しんでるし、もしかしたらと思ってな」


 アップデートの事を悩んでも、現状はどうしようも無く、それならばと、ケンは白もそのスキルに目覚めたのかと話を変える。


「いや、俺は使えないな」

「魔術師だけが目覚めるスキルじゃ無いらしくて、魔法さえ使用できる職業なら別の職業でもそういう人間が居るらしいぞ」

「そうか・・・」


 ケンの言葉に考え込む様に頷く白。

 対人の可能性も考えると、出来れば手に入れたいスキルではあったが、とにかく先ずは情報が必要だと考えたのだった。


「この街にも居るかな?」

「俺がフレンドを当たってやるよ」

「すまない。助かるよ」

「良いって事よ」


 任せろとばかりに厚い胸板を叩いたケン。


「そういえば、今日も大丈夫だったか?」

「あぁ。流石に連中も此処までは追って来なかったらしい」


 忘れていたと、白へと結を送った時の異変の有無の確認をするケン。

 グレイスを狙っていた暴漢達は、白達がラードゥガに移り住んで以降、一切の手出しをしてきていないのだった。


「流石に安心して良いと思うんだ」

「まあな」


 心配性な白にしては、意外に楽天的な考えに頷いたケン。

 流石に、暴漢達も一切の影響力を及ぼせないこのラードゥガで暴挙に出るという可能性は低く、尾行も無い事から、既にその件に付いての懸念は白の中で無くなっていたのだった。


「ふふ」

「ん?どうしたんだ?」


 突然、可笑しさを抑えられない様な笑い声を漏らしたケンに、白は若干、後退りしながら疑問の声を上げた。


「いや、それなら送る必要も無いだろうと思ってな」

「・・・」

「アキラも意外と面倒見が良いよな?」


 面白そうに笑みを抑えながら、白を揶揄うケン。


「面倒見ついでに、二人の事も本腰を入れて面倒見てやったらどうだ?」

「ケン・・・」

「悪い娘達じゃ無いと思うがな」

「あぁ」


 白もケンの言う事、全てに納得した訳では無かったが、別に結とグレイスが悪人だとは思って居らず、ケンの意見に頷く。


「そういうケンこそ面倒見が良いよな」

「はは、これはもう性分だよ」


 白の言葉を否定するでも無く、しかし、照れるでも無く軽く笑ったケン。

 そんなケンの様子と、これまでの関係に、白の重い口も若干軽くなり・・・。


「ケン、実はさっきのスキルの話なんだが・・・」

「ああ」


 グレイスの件をケンへと切り出したのだった。

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