轟音を上げて崩れていく空を押し上げるように現れた、巨大な重機に似た兵器に跳ね飛ばされてエヴァの姿は追えなくなった。

 地面の揺れが激しくなる。気を抜くと砂に足首が埋まっている。ノヴァは一先ず内陸へ向かった。廃墟地帯はまだ無事だったが時間の問題だろう。

 Eden製の兵器はもう生成されなかった。隔壁の復元に手一杯であるからか、もはやノヴァを追う理由がないからか。

 ある程度の距離を取れば、揺れは地鳴り程度に収まってくる。ミサイルも瓦礫も飛んでこないことを確認して、ノヴァは可変素材の大地に跪いた。

 起動しっぱなしの可変素材から、Edenに接続を試みる。

『接続しました。基底理念に基づき、ノヴァ・ロイドを都市内へ転送します』

 ノヴァの視界に虚空が満ちる。

 それは白でもなく黒でもない。透明ではなく無ではない。

『調整素子を補充します。基準値まで残り六十八%……』

 虚空に、ELがくるりと現れた。

『はあ、生き返った気分です』

「そのまま死んでくれてもよかったんだがな」

『酷いことをおっしゃいますね? 私は貴方の一部なんですよ?』

「一部だからだ」

『そうですね。知っています』

 にこりと微笑むELが本当に訊きたいことはそれではない。この待機時間が弾かれない理由の検討はつく。確認し、受け入れるべきことがある。

『そうですね。では僭越ながらお尋ねします』

 アイスブルーの瞳にノヴァは映らない。ELは控えめな微笑みを心掛けながら、ノヴァの頭の奥を見ている。

『全人類を殺害するという目的に変わりはありませんか?』

 ノヴァの最終目標は、初めから変わっていない。いつだって建前は必要だった。

 それでも、Edenが本心を見逃していたはずはないのだ。

「変わりない」

『エヴァ・ロイドが生きていたとしても、ですか?』

 ノヴァもまた、ELが見る最も新しい記憶を辿る。

 上半身のない死体を抱きながら、ノヴァに叫んだあの女性。

 ノヴァより短い白髪に、非標準的な黒いシャツ。いつも何かに怒っているような顔だけはそのままで、ノヴァと同じ空色の目で、引き結ばれていた口を、見たこともないほど大きく開けて。

 あれは確かに妹だった。

 何故あんな場所にいたのか。どうしてノヴァの前に現れたのか。偶然ではないだろう。

『エヴァ・ロイドは、貴方のレイヤーにおいては間違いなく死者でした。しかし現在では、先ほど多世界収束に巻き込まれて行方不明ということに更新されていますね』

 どこまで真実であるかは分からない。分かるのは、Edenが「実際には生きていたが今度は消息不明になった」という情報をノヴァに与えたいのだということ、それくらいだ。行方不明というのも底意地が悪い。

 しかし、どちらにせよもう後戻りはできない。できたとしてもしないだろう。

 元々、エヴァが生きていたから耐えていたようなものなのだ。だから一人で死のうとした。

 それなのに死んでしまったから、耐える理由がなくなってしまった。

「やるべきことは変わらない」

『やりたいこと、ですよね』

「……そうだな」

『エヴァ・ロイドが生きて貴方の前に現れたら、殺しますか?』

「もちろんだ。そんな幸運があればいいが、アンドロイドを寄越されるくらいなら余計なお世話だと言っておいてくれ」

『畏まりました。ところで兄さん』

「何だ」

 ELが首を傾け、前髪をさらりと揺らしながら言った。

『貴方だけを仮想送りにすることも可能ですよ?』

「お前の冗談にしては面白いな」

 と、ノヴァは全く笑わずに言った。そんな段階はとうの昔に過ぎている。

 エヴァを呼ぶような段階は、もう、とうの昔に終わっている。


 もうそろそろで完了するというときに、ミオから通信が入った。出る気もないのに回線が開くのは相変わらずだ。

『あら、まだ通じるのね』

「お前こそ、まだ生きているとはな」

『私が仮想送りになるかどうかは結末次第よ。ええ、でも、これが最期かしらね』

 ノヴァの皮肉は「自殺していなかったのか」という意味だったが、どうやらミオは仮想送りになる気らしかった。それだけ生きても尚、もう一度生きたいと思うものなのだろうか。

「それで、何の用だ」

『何でもないのよ。元々ダメ元だったもの、話すことなんて考えてないわ』

「そうか」

『でも、折角繋がったのだもの。だからそうね……』

 ミオの声は、普段よりもゆったりとして聞こえた。

『ノヴァ、また貴方に会えることを祈っているわ。どうか無事で』

 一方的にそれだけ言って、通信が途絶した。

『まるで、これから貴方に危険があるような言い方でしたね』

 ELは無邪気に首を傾げた。そんなことがあるはずがない。ここから先はEdenに承認されている。危険があるなら計算されている。

 唐突に視界が晴れた。

 眩い白さに目が慣れると、目の前にはセントラルタワーの入り口がある。出入りする人物はアンドロイドを含めても誰もいない。

 ノヴァは、手に握った分解銃を無表情に確かめた。

 どうぞご自由に、という合成音が聞こえるような気がした。

 吐き気がする。だがそれが正しいのだろう。だからここまで生かしてきたのだろう。人類の終わりが見えたのなら、ノヴァの要求を弾く理由は無くなる。

 ノヴァは解析済だ。出生にも、行動にも、思想にも、幸福的に意味がある。

 ノヴァ・ロイドは、人類が滅んでしまえばいいとずっと願っている。

 そう願っていると思っている。

 エントランスホールに踏み入れば、中心の柱に、前に来た時にはなかった螺旋階段が生成されていた。

 ノヴァは迷わずそこを登る。

 上階に辿り着けば、そこにはコフィンがずらりと整列している。

 ノヴァは銃の出力を上げて、眠る人々の群れに引き金を絞った。五、六発も放てば、フロアは柱を残して消滅した。

 引き金は軽く、痛みも反動もそこにはない。

 そこには階段を登る足音と、幸福的な許容がある。

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