第2話 無花果の葉では隠しきれない―有栖―

「ど、どこまで行くんですか?」

「私の家」

「それって、あの、いいんですか?」


 雨が降り続いている。激しく降り注ぐ雨はだんだん霧のようになってきて、少しずつ視界も悪くなっているのがわかった。それでも、私はその子の手を離すことなんてこれっぽっちも考えなかったし、もしかしたら今この瞬間に限って言うなら、ふたりの手はひとつに繋がっていたような気がする。それくらい自然に、私は彼女の手をとって歩き出していた。

「もうちょっとゆっくり、」

「大丈夫、もう着くから」

 歩幅を合わせてほしいなんて、小さい子みたいなことを言わないでほしい。たぶん私よりもだいぶ年下に見えたけど、この子だってそれなりの年齢には見えた。たぶん、高校生か大学生?

 それなら、歩幅を合わせてくれない人だっていること、知ってなきゃ。私が今まで関わってきた人たちはみんな、そういう人ばかりだったから。


 滝のようになった雨のなか、濡れた身体を休めることなく歩き続ける私たちに見向きするような人はいない。だから、今はこの女の子と私は世界にふたりきりだった。

 そのまま帰り着いた部屋で、私は彼女と肌を重ねた。どこか慣れたようなキスと、気だるげに絡み付いてくる指先、それなのに微かに抵抗しようとしているような身のよじり方が、余計に私の心を――ううん、そんな綺麗なものではない何かを掴んで離さなかった。


「ごめんなさい……、ごめんなさい……、」

 彼女の口から聞こえているようだったし、もしかしたら私が言っていたかも知れない言葉。

 だって、今の私は最悪だった。愛を信じたかった人から信じられないほど冷たい別れを告げられて、たまたま近くにいたこの子を身代わりにしている。私を拒絶した彼女の言っていたことと、同じことをしているような気になって、謝れるものなら謝りたかった。

「……ぁ、――――――、」

 けど、息をするのに精一杯で、時々空気を求めるようにキスをするくらいしかできない。


 私たちの口のなかを熱い唾液がかよっていく。甘く、痺れるような間隔。彼女とでなければ感じられないものだと思っていた――思いたかったのに、あぁ、結局、誰でもよかったのか、私は……!

 軽い失望を覚えながら、それでもどうしても抗えない心地よさに溺れるように、私は。


「――――ぁ、ん、……っ、あ――――、」

「……、…………っっ!!!」


 密着している汗ばんだ肌から、か細く高い声が聞こえたのは、私の頭が真っ白になったのと同時。今にも倒れそうな倦怠感に包まれた部屋のなかで、私たちはようやく、お互いの名前を知った。


有栖ありすさん、わたしは、ここにいてもいいんですか?」

「いいのって……私、あなたの気持ちも聞かずに連れてきちゃったのに、」


 改めて見ると、頬が艶っぽく赤くなった顔は絶えず何かを恐れているように見えて、細身ながらもハリがあるとしか思っていなかった身体にはいくつもの痣があって。

 あぁ、きっと、この綾音あやねちゃんも、私と同じなんだ。


 そう思った途端、ふと頬が緩んだ。

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