第12話 元服

 正月某日、竹千代にとっての初めてと言っても良いハレの日がやってきた。今後どんな人生を送ろうが、たった一回しかおとずれない元服の日がそれである。生まれてから死ぬまでの連続した時間の流れの中で、複数回行う事が絶対にない日が、始まりと終わりの日以外では元服の日が唯一のものである。

 竹千代もこれでようやく大人となるのだ。しかも、同時に家督を相続するという大きなハレの舞台も迎えるのである。

 今年に入ってから既に安祥の家臣のみならず、三河の諸家に対しても連絡済みである。特に異論等もあがってこないことから、既に家督を相続することは認可されているといっても良いであろう。というよりは家督の相続に関しては、家臣達が望んでいたことであるが、安祥松平家の宿願などの将軍となるという事など知る由もなく、もし漏れていたら反対する者も出たかもしれない。

 

 元服には主に、その本人にとっては大きく三つの違いがそれ以前と発生する。

  一つには髪を月代ににし髷を結うという事。

  一つには正装時に烏帽子をかぶるという事。

  一つには名乗りを変えるという事。

 になる。

 朝から、沐浴にて身を清め髷を結ったところである。季節は冬であるために、月代にした前頭部が妙に寒かったが、清々しい気分でもある。頭頂部の髪を無くすのは、元服と同時に烏帽子をかぶるのが正装となるのだが、烏帽子をかぶる事は平時においては無いため、単なる慣習においての髪型である。


 ふいに頭頂部を平手で叩いてみた。ペシっと小気味の良い音がしたのでにやけてしまった。これより、加冠の儀式に臨むため部屋に向かう途中であったが誰も周りに見計らっての事である。もしみられていたらかなり恥ずかしいものであると、叩いた後に少し反省もした。竹千代はこのような行為は子供がすべきものと思っており、これからはあまりこういった子供じみたことは控えねばと思った。


 部屋は既に開いていた。上座には烏帽子親となる吉良持清が座っていた。祖父と父が入口より対面に座っている。父も吉良家より烏帽子を被らせてもらっており、二代続けて吉良家が烏帽子親になるのである。もっとも父は西条吉良家での方からであり、今回は東条吉良家に烏帽子親になってもらうのだった。この三河において、松平の上位の家格といえばこの吉良氏もしくは一色氏になるのだが、一色氏はこの頃はあまり三河での影響力は落ちており必然的に吉良氏にお願いする形となっている。 

 もともと足利一門の吉良家は、三河守護というわけでもなく具体的な統治はしてこなかったため、最近の三河は実質的に松平氏が統治している形になっている。形式として吉良家に烏帽子親をお願いしているにだけに過ぎない。

 

 部屋の中に入ると、下座に座り拝をした。

 持清は、

 「竹千代殿、面を上げてくれ。」

 と声をかけた。竹千代とは初対面であった。

 「成程、噂通りの精悍な顔立ちであるな。目はまるで拘那羅鳥のように輝いて居るでは無いか。そなたに烏帽子を授ける事を喜ばしく思うぞ。」

 嫌味な事は全く感じる事は無く、素直にほめてくれているのだと分かった。家柄が醸し出す雰囲気というものであろうか、泰然としていて落ち着き払っている。竹千代は素直に(善い人なのだな)と思った。

「有難き幸せでございます。」

「早速だが、こちらの烏帽子を其の方に被せたい。近に寄れ。」

「ははっ。」

 竹千代は恭しく、持清の前に寄った。

 烏帽子は隣の部屋から、阿部定吉が持ってきて持清に渡した。

 持清の前で座ると、烏帽子を被せてもらった。

「竹千代はこれをもって成人である。さて、名であるが如何にするか。」

「左京太夫様のお名前から清の字を戴きたく思います。」

「よろしい、これより後は松平二郎三郎清孝と名乗るが良い。」

 二郎三郎は安祥松平の家督継承者が名乗る通名である。

 名前が変わるということは今後もあるであろう。

 だが、この元服の時の改名は何となく生まれ変わったような気がした。


 






 

 






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