第22話 手作りは真心を込めて

「きゃああああああああああああ!!!」


川の激流に飲まれながら勢い良く降っていくゴムボートに俺達は翻弄され続けていた。


特に橘は何度目かもわからない悲鳴をあげている。


俺は最初こそ川の勢いに圧倒されていたがすぐに慣れて、楽しむ余裕が出てきた。隣の新川もガチガチだった最初に比べて随分とリラックスして楽しんでいるようだ。


竜崎と平川は、持ち前の運動神経でバランス感覚を取り続けている。バケモンかお前ら。


大野もバスケ部らしく運動神経はかなり良い。橘の狼狽っぷりを見てひたすら笑っている。


ラフティングは約90分と思っていたより長いのだが、ジグザグだったり、勢いのつく直線だったりと飽きることなく進んでいる。


ちなみにゴムボートから落ちたとしてもジャケットを着ているので、上を向いてその辺の岩に掴まれば特に問題はないらしい。


まぁ落ちるやつなんて早々居ないらしいが。


「あかーーーーーん!!!!!!」


前を流れていたゴムボートからゴリゴリの関西弁が聞こえてきた。言わずもがな一ノ瀬だろう。何があったんだと覗き込む。すると、


川にぷかぷかと浮きながら岩にしがみつく一ノ瀬が居た。


「た、助けてくれぇ!」


さっき落ちるやつなんて早々居ないって言ったばっかじゃねぇか。




◇◇◇




その後無事に一ノ瀬は俺たちのボートで救出され、一緒に降っていった。


橘も一ノ瀬のアホっぷりのおかげで緊張が取れ、後半はかなり楽しんでいたようだ。ある意味ファインプレーだ一ノ瀬。


約90分かけてようやくゴールへと到着。皆興奮が冷めないのか、「あそこヤバかったよね!」「ほんと落ちるかと思った!」と口々に感想を言い合っている。


その後は記念撮影をして終了となり、昼食を摂る為に一旦バスで宿舎へと帰った。


昼食が終わるといよいよグループ別での行動だ。


ちなみに案の定雨の影響でトレッキングは中止となった。


自由時間か!?と期待したが、全員で神社へ参拝に行くらしい。正直なところ面倒だが、ご利益に期待するとしよう。


まずはカヌー体験からだ。先ほどのラフティングとは違い、綺麗な湖の上で自分達の力で漕いでいく。


1人ずつ乗るのでゆったりとしたペースでもなんら問題ない。


するとここで、別の班の一ノ瀬が「競争しようや!」と言い出したので、三バカと俺達のグループの男子達で競争することになった。


「それじゃいっくよー!」


大野が掛け声を上げる。


「よーい……ドン!」


合図と共に全員勢いよく漕ぎだす。最初は水の抵抗もありゆっくりしか進まない……はずなのだが。


「り、竜崎君すごい!」


竜崎はそんな抵抗をもろともせず一気に加速。その後に続いた平川をも置き去りにしてダントツトップだった。


運動神経お化けめ。(二回目)


「な、何やあれ速過ぎやろ!まさかチートか!チ、チーターや!」


おっと、キ◯オウさんがここに居た。




◇◇◇




カヌー体験の後は体験工房だ。


アクセサリーの体験工房らしく、主にネックレスやブレスレット、ピアス等を作ることができる。他にも指輪やストラップも作れるらしい。


ちなみに俺達の高校では、派手じゃない限りそう言った類のアクセサリーをつけることは許可されている。まぁ派手かどうかは教師の独断と偏見で決まるのだが。俺はつけてないけど。


俺はネックレスを作ることにすることにした。新川も同じくネックレスを作るらしい。


難しいと思っていたのだが、案外すんなりと作ることができた。


俺が作ったネックレスは、銀の十字架の真ん中に赤くい小さな石を埋め込んだ至ってシンプルなものだった。これ作ったっていうのか?と疑うレベル。しかもなんか中二病っぽくて痛い。これを女の子が付けてるならむしろオシャレそうなんだけど。


横で作業している平川を見てみると、これまた立派なブレスレットだった。


金色の輪に、赤や青の色とりどりの石をちりばめている。この野郎何でもできるなこんちくしょう。


そういや竜崎は?と思って斜め前に座る竜崎を見ると、かなり真剣な表情で作業していた。


竜崎は俺達と同じネックレスを作っていたのだが、クオリティが全然違う。


瞬きすら忘れたようなその目で、小さな石を一つずつピンセットで丁寧に並べていく。よく見るとてんとう虫だった。


え?てんとう虫?なんで?


竜崎らしからぬ可愛らしいチョイスに、いつの間にか竜崎の作業を眺めていた新川と平川も唖然としている。


竜崎の作業に目が離せなくなった俺達は、自分の作業そっちのけで目を奪われていた。


それから10分程して竜崎が顔を上げ、ふぅ、とため息をつく。すると凝視している俺達に気づいたようだ。


「……どうかしたか」


「いや、すまない。竜崎君の手際があまりにもいいからつい眺めてしまった」


平川が弁明すると、そうか、と少し疲れたように竜崎が首を回す。その後俺達も自分の作業に戻ろうとした時、


「あ、あの、竜崎君!」


竜崎が後ろから声をかけられ振り向くと、その声の主は竜崎の後ろで作業していた橘だった。


「こ、これ!」


そう言っておずおずと両掌に何かを乗せて渡していた。見るとそれは紅い石を基調としたシンプルなピアスだった。そういや竜崎っていつも銀色のピアスしてるな。


「え、えっと。朝のお礼です!良かったら受け取ってください!」


バレンタインよろしくの台詞を吐いた橘は、ガチガチに固まったまま頭を下げて両手を差し出している。


これには竜崎も困惑しているようだった。


「俺何かしたか?」


マジかこいつ。自分がラフティングの時に橘を助けたの忘れたのか?


いや、竜崎の場合あれは助けたうちに入らない可能性のほうが高いかもな。


「ボ、ボートから落ちそうになった私を助けてくれました」


「……あぁ。別に気にしなくていいぞ。咄嗟に手が出ただけだ。それに、あの時は勢いよく引っ張って悪かったな」


「そ、そんな!私がちゃんとしてたらあんなことにはならなかったので……。そ、それにちゃんと受け止めてくれたし……」


お互い譲らないような会話だったのだが、橘の横に座っていた大野が口を開いた。


「ね、竜崎君。受け取ってあげてくれない?この子竜崎君のために一生懸命作ってたからさ。その赤だって竜崎君の髪色に合うように選んでたんだよ?」


「は、遥ちゃん……」


照れ臭そうに顔を赤くする橘。竜崎は少し困ったように頭をガシガシとかいた。


「そうか。……それじゃあありがたく受け取っておく」


その言葉を聞いた橘はパァッと顔が明るくなる。


「けど、貰いっぱなしってのは嫌いなんだ」


竜崎が口を開くと、自分の作ったてんとう虫のネックレスを橘に差し出した。


「え……?」


「やるよ」


掌に乗せられたそのネックレスは、外の光に当てられて光り輝いている。その様子に目を奪われていた橘だが、すぐに意識を戻した。


「え、えぇ!?そんなすごいの受け取れないよ!」


「別に凄くはない。……元々妹のために作ったんだが、よく考えたらまだこういうのあいつには早かったわ。だから貰ってくれると助かる」


妹のために。そんなことができる人間はこの世にどれだけいるだろうか。少しだけ竜崎の人を想う気持ちが垣間見えた気がした。


妹、か。


何かが頭をよぎったような気がしたが、いやいやと振り払った。そんなもの今考えても仕方がないしな。


そして橘は「貰ってくれると助かる」と言われて逃げ道をなくしたようだ。恐る恐るそのネックレスを受け取ると、頬を緩ませた。


「あ、ありがとう竜崎君!大切にするね!」


「あぁ、そうしてくれ」


満足気に席へ戻っていった橘は、早速そのネックレスを付けていた。


可愛らしさが目立つデザインだったが、童顔で背の低い橘にはぴったりのような気がする。凄く失礼かもしれないけど。


俺は竜崎のハイスペックぶりに打ちのめされながら自分の作業へと戻るのだった。




◇◇◇




完成した品は竜崎の足元にも及ばないものの、およそ及第点といったところだ。


終わりにそれぞれ作ったものを入れるケースを貰い、バスへと移動となった。


バスへ戻る途中、俺がグループの最後尾を歩いていると新川が駆け寄ってきた。


「ね、ねぇ相田君」


何故だか緊張しているようだ。


「お、おう」


「えっと。……わ、私達もネックレス交換しない?」


そう言って新川が自分の作ったネックレスの入ったケースを差し出してきた。


「いや、お前これ」


「さ、さっきるりちゃん達も交換してたでしょ?だから私達も交換しようかなって……。あ、もし作ったネックレス気に入ってるっていうなら全然大丈夫だよ!」


いや、橘はお礼じゃねぇか。と言おうとしたのだが、少し顔を赤くして緊張したような新川を前に言葉が出なかった。ま、別に気に入ってるわけでもないからな。


「いいぞ」


「へ?」


「だからいいって。……ほらよ」


カバンからネックレスの入った箱を取り出し、それを新川に差し出す。


「あ、ありがとう!」


新川が俺のネックレスを受け取ると同時に、俺も新川のネックレスを受け取る。


中を開けると、赤と銀のリングが交差しており、銀のリングには所々に金色の小さな石が散りばめられている。めちゃくちゃ良い。


新川の方も俺の作ったネックレスを見て「うわ!オシャレ!」と目を輝かせていた。喜んでもらえて何よりだわ。


早速お互い交換したネックレスを付けていると、


「おーい2人ともー!何してんのー?」


するとバスの方から大野が呼んでいるのが見える。俺達は急いでバスへと向かった。


バスに乗り平川の後ろの席に座り、俺の斜め後ろに座った新川の方をふと振り向いく。






胸より少し上辺りで赤く光る十字架を見て、なんだか心がくすぐったかった。

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