第20話 彼の狙いと彼女の思い

静かとは程遠い温泉に浸かり終えると、今度は食事の時間となった。


こちらもかなり豪勢で、伊勢海老やアワビといった普段お目にかかれないような食材も出され、皆興奮している。


赤崎先生に絞られてグロッキー状態だった三バカ達も、この豪勢な食事を目の前にして完全に気力を取り戻したようだ。


クラス毎に分けられて座ると、左隣に新川がやってきた。


「すごいね相田君!美味しそう!」


「そうだな。普段自分じゃこんなのは作れねぇからな」


「え?いつも自分でご飯作ってるの?」


「あぁ、うち両親いないから」


「えっ!……ご、ごめんね」


「あ、いや。全然気にするな。もう覚えてないから」


「そ、そうなんだ……」


恐らく彼女は俺が言った、覚えてない。というのは昔の事だからだと思っているのだろう。


俺は正真正銘「記憶にない」のだ。けれど今そんなことを話すつもりなど毛頭ない。


「す、すげぇ……」


そんな微妙な空気が漂ったところで、右隣に座った竜崎が感嘆の声を上げていた。よく見ると目もキラキラしてる。なんかすげぇ嬉しそう。


「お、おい。これ全部食っていいのかよ」


「や、そりゃそうだろ」


「だ、だよな」


思わずツッコんでしまったが、意外と普通の返答が返ってきた。


小さい子供が新しいおもちゃを目の前にしたように目を輝かせている竜崎を見て、実は案外普通のやつなのかもしれないと思い始めた。


周りのやつらもクスクスと笑っていたが、それは嘲笑ではなく純粋にいつもと違う反応で面白いといった感じだ。


その後食事が始まると、竜崎は掻き込むように食事を摂っていた。腹減り過ぎだろ。


「おい竜崎、喉つまらせんなよ」




◇◇◇




食事を終えると、自由時間となった。


部屋に戻る途中に時間を確認するため携帯を見る。


『9時に宿舎から少し離れた公園のベンチに来れない?』


新川からのメッセージだった。


ま、まさか告白?なんて思うこともなく、『了解』とだけ打つとそのまま部屋へと戻った。


少しだけ心踊っている自分がいたのは内緒だ。




◇◇◇




時刻は8時54分。


宿舎裏のベンチに到着した俺はすでにベンチで座っている新川の方へと歩みを進めた。


「悪い、待たせた」


「あっ、相田君。ううん。時間まだだし。こっちこそ急に呼び出してごめんね」


俺は少し間隔を開けて新川の右隣に座った。


「それで?なんか用か?」


「うん……。その、アスレチック体験の時のことなんだけど……」


「え、あぁ、それがどうかしたか?」


「ちゃんとお礼言えなかったなって。ありがとう助けてくれて」


「や、助けたのは竜崎だろ。俺はなにもしてない」


「ふふっ、そう言うと思った。もちろんあの後竜崎君にも会って改めてお礼は言ったよ」


あの場でも礼を言っていたというのに、律儀なやつだ。


「けどあの時、間に入ってくれた相田君には本当に感謝してるよ」


「あいだだけにってか」


「……色々と台無しなんだけど」


ジトーっとした目で見つめられる。うん。今のは俺もないなって思った。


「台無しついでになんだけど、私ちょっと怒ってるんだからね」


おっとこれは後ろにゴゴゴが見えるいつものやつじゃないか。すごくやばそう。


こういう時こそ慎重にだ。俺は何もしていないということをきちんと伝えなければ。


「あいつらのこと煽ったのは悪かったよ。ムカついて後々のことは何も考えてなかった」


「違うよ!それに何も考えてなかったって嘘でしょ。いつもの相田君らしくない言い方だったし。それに殴りかかってきたのに目瞑って逃げようともしなかったじゃん」


更に冷たくなった新川の目が俺の左頬に突き刺さる。やめて!そんな冷たい目で蔑まないで!興奮しちゃ……わねぇな別に


と、まぁいつもの如く頭の中で1人芝居をしていると益々新川の目が頬に突き刺さるのがわかる。


こりゃダメだわ。


「……はぁ、降参だ。確かにあの時俺は相手を執拗に煽って問題を起こさせてここから退場させようとした。……けどまぁ竜崎が助けに来てくれたんだし万事オーケーだろ」


「いいわけないじゃん!……あの時相田君が酷いことされるんじゃないかって怖かったんだから」


そう言って俯く新川は少し涙ぐんでいるようにも見えた。


「まぁ、なんだ。すまんかった。正直あの時はどうしようもなかったからな。竜崎が助けてくれる保証も無かったし」


「もしかして竜崎君が助けに入ってくれるのも想定してたの?」


「まぁな。あいつらの高校は偶然にも俺達の近くの公立高校だったし、この前誰かが竜崎の名は中学の時からこの辺じゃ有名だった、って言ってたのを聞いてたからな。多分あいつらみたいにギャーギャー騒いでるだけの奴らなら知ってるんじゃないかと思って一応竜崎を一か八かでぶつけてみた。最悪の場合仲裁役の平川がこっちに向かってたし、近くに教師たちも居たからなんとかなっただろうよ」


「す、すごい。あの短時間でそこまで……。というか平川君仲裁役って……」


「あいつはそういうの得意だろうからな。空気を保つってのを第一に考えれる。まぁ全部殴られてからのことしか考えてなかったからな。殴られさえすればどっちが悪者かなんて明白だ。……だから俺が殴られる前に竜崎があいつらに蹴り入れた時は正直焦ったわ」


好戦的すぎるだろあいつ。サイヤ人の王子かなんかかよ。


「……けどやっぱり自分を犠牲にしてまで助けて欲しいなんて思わないよ」


深く憂いを含んだようなその言葉は、山風に掻き消されそうになりながらも、俺の耳にしっかりと届いていた。

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