第7話 手探りヒット&ヒート

 危機から逃げるのは難しい、だがそれを受け入れ整え続ける事はもっと骨の折れる行為である。


「結局歩いてる、何度手間だこれは」「仕方ないわよ。

話しても口聞いてくれないんだから」

「でもこれじゃあ振り出しだよ?

教会に隠れてるのと変わりない。」

町の塀の影は室内と変わらず意外にバレないという事を知った。しかし当然安全とは言えず、定期的に隠れては彷徨う寄生体を仕留め進んでいる。


「結局あのクローン何のヒントもくれなかったわね。」

「神の加護で忙しいんだろ!

祈りを捧げる健気な人なんだ多分!」

「神の加護って..。

それいつまで言ってんのよ」

「なんか前より言葉強くなってない?

娘にちょっと似てるそういうトコ」

誰に似てるって?

ていうか覚えてるじゃん私の事、なんで心配しないのさ。お久、狂言回しカエデです。今まで誰がやってたの?


『ガブガブ..』

「話してる場合じゃなさそうね、幾らでも溢れてくるわ」

「警察官たち...まだこんなに残ってたのか、前と形が少し変わってる。」

 ウジャウジャいるみたいだね外も、養分を蓄えたヒルが肥大化してる。お父さん大丈夫なのかな、肘に似たようなのいるけどずっと。


『zzz..。』「おかしい」

「どうしたの?」

「アイツがさっきからずっと眠ってる人を喰べ過ぎて満足したのかもね。」

「...いや、拒否反応よ。

意識か無意識かわからないけど、口にしたら影響をもたらす事を解ってる」

「お前も学習してるのか〜!」

「感心してる場合じゃないわよ、偶々上手く転んだだけ、見てよアレ。」

喰らい付き、貪るだけだったヒルの寄生体が人間の腕を使い腰の銃に手を掛け引き金を下ろす。


「銃を使う気か!?」

「..こんなにも頭が良くなるなんて、予想以上よ、ホントに。」

警察としての職務にシフトし、既存の戦闘力を引き出し敢えて牙をしまう。脳がある生き物の習性が知らぬ間に宿っている。

「どうすんの?」「..決まってる。」


「逃げんのよっ!」「やっぱり?」

乱発の弾から逃亡しつつ塀を見つけて身を潜める。結局は同じ応急処置、寧ろ危険に拍車がかかっている。

「これじゃ山下どころか自分の身も守れない、困り物よね」

「車でもあれば突っ切れるのか?

あ、でも原速守らないと止められる」

「そこはいいのよ..って言いたいけど何処まで学習してるのかしら?」

銃の撃ち方を知ってる程だ、厳罰の有無を熟知していても違和は無い。


「仕方ないわね..。」

懐のポケットから何かを取り出すのが見えた。確認せずとも、それが何かは直ぐに分かる。

「そんなもの投げたら町が吹っ飛ぶ!

今すぐしまいな、ダメだって!」

「違うわ、手榴弾じゃないわよ。

..それに町が吹っ飛ぶって、そんな大袈裟な事はないわ」

「じゃあソレ何!?」「閃光弾よ!」

球状の先端に付いたピンを外し集団へ投げ込むと、鋭い光が放たれる。


「今の内、突っ切るわよ。」

「くっ..」「何くらってんのよ!?」

若干一名の犠牲者を被りながら目を眩ませた警官の間をすり抜ける。

「ていうかどうやって来たの?

教会とは真逆の方向に並んでる。町を一周して列を整えたっていうんじゃないでしょうね。」


「はっ!」「目治った?」

「警官は?」「もう抜けたわよ。」

念の為改めて距離を取るように走り即席の安全をつくる。

「さてここからまた振り出しね、手掛かり無しでどうやって進むか。」

「...何か向かってくるよ」「え?」

前方から小さな影が走り寄ってくる。

息を切らした獣のような出で立ち。


『ガブガブ..ハッ、ハッ!』

「なにあれ、また敵?」

「いや、あれってもしかして..」

『ウー...ワンッ!』「フカミドリか!」

カブの愛犬フカミドリが、変わり果てた顎を揺らして駆け寄ってくる。

「フカミドリ!」「ワン!」

「先輩の友達ってあんなのばかりね」

フカミドリはユースケの目の前で止まると来た道の方向に首で合図する。


「ついてこいって?

なにかあるみたいだ、行ってみよう」

「信じていいの?

犬よ、野性の本能って信じられる?」

「大丈夫、飼い犬だ!」

「...なら安心ね、行きましょう。」

躾けられた犬なら信頼がある、当然だ何故なら飼われているのだから。

...ってそんな事ある?

➖➖➖➖


 「うあぁぁぁっ‼︎」『ガブ..。』

 次々と箱庭の餌を喰らう巨躯の生命体は食料を糧として更に肥大していく


「見ろ、美しい。

新たな種が古い生命を根絶していく、私達は今、更新される歴史の進歩を垣間見ているのだ。」

「狂ってる..人を餌にヒルを育てるなんて、あんたどうかしてるっ!!」

「...理解できなくば仕方ない。

未来に淘汰され慎ましく生きろ」

科学者は自我が強い。慎ましいという感覚を知らないから、そもそも控えめな人間の生き方を知らない。


「あなたも餌の一つだ、逃げても無駄だぞ。直ぐに摂って喰われるのだ。」

『ガブ..ガブ...』

「嫌だ、喰べられたくない..嫌だ!」

「喋る食糧とは興味深い!

これは新たな成長が望めそうだ。」

 マンネリを迎えた生命体は食事にも工夫を加える。今回は拳を一振りミンチがお好みのようだ。


『ガブガブ!』「ひぃっ!」

大きな丸い影は担任教師の身体を覆ったが潰しはしなかった。拳が落ちる前に、旋律が鼓膜を揺さぶったからだ。


「..パッヘルベルのカノン?」

ピアノの音色が体育館中に響き渡る。

「一体誰が..。」

ステージ上の鍵盤が指で弾かれ、音符が弾ける度寄生体は苦しみを上げる。


「..モモ?」「カナデもいるよ!」

「あの娘達か...余計な事を。」

「待て!」

 左文字剛造は脚にしがみつく、生徒の元へ行かせまいと。己の保身の為でもあるが確実に彼は今、教え子を護っている。


「..何のつもりだ?」

「ひっ..! み、みんなぁ!

こ、こいつが元凶だ。このバケモンを生み出したのはこの男だぁっ!!」

「何、科学の山下が?」

「先生が脚を押さえてる、なんで⁉︎」

「山下が演奏を止めようとしたんだ。

みんな、先生に続け!」

残る生徒が一斉に山下に迫る。全身を押さえられ身動きの取れない山下。


「やめろガキ共!

私に触るな無能の家畜が!」

自信過剰な科学者ってああいう言い回しよくするよねー、イメージだけど。


「って別にもう狂言回ししなくていいのか、直接いるもんね。」

「何の話?」「別に、気にしないで」

一歩遅れれば世界は大きく崩壊する。

寄生体の身体は次々と炸裂し壊れて欠陥していく。


「脆いな..こんなにも簡単に倒れるなんて、弱点は音楽だったのか。」

「...あのヒルは地中を掘って移動する決まった流動的な動きを好む為に地殻変動の振動を嫌う。継続した音を聞く耐性が体質的に無いようだ。」

「なんだよ、丁寧に教えてくれるのか

自分の状況わかってないだろ?」


「物の原理を知りたいというものに区別は無い。皆平等の感覚だ。」

「...親切だな、お前。」

 時に気まぐれに情けを掛ける。研究者は自分だが、物事の発信は第三者から行われる事が多い、それを理解しているのだろう。夜通し書いた論文は人の目を介し結果を伝える紙切れであり情報を拡散するツールにはなり切れない。皮肉にもその為に口がある。


「モモ、そのまま弾いてて

私はやる事が一つあるからさ。」

ステージから降り、ひしめく人を掻き分け山下の胸ぐらを掴む。

「ねぇ、他の化け物はどうやったら静かになるの?」


「……」

「今更知らないとか無いよね?」

「..同じだ、連続した音を聴かせれば自然と動きを止めるだろう。」

「...嘘付いてるよね?」「まさか。」

「止め方は多分合ってる。

けどそこが終焉じゃない、違う?」

「……あの女に似たな娘。

嫌なところを受け継ぎおって」

「あの女って誰よ。

まぁいいや取り敢えずリッチー、町内放送で何でもいいから音楽を掛けて」

「なんで俺が..まぁいい、やるよ。

カブ、ついてきてくれ。」

「僕も?」「そうだ、お前もだよ。」

 リッチーの父親はまぁまぁ町に顔が聞く男、音楽を掛けるなんて造作も無い事だと思う、だから後はこっち。


「で、どうしたら止まる?

町じゃない、学校でもない。」

「本当にわからないか?」

「わからんよ、だから聞いてるの。音楽室でもなさそうだったし」

「……。」「聞いてる?」

男は話を無視して勝手に口を開く。


「気付かないのか、いる筈だ。

外部の影響を一切受けない寄生体が」

「え、それって何の..」

答えは直ぐにこちらへ向かってきた。


「おーいカナデ、元気かー?」

「散らかってるわね。..事後かしら」

「お父さん⁉︎

...ヤバイ、ユキノさん離れて!」

「え?

ていうかスゴイ、直ぐ私だってわかった。やっぱ女の子にはバレるかな。」

突如入って来た実の父親は答えを示すように、山下の思惑通り、無防備な脅威として姿を現した。


「教会のクローンには会ったな?」

「ああ、会ったよ。」

「お前の肘の寄生体が教会員入り口で喰ったのはハイブリッドヒル、強制的に細胞を増強させ、成長させる!」

「..良いご飯をくれたのか!?」

「バカか、ハメられたんだよ。」

なる程そういう事ね、眠っていたのは増強による副作用。力を蓄えていたって事ね。


『ガブガブ...カバァァッ!』「ちょ」

 これでもかと肘が裂け口を露わとしていく。肥大した身体がユースケを包み込み、アクセサリーのように胸の一部に組み込んだ。

「足まで生えてる、さっきのより大きいよ。..ていうか父さん大丈夫?」


「ぐっ、ぬぬっ..。」

「一応は生きてる」「しぶと。」

自然育成の変異ヒルよ、流石にでかい

養分は先輩の脳じゃなく自分に流れる血液から摂取している。

「生徒たち、逃げなさい!」

「モモ、演奏を!」「無駄だっ!」

長い間ユースケと意思疎通を図ったヒルは感覚的に振動への耐性が付いてしまっている。音楽を聴いても苦しみはまるでなく、寧ろ聴き慣れている。


「これがチートってやつね。

どうしろってのさ、こんなもの」

『ワンッ!』

「あれ、フカミドリ?

なんでこんなとこにいるのよ」

「私たちを案内してくれたのよ。

..そういえばこの子も影響余り受けてないわね。」

『ワンワンッ!』「え、なに⁉︎」

カナデの服の袖を引っ張り、訴える。

〝一緒に戦え〟という事らしい


『ワン!』「え、何コレ!?」

口をあんぐりと開け、胴体をカナデの腕に巻き付け大砲の様な形状になる。

『ワン!』「撃てって?」

「言葉がわかるのね。」

「頭に語りかけてくる、これが意思疎通なのかな。この犬前から変な体質だったんだよね、前に学校来た時なんて尻尾で空飛んでたし。」

「なる程!

器物変異型ね、珍しい。」「何ソレ」

 稀に地中の鉱物や金属を巻き込んで順応し学習する寄生体がいる。フカミドリはソレをちょっかいを出してしまっていたようだ。


「ならいけるかも!」「マジで?」

「器物変異型は不純物を取り込んでるから他の成分を受け取りにくい、寧ろそれを吸い出して吐き出す事が出来る先輩を救える力があるかもね。」

『ワンワン。』

「なんかエネルギー的なモノを溜めてるんだけど、すっごい怖いねコレ。」

 口に溜めたエネルギー。仮にフカミドリ砲と呼ぶが、大きく拡がる身体に纏わり付き、粘液のように付着し表面から毒素を吸い出す。


「なんかブッ放すんじゃないの!?

めちゃめちゃキモいんですけど!」

「納豆みたいね、エネルギーを伸ばしてハイブリッドを吸い出してる。押すより引く光線みたい」

網の要領で引っ張り上げ、こびり付いた不純物を剥がしている。負担は全てカナデに帰属し依代となっているユースケは最早されるがままだ。


「もう..無理...。」

「耐えろヘラヘラ親父!

..って言ったけど私も限界...。」

運動嫌い、部活も希望書に名前だけ書いて強制参加を誤魔化しているカナデにとって衝撃を一人で受け持つというのは修羅の如き苦痛であった。


『ワン!』

「もうちょっと?

マジかよ、本当に言ってるのソレ!」

ベリベリと表面を剥がし思い切り引っ張る。突っ張って中心に縛られたユースケの身体は徐々に緩み、自由を取り戻していく。

「うらあぁぁ..!」

「先輩が落ちるわ!」「痛てっ..!」

解放されたユースケが床に音を立てて落ち、何故だか泣いている。


「先輩!」

「うう..母さん、今夜はカレーがいいよ、カツとルーは別で...。」

「面倒な注文してるんじゃない..!

助かったんですよ、痛いと思うけど」

「ううぅ...はぁっ!」

バイオレットの因子はエネルギーと共にフカミドリの口に吸い込まれ、分離したヒルは再び肘に還っていく。

『ガブガブ』「おかえり。」


『ワン!』「ワンじゃないよ..。」

「タフね、そのワンちゃん」

「参るよホント、腕いったぁ..。」

「フカミドリちゃん!」「ワン!」

「この子に優しいのあなただけだよモモ、ていうかピアノ弾きすぎ。」

ゲテモノ好きだが律儀に事を終えるまで演奏し続けている所を見ると実は凄く性格がいいのかもしれない。


「貴様ァ犬公っ!

何て事をしてくれた..貴重なサンプルを、新しい生命の進歩を...!」

「..ただ見てたじゃん。

すごい痛かったんだから腕とか」

「不満みたいよワンちゃん。

かわいそうだから返してあげれば?」

『ワン!』

不純物を吸い出して溜め込むという事は、いつか捨てるという事。いつか捨てるという事は、何処か誰かに渡すという事。


「..待て、くるな。離れろぉっ!」

『ワン..ガブ!』「あっ...。」

口に溜め込んだハイブリッド物質を牙を通して山下の体内へ流し込む。

「あ..がっ...!

私を、実験台にするというのか...!」

寄生体から寄生体へなら循環は可能だが、一人間の細胞がそれを制御できる筈も無い。自我は完全に失われる。


「するかバカ!」「あっ...」

ただし〝生きていれば〟の話だ。

「思いっきりデコに穴開いてるけど」

「その為にずっと持ってたからね、またく便利よ拳銃は。」

『ワン!』

「..あれ、口元に戻ってる」

「少しあげすぎたみたいね。」

ハイブリッド因子と一緒に、寄生体まで捧げてしまったようだ。何故だかモモは罰の悪そうな顔をしている。


「イタタ..」「大丈夫、お父さん?」

「痛いわよね、あそこから落ちれば」

『ガブガブ』

「お前は生きてるんだ。」

「完全に居座っちゃってるわね。ま、害が無ければいいんじゃない?」

「お前、大丈夫か!?

怪我とかないか、良かった〜!」

「..心配してるし。」「仲良さそ。」


思ってたより呆気なく終わった。

結局何がしたかったのかな、コイツ?

音楽は暫く町中に流され続けて、不思議だけど寄生されてた人間は元に戻っていった。ユキノさんに聞いたら口元よヒルの部分が死んだかららしい。

すっごい都合良くない?

➖➖➖➖


「行ってきます。」「気を付けてね」

私は普通に学校に通ってる。びっくりするくらいの日常で、前の事は無かったみたいに平和だよ。

「いってらっしゃい、カナデ!」

父さんもいつもの調子。

『ガブガブ』こいつも、いつもの調子


「お前まだ喰べるのか?」『ガブ。』

最近は、少し可愛く見えてきた

ユキノさんは今も変わらず社員のフリをして不動産屋に勤務してる。まだ残党がいるかもしれないとかで密かにヒルや山下のクローンを追ってるらしい

母さんも偶に怪しい電話をしてるけど見て見ぬフリしてる、面倒だし。


「おはようカナデちゃん!」

「おはよー。」

「今日も元気ないなカナデ!」

「カブは声デカすぎるんだよ..。」

「もう慣れたけどな。」

今日も私はのほほんと凡庸性の高い連中と一緒にいるよ。


「今日はいい天気だな!

母さん、仕事に行ってくるよ!」

「お気を付けて。」「おお!」

肘がイカれた父親持った事ある?

まぁまぁ変わらず普通の親だと思うよ

「少し賑やかでうるさいけどね。」


「行ってきます!」

『ガブガブ。』

             

                完

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モンスターに寄生されたお父さんの笑顔は変わりません。 アリエッティ @56513

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