せっかくエロゲな世界観なのに頭脳戦が多すぎて萎えるんですけど!?

家葉 テイク

第1話

 エロゲっぽい世界に転生したらしい。



 いや、ぶっちゃけ自覚はなかったんだ。それらしいタイトルの心当たりもない。

 おれは一五歳まで平凡な不愛想女として生きてきたし、特にそれっぽいイベントにもぶつからなかった。

 ……のだが。


 一五歳になってから、その平凡な日常は激変した。



 なんか想獣とかいう現代兵器が効かない淫獣が夜な夜な女性を強姦してるとか。


 そんな想獣から人類を守るために『想起使い』という女性だけの異能者がいるとか。


 そして想起使いをまとめる『ADM』という組織があるとか。


 想獣に襲われ、それをなんとかして撃退したおれは、一夜にしてそんな激動の事実を知ったのだった。


 突如現れた淫獣と、戦う女性たちの組織。

 そんなもん、エロゲだろう。どっかしらのレーベルから腐るほど出ているくらい、あからさまにエロゲな世界観だろう。

 あの瞬間、おれは己がエロゲの世界に転生したことを悟ったものだ。



 その日から一年。

 おれはいつしか『最強の想起使い』と呼ばれ、そして──



「ハッ……! ハッ……!」


『ドウシタ モウ オシマイカ?』



 ──そして今、新手の想獣に追い詰められていた。



 想起使いとして目覚めたおれは、異能の力を発動すると装束を含めた全身が変質し、想獣と同じ幻想存在へと置換される。

 幻想存在っていうのは要するに、『通常の物理法則が通用しない存在』だ。トラックに轢かれようとガソリンぶっかけられて火達磨になろうと、傷一つつかない。

 唯一正常に働くのは重力や慣性くらいだ。何故重力や慣性が効くのかについては、おそらく調べればノーベル賞ものの原理があるんだろうがおれは興味がないのでスルーしている。


 閑話休題。


 そんな今のおれは、普段の学生服ではなく、白を基調としたレオタードのような衣装だ。首元にはセーラー服のような襟があり、横腰には申し訳程度のスカートのようなモチーフが残っている。下腹部にはクリスタルのような宝石の装飾があり、今も緑色に輝いていた。

 真っ白いサイハイソックスに二の腕までを覆うドレスグローブと合わせて──本当に、どこぞのエロゲに登場しそうな『変身ヒロイン』そのものだった。


 目の前に立つのは豚頭の醜い怪人オーク

 しかしその緑がかった異形の肉体は分厚い脂肪に覆われながらも尚見え隠れするほど筋骨隆々だ。体躯は実に三メートルにも及び、狭い路地裏をたった一体で埋め尽くすような威容を誇っている。



 おれは、手で握る二メートルもの長さの三又槍トライデントを強く意識する。

 衣装と同様異能の力によって作られているこの武装は、下手な金属よりもはるかに頑丈だが……効果は薄い。

 会敵してから一分。かれこれ十数発は目や喉などの急所に攻撃しているものの、オークは少しも傷ついた様子を見せていなかった。


 敵は傷つかず、人間のおれは少しずつ疲弊してきている。二メートルもの三又槍は狭い路地裏では取り回しづらく、無尽蔵の体力を持つオークにおれは少しずつ手詰まりになってきていた。

 今はまだおれの能力のお陰で何とかなっているが、これだっていつまで続く均衡か分かったものじゃない。もう三〇分もしたら、ヤツの動きは少しずつおれを捉えてくるだろう。

 一切の攻撃が、全く通用しない想獣。…………ひょっとしたらついに、おれが手も足も出ない、そんな強大な想獣が誕生したのかも。


 最強の想起使いなんて呼ばれて、機関のみんなから尊敬の眼差しで見られているのに、こんな路地裏で……得体のしれないオークに負けて、犯されるのだろうか?

 そして、おれは…………。



 …………っ。



『ドウシタ、動キガ ニブッテイルゾッ!!』


「しまっ!?」



 やばっ!? おれとしたことが──考え事に気を取られていて、回避が甘い!?

 おれは咄嗟に踏み込んで、オークの頭上を飛び越えるように攻撃を回避するが……やはり距離が近い! この距離だと、オークが裏拳でも叩き込めば、腹にクリーンヒットする挙動だ。

 防御は……間に合わない! 備えろ! 腹にデカイのが来るぞ! 意識を保て……気を失えばそこで終わりだ!!



 …………。



 そうして、オークの一撃に身構えていたおれは、そのまま無傷で着地し、そのまま跳躍してオークから距離をとることができていた。

 一拍遅れて、振り返ったオークが大振りな一撃で攻めてくるが……当然、その動きは周回遅れだ。剛腕が通過した時、そこにおれはいなかった。



「…………………………あー」



 そこでおれは、気付いてしまった。



 想起使いもそうだが──想獣というのは、一人につき一つの能力を持つ。

 殴ったものを燃やすとか、空中に足場を作り出すとか、そういうものだ。中には初見殺しの能力もあるため、多くの想起使いがそうした想獣の餌食になっていると聞く。

 おそらく──というか十中八九、コイツもその類だ。



「『』か」



 溜息のように、おれは呻いた。


 コイツの目や喉に攻撃を繰り出しても全く効いていなかったのは、コイツとおれの間に圧倒的な力量差があったわけではない。

 単純に、おれの攻撃が奴の無効化条件に合致していただけだ。

 何よりそう考えれば、絶好のチャンスに追撃を仕掛けず、わざわざ向き直ってから攻撃を仕掛けてきたのも納得がいく。



反想起リスクは、『真正面以外からの「攻撃」の脆弱化』か? いや、わざわざ振り返ってから追撃したところをみると、反動も含めたあらゆるダメージの倍加ってところだな。そこまでの反想起リスクを設定してるってことは、熱エネルギーや電気エネルギーをはじめとした運動エネルギー以外のダメージも無効化できるわけだ」


『ナ……ナニヲ…………』



 加えて、カマかけてみたらこの反応。腹芸もできない、と。猪突猛進とはよくいったもんだな。

 大体──こんな感じか。




想起名:猪突猛進ヴァラーハ(仮称)


能力:

正面から受けたダメージを無効化する能力。

他者からの攻撃はもちろん、自身の攻撃の反作用すら無効化する。


反想起:

正面から以外のダメージは倍加する。

攻撃の反作用も同様であり、正対した対象を起点とするダメージはたとえ自身の攻撃の反動であっても全て倍加する。

(例:正面から銃撃されても毛ほども傷がつかないが、裏拳で豆腐を殴った場合は拳が砕ける)


Attack:5   Defence:2 Speed:‐

Technique:1 Stamina:3 Possibility:3




 後ろに回ったおれへわざわざ向き直って攻撃をしたのは、『正面化』しないと反想起リスクに該当してダメージが倍加してしまうから。

 そして振り向いた後の動きも若干鈍いのが気になっていたが……おそらく、攻撃が大振りになって壁にぶつかるのを警戒していたんじゃないだろうか。もしも壁に拳がぶつかれば、それはそれで反想起リスクに該当する。だから慎重になるあまり、攻撃が若干鈍っていたんだ。

 この狭い路地裏という環境──相手に機動力がなければ一方的に相手を『正面化』して封殺できたようだが、跳躍で回避が可能な想起使いでは、オークもまたじり貧だったというわけだな。



 …………はぁ。



「萎えたわ」


『ハ?』


「萎えたって言ってんだよ。お前……」



 種が割れてしまえば、なんてことはない。

 おれは思いきり跳躍し、三又槍トライデントを振り下ろす。これは上からの攻撃──だが、敵もそれが分からないほど馬鹿ではない。

 屈み、そして上に構えることで、おれの上段からの攻撃を『正面化』する。


 ……まぁ、それって先のない悪手なんだけどな。


 根本的に、この三又槍トライデントおれが作り出した幻想武装だ。

 つまり、消したり出したりはおれの自由。


 相手が三又槍トライデントを受け止めた瞬間に、おれは武装を解除し、



『ナッ 消エ──』


「消すのはおれの自由。そして



 そしてまた三又槍トライデントを発現し、そのまま腹に突き刺し、思いきり振り回した。

 オークは、上段からのおれの攻撃を『正面化』した。つまり、ヤツの目の前に立っているおれは、ヤツからしたら『下』にいるということになる。それによって発生するのは──

 ダメージの倍加。

 それを体内で爆裂させられたオークの末路は、あまりにも分かりやすい。



 ゾザンッッッ!!!!



 と。

 三メートル以上の巨体は、振り回された三又槍の暴風に巻き込まれて散り散りになり、『異次元』へと還っていった。



 後に残ったのは、路地裏の奥に突き立った三又槍トライデントと、一人の少女だけ。

 一人残されたおれは、三又槍トライデントを消して一人ごちた。



「…………竿




   * * *




 ──めっちゃ気持ちいいことしたい!!!!



 この世界がエロゲっぽく、その被害を最も受けやすいポジションにいると気付いた瞬間、おれの脳裏を電流が走った。

 だって想獣被害って、別に死ぬわけでも後遺症が残るわけでもないのである。

 想獣に強姦された女性は胎に想獣の仔を孕むのだが、連中は幻想存在なのでお腹が破裂することはないし、出産時もスッと身体から抜けるように出て行ってくれる。

 強姦時と出産時に女性の持つ特有のエネルギーは奪われるらしいのだが、それも数日安静にしてれば元通りに戻るらしいし。


 問題といえば、想獣によるエネルギーの強奪にはめちゃくちゃな性的快楽がともない、耐性のない女性はそれですっかり快楽中毒にされてしまうのだとか。

 耐性のある人──想起使いは大分マシらしいけどね。


 そりゃあ…………憧れるだろ。



 ぶっちゃけ、持て余してるのだ。一七〇センチという女にしては高い身長と、それに見合うかのようなモデル顔負けのプロポーションと美貌。

 長い黒髪は手入れを欠かしていないし、きっと街で男とすれ違えば一〇人中一一人が二度見するはずだ。余分な一人は鏡に映った姿を二度見したおれ


 自慢じゃないが前世では非モテ童貞オタクだったおれは、今世で美形の両親の娘に生まれてからというもの、自分磨きを怠らなかった。

 結果は伴ったから、それが嬉しくてどんどん自分を高めた。だが……高めれば高めるほどに、『それを崩したい』という欲求も膨らんでいった。

 これまでおれが人生の全てを懸けて積み重ねていったものが無惨に崩れたら。そんなの……無茶苦茶興奮するだろ!!

 でもここまで頑張って来たんだ。崩すんなら相応の舞台が欲しい。そう思っているうちにどんどんタイミングを逃し……そして、想獣の存在ときた。


 おれは確信した。これこそ運命なのだと。



 だから、相応の想起を設定した。




想起名:宿る花嫁ニンフ


能力:

破壊を伴う干渉を快楽に変換する能力。

痛感が発生する程度の内出血を伴う干渉を検知した場合、これを無効化し、代わりに同等の性的快感を発生させる。

発生する快感の指標は、竹刀の全力殴打が性感帯への愛撫と同程度。

毒や熱等も、細胞レベルの破壊を伴う干渉と見做し、干渉を無効化した上で快楽に変換するものとする。

能力によって変換した快楽が能力者の限界を超えた場合、発狂や心神喪失を防ぐ為に自動的に失神する。


反想起リスク

この能力による快楽で失神した場合、能力者は快楽を与えた者に対し、対象が絶命するまで絶対服従を誓うものとする。

一度絶対服従状態となった場合、失神は発生するものの、対象以外の者に対して絶対服従状態とはならない。

能力者の快楽度合いは、下腹部の宝石の色合いによって第三者が容易に判断できるものとする。

(平常時は緑。限界に近づくにつれて桃色となる)


Attack:0   Defence:5 Speed:‐

Technique:5 Stamina:3 Possibility:5




 ──見れば分かる通り、完全無欠にエロ目的のビルドである。

 言い忘れていたが、想起というものは自分である程度設定することができ、想獣を倒しエネルギーを奪うたびに能力を拡張させたり変更したりすることができるのだ。


 ぶっちゃけ快楽変換の能力は後付けだ。

 おれがやりたかったのは、負けたら負けた相手に絶対服従の性奴隷になるやつ。それとカラータイマー的なやつであとどれくらいで負けるかすぐ分かるやつ。

 どうもこれらは全部反想起リスクにカウントされるらしく、しかも相当重いと判断されたので、じゃあせっかくだしエロ展開をブーストするやつにするか……ということで、ダメージを快楽に変換する能力にした。


 これにより、おれは間違いなく最強のエロエロライフを送れるはずだったのだ。


 いかに破壊無効とはいえ、快楽は蓄積する。戦いが続けば続くほど疲労でおれのコンディションは鈍り、快楽によって動くこともままならなくなる。

 一度でも膂力に勝る相手に捕まれれば、『握られた痛み』は持続的に快楽へと変換され、抜け出せなくなったおれはあっさりと快楽の限界値を超えて失神する。

 必死に足掻いて足掻いて足掻きぬいても、力及ばず敗北し、そしてめちゃくちゃに犯されて完全服従する……めちゃくちゃ興奮するシチュが、到来すると思っていた。

 ドロドロでねちょねちょでアヘアヘな未来が待っていると思っていた。……のに。



 いざ蓋を開けてみたら…………萎えた。



 というのも、この世界はなんというか……理詰めなのだ。


 さっきのオークもそうだが、想獣には、基本的に『理由のない頑丈さや強靭さ』は存在しない。

 幻想存在ゆえに現代兵器が通用しないことを除けば、耐久力は最大でも熊程度なのだ。もし仮にダメージがなかったとしたら、それは何らかの想起でそう見せかけているだけである。

 そしておれは他人よりちょっとだけ観察眼が優れているらしく、敵を支える想起の弱点が、何となく分かる。さっきみたいに一分も戦えば大体察せられるし、五分も戦えばまず確信できる。


 そうなると……萎えるのだ。


 想像してみてほしい。ちょっと観察しただけで能力の穴が分かっちゃうような敵に手を抜いて倒されて、それで『一生懸命頑張ったけど無惨にも敗北してしまいました』と……心からそう思えるだろうか?

 心の底から敗北の惨めさを噛み締めて、でもどこかで自分の敗北に納得した気持ちを抱えながら快楽に堕ちることができるだろうか?



 答えは否。そんなことは不可能だ。



 おれは、納得のいく敗北がしたいのだ!

 頑張って知恵を働かせてもなおそのちっぽけな策略を踏み倒して力でねじ伏せられたいのだ! そういうシチュエーションがめっちゃ興奮するのだ!!

 だというのにどいつもこいつも初見殺しだのハメ技だの、暴力のぼの字も感じられねえ頭脳戦ばっかりしやがって、圧倒的暴力による脳死戦法でおれを屈服させろ! 頭を使うと、なんかそういう気分が萎えるんだよ!!!!



 はー…………はー…………。


 ……少し取り乱した。

 ともかく、そうやって萎えては弱点の割れた敵をボコボコにして一年あまり、気付けばおれは、『最強の想起使い』なんて呼ばれるようになってしまっていたのだった。


 まぁ、それはそれで『最強の想起使いが雑魚想獣に負けるなんて……』みたいなシチュがとても捗るのでいいのだが、最近はおれに憧れてADMに加入する子とかも増えてきて……。中には崇拝してるっぽい子とかもいて……。

 …………どうしてこうなった。


 おれはただ、最高に気持ちのいい凌辱体験がしたいだけだったのに……。




   * * *




 と、いうわけで。


 一仕事終えたおれは、そのまま電車に乗ってI県にある本部まで移動していた。

 移動費はもちろんおれの属する北関東支部持ちだ。一応これでも国の機関なので、こういう資金についてはかなり潤沢である。まぁ、ちゃんとやらないとお国の未来に関わるからな、想獣被害。


 お昼なので電車の中はかなり空いている──というかほぼ無人であり、おれはのんびりと休憩することができていた。

 ……おかしいよなあ。普通、おれほどの実力者が電車に乗るようなシチュエーションなら、まず間違いなく満員電車の中で痴漢されてガクンビクンするもんじゃないのか? というかそもそも、痴漢の囮捜査みたいな案件が全く来ない。

 ……なんでだ! 最強の想起使いだというのに、何故想獣による痴漢事件の囮調査をやらないのだ!! というか想獣さんサイドもなんで通勤中のオッサンに擬態して満員電車で痴漢をはたらかねえんだ。凌辱生命体としての自覚が足りてねえんじゃねえのか?



「…………動くなよ」



 そう呟いて、おれは窓の外を眺めていた視線を、そのまま車両前方の連結部へと向ける。

 そこには、一人の少女がいた。


 俯きがちな女は、ある種異様な格好をしている。

 西部劇の保安官と開花したつる植物を合わせたような意匠の格好は、どう考えても一般人の姿ではない。あんなものはコスプレイベントのレイヤーさんか、そうでなければ──臨戦態勢の想起使いくらいしかしない恰好だ。



「そういえば、最近想起使いが失踪したって話を聞いたことがあったが……」



 想起使いは想獣に負けると、ヤツらの棲む次元の狭間に引きずり込まれ、そこで凌辱の限りを尽くされる。向こうとこっちでは時の流れが違うが、大体引きずり込まれた被害者の体感で一週間ほど監禁され──そしてこちら側では、一か月から半年くらいしてから、解放される。

 そして、そうした想起使いはほぼ間違いなく想獣の仔を孕んでいるわけだ。


 珍しい話だが、ないわけじゃない。

 おれが想起使いになる前は年間で一〇件、おれが想起使いになってからも一~二件は発生している。


 そして最近、ある想起使いが連絡を絶っていると聞いて、その行方を探っていたのだが。



「情報と見た目……一致するな。やれやれ……」


「フ フ」



 この殺気。

 ……どうやら今回に限っては、想獣に誘拐されたわけではなさそうだった。



 いるとは思ってたんだけどな? ADMの裏切者。

 だってこんな世界だ。身内の裏切者に騙されて最強の能力者が本領を発揮できず凌辱される。一年に三回はないと、世界の怠慢を疑うレベルだろう。ただなあ……、



「襲い方が雑なんだよ!!!!」



 言いながら、瞬時に『変身』したおれ三又槍トライデントを振るう。直後、ガキン!! と音を立てて、三又槍トライデントが何かを弾いた。……まぁ、銃弾だろうな。


 想起ってのは、別に自由自在に設定できる便利な異能ってわけじゃない。

 いやまぁ、ある程度自由に設定できはするんだが、それでも傾向というのがあってな。要するに『自分がノリノリで使える能力』じゃないと、大した効果は発揮できない。

 変身後の恰好も同様で、そういう事情から衣装と能力はある程度関係しやすい。

 そして保安官みたいな恰好してるヤツがどんな想起を設定しているかと考えれば……まず間違いなく、銃撃系の能力だろ。

 加えて、この距離でこっちが警戒態勢をとっている状態で、殺気駄々洩れの状態で笑う余裕。その状態からすぐにこっちのタマをとれる能力がなければできる芸当じゃない。何せおれは、全国の想起使いがその存在を知る『最強の想起使い』なんだからな。


 そこから考えれば────相手の能力が『遠隔地から銃撃を行う』ことであると予測するのは、そこまで難しいことじゃない。



「屋内……能力によっちゃあ厄介かもな」



 三又槍トライデントを一旦解除しつつ、おれは敵のウェスタンガールとの距離を詰める。

 武装の解除と発現には一瞬のラグがある為、オークみたいな鈍重な輩ならともかく対人戦で武装を解除するのはリスキーなのだが……能力も分からないうちに、相手の一撃を受け止めた得物をいつまでも手元に置くのも不用心だからな。


 想獣のものでも想起使いのものでも、想起には『一撃を入れないと発動できない』という反想起リスクが多い。

 反想起リスクとして手頃で、かつ戦闘では比較的満たしやすい条件だからだ。だがこれは逆説的に、『敵の一撃を受けたら何らかの追加攻撃が襲ってくる可能性が高い』ということにも繋がる。

 尤も、という可能性もあるので、そのへんの見極めは経験に頼るしかないのだが──



「……粉。ビンゴか」



 ──解除した三又槍トライデントがあった場所で何か光る粉が風に流されて散っているのを見る限り、おれの勘も捨てたものではないらしい。

 だが、妙だ。想起というのは一人一能力が原則。このままだと、『突然銃撃した能力』と『粉を起点とする何らかの能力』で二つの能力があることになる。何かカラクリがあるはずだが……、


 ……あるいは、だな。


 ふと思いついたおれは、大きく踏み込んで跳躍する。

 一瞬前までいた場所を銃撃が通過したのを音だけで確認しながら、おれは敵の側頭部に蹴りを叩きこんだ。防御の一つでもするかもと思っていたのだが、ウェスタンガールはモロに蹴りを受け止めてその場に転がるだけだった。

 変身状態じゃなければ頭蓋骨が粉砕して死亡しているところだ。おれだったらこめかみから脳を快楽が突き抜けて悶絶していたことだろう。


「……そして粉──いや花粉、か」



 回し蹴りを叩きこんだウェスタンガールの身体からは、やはり光る粉が散っていた。肉体が削れているわけではない。イマイチ見えづらいが、彼女の身体はどこも粉に塗れている。

 そしてそれで、おれは己の中で生まれた推論に確信を持つ。



「イイねえ」



 そもそも、ぶっちゃけ最初の時点で違和感はあったのだ。

 西部劇の保安官然とした少女の意匠に、つる植物? そりゃああまりにも取り合わせが悪すぎるだろ。これで武装が木組みの拳銃で、着弾したところから植物を生やす能力とかならまだ理解できたが……出てきたのは遠隔地から銃撃する能力とかいう植物が全く関係ない能力。

 そこに何らかの関係性を見出すよりは、もっと浪漫に溢れた解釈が一つある。


 つまり。



「倒した想起使いを操る悪堕ち想獣!! イイねえ! おれはそういうのを待ってたんだよ!!!!」



 欲を言えば操られている想起使いの意識があって快楽堕ちしててレズっぽいことを言いながらおれに迫ってくれていれば完璧だったが、ともあれポイントは十分高い。

 おれとしては同胞を殺すわけにはいかないので手加減せざるを得ないし、ここは電車内なので移動も難しい。いくら車内が無人とはいえ、駅に着いたらどうなるか分かったもんじゃないので焦りもあるしな。

 まるで、お前の本領など発揮させないぞと言わんばかりの搦め手。


 正直、いくらおれが戦い慣れしてるとはいえ戦いながら死角から銃撃されれば厳しい。

 その上敵の攻撃を受け止めても、敵に直接攻撃しても粉が発生する。おそらくこの花粉が想獣のモノで、これを一定以上浴びればつる植物が生えておれも敵の支配下になるだろうことを考えると──なかなかにピンチだ。

 何せ、敵の攻撃は。『宿る花嫁ニンフ』は破壊を伴う干渉しか無効化しない為、花粉が実は皮膚かぶれを起こすとかでない限りこちらに無効化の手立てはないのだ。


 ここが屋内でなければ、もう少し戦いやすかったのだが……とはいえ逃げるという選択肢はない。もしここでおれが負けて想獣の操り人形になるとしても、『最強の想起使い』に──いや、『おれ』という存在の輝かしき人生に敗走は許されないのだ。



「ご め……なさ」



 その瞬間。

 ウェスタンガールの口から、何事かの言葉が漏れた。



「………………あ?」



 思わず、おれの口から美少女らしからぬ声が漏れた。

 目の前のウェスタンガールは……少女は、さらに続けて、まるで搾りかすのような声を出す。



「から、だ……うご、けな…… ……ごめ …… ころ し ……て」



 想獣に身体を縛られた彼女の、命を振り絞った言葉だっただろう。

 憎き想獣に敗北し、辱められ、そして矜持の為に引導を渡すことを依頼する。なんと気高い少女だろう。こういう末路を迎えたいと、おれは常々思う。そして、こんなことを言いながら無様に快楽に屈したい。


 ほんと、こういうのでいいんだよ。変な弱点とか、ピーキーな無敵性とかじゃなくてさ。地道にこっちが本気を出せない状況を整えて、静かに詰みに持って行ってくれるだけでいいんだ。

 それだけでおれは気持ちよく敗北できるっていうのに。



「………………なんでおれ以外の子を巻き込みやがるかなあ」



 少女は、泣いていた。


 口で気高いことを言っておきながら、おれに引導を託しておきながら、それでもその瞳は死への恐怖で濡れ、言葉にならない感情はその目の端から溢れ出ていた。



おれだけを狙って、ただ純粋におれを詰ませるだけなら、当たり前の流れで負けてもいいかなって思えたのによお…………」



 手の中に、三又槍トライデントを呼び出す。


 ゆっくりとそれを肩にかけて、まるで粉塵のように舞う花粉を見回して、おれは呟いた。本当に本当に、残念な気持ちでいっぱいだ。お前となら上手くやれると、本気で思いかけていたのに。



 こんなもん見せられたら、意地でも負けるわけにはいかなくなっちまったじゃねえか。




「……………………




 直後。

 おれは二メートルある三又槍トライデントを振るい、電車の天井を突き破った。

 気流によって舞う花粉には目もくれず、電車の天井にどんどん『切れ目』を入れていく。相手も流石におれが何かしようとしているのは分かってるようで、足に銃弾を撃ち込んできたが──



「それがどうした」



 右の脹脛に直撃。破壊を伴う干渉が快楽に変わり、力が入らなくなるが……問題ない。まだ三又槍トライデントを振るうのに支障はない。



「お前のその能力。操作対象の想起まで自在に使えるとなると、随分な反想起リスクを課したことだろうな。それこそ、幻想存在であるお前らの大原則を覆すレベルで」



 全ての想起に反想起リスクはある。

 能力が強ければ強いほど、その反動も大きくなる。『粉をまぶすだけ』というアクションで、対象の肉体を制御するどころか、幻想の能力である想起すらも操ることができるという破格の能力。

 しかもおそらくはおれとコイツ、最低でも二人以上は同時に操作できるとなれば──その反想起リスクは、当然ながら計り知れなくなる。



「そういえばさっきから、お前の扱う『花粉』……?」



 想獣も変身した想起使いも、基本的に幻想存在であり、物理法則の埒外に在る。

 だがコイツの『花粉』は、さっきからその場で粉塵みたいに舞ったり、おれ三又槍トライデントの一撃によって発生した気流に乗ったりしている。一瞬のラグもなく、だ。


 



「それがお前の反想起リスクなんだろ。だからこそ、気流の影響を受けづらい車内を狙った。だが甘かったな」



 ミシミシ!! という音を立てて、おれの胸元あたりから『何か』が発芽する。

 どうやらもう支配が始まったらしい。戦い始めてから三分ってとこか。反想起リスクから考えれば妥当な早さだな。

 だがもう遅い。


 決着は、ついている。


 お前の敗因は、想起使いの攻撃力を見誤ったこと──


 お前は、もっと重要なものを見誤った。


 即ち──おれの性癖を!!



「良いか……おれはな、可哀相なのじゃ、興奮しねえんだよ!!!!」



 最後にそう言って、おれ三又槍トライデントを棒高跳びの棒のように扱って天井に思いきり蹴りを叩きこんだ。

 ガギギィ!! という金属音を立てて、半端に切れ込みを入れられた天井の一部がめくれ上がるように歪む。そして──



 ズッバチチィチッ!!!!



 と。

 歪んだ天井の一部が電線と接触し、車内に大量のスパークが飛び散った。




「さて、草畜生よ」



 火花は車内のシートへ飛び散り、そして空気中に舞っていた花粉たちを燃やす。当然、おれや少女の身体にまとわりついていたものも含めて、だ。

 そして幻想存在であるおれや少女に、その火は通用しない。



「焼き加減は何がお好みかな?」



 萌芽しかけていたつる植物は何も言わない。どうやら、ウェルダンがお好みのようだ。




   * * *




 当然、路線は停電し、電車は停止することとなった。


 まぁかなり問題行動だったわけだが……想起使いを操る想獣の存在と、被害者の奪還という手土産があったため、この件については不問ということになった。

 少女の方も無事に助けることができたし、よかったよかった。最後の最後で萎えたのがアレだったが、もまだ残ってることだし、いつかどこかでぶつかることだろう。


 ただ問題は……、



「あ、ありがとうございました!!」



 助けた女の子。

 全身に炎を纏わせたため、もう完璧に操られていた後遺症は残っていないのだが……あれほどこっぴどくやられたのだ。当然気落ちしているだろうし、もう現場復帰は無理だろうなーと思っていたところ……、



「それで、さっきもお願いしましたけど…………私に、修行をつけてください!!」



 これなのだった。


 いや君、あんだけ精神的に大ダメージを受けてたらもうリタイヤしとこうよ……。正直おれはもう君が前線に出るだけでヒヤヒヤするよ。トラウマとかないのかとか……。

 っていうか、師匠とかそういうのは柄じゃないんだよ。想起使い歴短いし。そもそも行動を共にすると巻き込まれの可能性が発生するから萎えやすくなるし……、


 …………待てよ?



 自分が凌辱されて操られても立ち直れるような強メンタルの持ち主だ。この子なら…………この子なら、おれの理解者になってくれるのでは?

 最強の想起使いの師匠が、ある日突然想獣に敗北し、無惨な姿になって帰ってくる……のを見届ける弟子を、やってくれる可能性があるのでは!?


 あんまり可哀相なことに他人を巻き込むのはちょっと嫌なので今までは避けていたシチュエーションにも、付き合ってもらえるのでは!?!?!?



 そうと決まれば善は急げだ……。

 すぐさまこの子を鍛え、最強の弟子にし! あわよくばおれの性癖に付き合ってもらう!!


 うおおお! なんか燃えてきた!!



 待ってろ、おれの素晴らしきエロゲライフ!!!!!!

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