第12話 吐いた紫煙は宙に漂う


近頃妙なチーマーが出没するようになったらしい。



そう上司が口にしたが、その顔色は大変曇りがちだ。

警察官亜歹あがつヨシタカとその後輩眞鍋まなべサユリは、先ほど上司から変死体についての件で、捜査を一時的に停止することを命じられた。

代わりに町を騒がす【 Kriegクリーク 】というチーマーを捕らえることを命じられた。


Kriegクリーク ―― 異国語で戦争を意味する単語であり、またチーマー共は自身をギャングとして町を荒らしているそうだ」


上司が言うにはクリークと対立するグループ【 Herzハーツ 】 ― こちらは異国語で心臓を意味する ― とよく争いを起こしている。


「どちらも能力者であり、クリークのリーダー深輪ふかわレイは体を鋼鉄のように変化させること、ハーツの総長志田しだマサキは体から炎を放出する。

このままでは町に被害が出るほか、人類に被害がでる」


上司も能力者に対して良い印象を持っていない。


亜歹あがつ君。すまないが町の巡回に向かってはくれないだろうか?眞鍋まなべ君も一緒だ」

「わかりました」

「せめて若い子には無理をしないでほしいが……生憎警察は人手が足りなくてね」


自分達の上司は部下想いで頼れる人だ。

だが日頃のストレスと膨大な仕事量のせいで彼の隈が薄くならないのが悲しい現実だ。彼曰く、巡回後はそのまま直帰してもいいらしい。

ヨシタカはサユリと共にある程度の準備を整えてから町へ出た。


「先輩」

「どうした」

「ここ最近嫌な事件ばかりですよね……正直怖いです」


謎の変死体にチーマーの抗争のせいで町の住民は不安で仕方ない。

そのためには警察が民間人を守ることが最善策だとヨシタカは考える。


「警察が怯えてどうする。胸を張って前を見ろ」


若干頼りなさそうな後輩だが、せめて胸を張って前を見てほしい。

さもなくばいつ、どこで能力者に襲われるか。

また、警察本部から都心までは専用の車を使う。大体30分もかからない程度で着くのだが、いかんせん交通量が多い。


(こうも多いと巡回が終わるかどうか)


夜の帰省ラッシュとあって人の波も凄い。他の町と比べ都心は人口密度が高い。

ひとまず車で巡回しつつ、怪しい者がいれば即対応することにしよう。


「今の所怪しそうな雰囲気はなさそうですね」


サユリが助手席から見渡し、特に何の変わりない風景に思わず口にした。

常にそうであってほしいものだが、能力者という存在がいる以上そうもいかない。


「ん?」


丁度信号に停まったときだ。

暗がりで見えにくいが向かいのビルの屋上に人影が見えた気がした。


「先輩?青信号ですよ」


サユリの声に思わず信号を見てそのまま車を進行させた。


(見間違いか?)

「もうすぐスクランブル交差点ですね」


あの忌まわしい都内能力者事件の現場だ。

すると、多くの車が信号で停車する中、思いもよらない出来事に遭遇した。


――ゴンッ


「!」

「きゃっ」


突然車の上で鈍い音がした。と、眼前には車伝いで何かが飛び移っている。


「あれは……!」


町の明かりに照らされたのは【 獣 】

全身毛で覆われた二足歩行の獣は、その巨体で信号待ちしていた車をなぎ倒しているではないか。


「先輩!」

「お前は本部に連絡しろ!」


つかさずヨシタカは車から出る。

暴れる獣に逃げ惑う住民のせいで上手く接近はできないが発砲は出来る。


「警察だ!」


振り向く獣は血まみれだ。獣はヨシタカを見るとニタリと嗤う。


「警察ごときに俺を止められるとでも思っているのか」

「所詮貴様は畜生だからな。警察だからって舐めんな」


暴れる能力者相手なら発砲の許可は下りている。

ヨシタカはホルスターから拳銃を取り出し獣相手に発砲する。


「ふん」


獣は自らの手で受け止める。何度も発砲するが獣は至って無傷だ。


「ッチ、本当に化け物だな」

「休む暇なんてねぇぞ」


獣が車を持ち上げそのまま投げつけてきた。咄嗟に避けるも派手な音と同時にまた車を投げられる。


「くそが!」


車を投げ終えた獣はある方向へ目を向ける。その先には本部に連絡を入れ終えたサユリの姿が。


「――逃げろ眞鍋まなべ!」


そう叫んだが遅かった。

獣はサユリに向けて破損した車の部品を投げつけた。怯える彼女の元へ走るが距離が遠い。


「まなべぇえぇえぇえ!」



――ドンッ




♂♀



見晴らしのきくビルの屋上から見える光景は相変わらず賑やかで煌びやかだ。

酔っ払いが千鳥足でふらつき、売上を欲しがる商売人の手招き、騒ぐ若者や通勤帰りの人の群れ。そんな当たり前の光景がどこか遠くに見えるのは気のせいだろうか。


途中、見下ろす道路に停車する警察の車。その運転席の男と目が合った気がした。

助手席には女を乗せている。おそらく見回りだろう。

紫煙を纏わせビルからビルへと場所を変える。すると何かの異臭に気づく。

その異臭の原因はスクランブル交差点のど真ん中で吼える獣。

獣は車を次々と投げ飛ばしては嗤う。


「――警察だ!」


警察と獣が対立する光景を目にしたとき、己は何をすればいい?

ただ茫然と事の成り行きを見たほうがいいのだろうか。吐いた紫煙は宙に漂い消える。

と、獣がある方角へ目を向ける。その先は己ではなく一つの車。


「逃げろ眞鍋まなべ!」


叫ぶ男の警官。その先には助手席に乗っていた女の警官だ。


「……」


気の迷いだったかもしれない。

きっと常人に当たれば大怪我どころではないだろうと、そう思ったに違いない。

でも、あの頃の光景とそっくりで。


――ダイト


あの声を、せめてもう一度。



♂♀



――ドンッ



投げられた部品はそのまま眞鍋まなべに当たるはずだった。

しかし、本来来るはずの衝撃が一向に来ないことに疑問を感じた。


「……え?」


眼前には大きな影。

傍らに落ちた部品はひしゃげている。


「オォオ――ンッ」


その影は夜の街で咆哮する。

四肢を地につけ吼えるその影はまさしく【 白狼 】

眞鍋まなべをその巨体で守るように背を向けて二足歩行の獣を睨んでいる。


「おお、かみ……」

眞鍋まなべ!」


駆け寄るヨシタカにサユリの意識は戻る。


「まさかこんな所で会うとはな」

「グルルッ」


獣は白狼に向けてそう言った。


(お互いを知っているのか……?)


だが白狼に至っては獣に対し敵意がある。


「今は分が悪いな……次こそ貴様を殺す」


獣は背を向けて物凄い脚力で空高く飛び立ってしまった。


「助けてくれたの?」


サユリの問いかけに白狼はすり寄ってくる。

よく見れば胴体に大きな痣が出来ている。


「お前、あの獣とはどういう……」


白狼はヨシタカの言葉を遮るように吼えた。

それは雄叫びであり、辺りを警戒するようにも思えた。


「あ、待って……!」


走り去る白狼。

残された二人はただ茫然と立ちつくすだけだった。


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