第3話

予備校に通うために大きめのキャンバスの入ったバッグを背負って、電車中から外を眺めていた。


電車に乗っている時間、退屈しないためにそうしている。


それは退屈しているという事の証拠として受け入れつつも、退屈な窓の外の流れる景色を眺めている。


そこにある男性が見えた。


というか目視ではなく頭の中にその人がいるという直感があり、目を配らせた。


そこらいた存在はこちらに気づき、近づいてきた。


一瞬で目の前に現れた。


「私が見えるのか」


声にならない声を感じて、そうだと答える。


恐怖はない。退屈しのぎの良い材料を得たのだ。


「なぜ飛んでいるの?」


「人は見たいものしか見ていない。だから私は外から誰にも見られる配慮を鑑みずに電車が流れる重力の働きが齎す時間の流れをただ眺めていた。」


答えにならない答えが返ってくる。


それは肉声ではなく直接その人の意図が伝わってくる様な感覚で話が進む。


私の声は肉声として車内にも響いている。


周りにも乗客はいるが、私の声は独り言の様に宙を舞うかの様に漂っているように捉われていただろう。


死者が生者に語りかけるのを無視する様に皆平然を保っている。


平気で質問を繰り返す。


「乗車券は持ってるの?無賃乗車じゃない」


まるで普通に人と会話する様にその存在へと語りかけ続ける。


「乗車券は必要ない。私は存在が確認されないため、乗車していることにならない」


吹き出して笑った。


「あなたバカね。」


ちっとも確かさのないその存在とのやりとりが電車内での時間を忘れされた。


またね、と言うと目的地の駅で降りて、その存在はもう感じなかった。


1日の終わりに彼がなぜ空を飛べるのに電車に寄り添って流れていたのかを考える。


なぜ乗車券を発行して乗らなかった彼が私のもとにきて一緒に乗ったのかなどと考えながら。ビールとタバコを流し込む。


「私も馬鹿ね」


疲れた身体を床につけ、睡眠導入剤を流し込んで眠りにつく。


明日もまたいるかな、なんて退屈な毎日の中で彼の存在が面白い小さな出来事として記憶に残った。


次第に意識が遠のき、眠った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る