えーマジ言語!? 言語が許されるのは80年前までだよねー!?

ちびまるフォイ

感情インフレ

「みんなおはよう。今日も頑張ってね」


寮の全員が元気に返事をする画像を表示した。


グランマは昔の人間なのでいまだに「言葉」を使っている。

私達はそんな古臭くまどろっこしい方法は使わない。

見てわかるように画像で意思を通じ合う。


「ナイン、今日も素敵な画像を作ったのね」


グランマが私の頭をなでてくれた。

私は喜んでいる画像を表示した。


グランマは身寄りのない私達を引き取っている。

私達は画像を売ることで恩返しをしている。


「最近の子はすごいのね。

 こんなに直接的な愛情表現を伝えるのね」


私は小首をかしげるような画像を送った。

この程度で直接的なのだろうか。


今じゃ普通に愛情表現のひとつとして

キスし合う画像を友達同士で贈り合うなんて当たり前。


「ナイン、それとね。みんなに伝えてほしいんだけど

 わたししばらく入院することになったの」


驚いて目が飛び出るような画像を出す。


「そんなに驚くことじゃないわ。

 でも大丈夫。元気に戻ってくるわ。

 それまでこの寮のことをよろしくね」


私は心配そうにする画像を出そうかとも思った。

けれどグランマを元気づけるために励ます画像を選んだ。


「それじゃ、行ってくるわね」


グランマは寮を離れて入院生活となった。


最初は1週間程度だという話だったのに、

グランマは連絡もないまま入院期間だけが長引いた。


「  」


寮生のひとり、セブンがおばあちゃんの画像と

ハテナのマークを出した。


私は首を横に振っている画像で答えた。


ファイブは点滴に繋がれている人の画像を出す。

ワンはお見舞いをする画像を出した。


私はお見舞いの画像を出した後で、

それに対して気を使って汗をかいている画像で答えた。


グランマに会いたいのはみんな同じ。

でもそれは私達がそうしたいだけであって、

グランマはきっと私達を最優先にしてしまう。


自分に何ができるのか。

そればかりを考えるようになった。


ある日、寮に画像使用による収入が入った。


ツーの顔は変わらないまま、

驚きのあまり空にぶっ飛ぶ画像を表示した。


私は何事かと伺う画像で答える。


ツーが見せた収入は信じられないほど低いものだった。

これでは寮での生活も危ぶまれる。


収入が激減した原因がわかったのは、

街へ買い出しに向かったナインが戻ってからだった。


ナインが訴えるには街で使用されている画像のほとんどが、

この寮で作ったものではないらしい。


調べてみると画像会話用のものには個人や企業が参加しはじめていた。


もともと、画像会話用の画像イメージは

グランマの言葉から導かれたものだった。


けれど、寮で作られた薄味の感情表現では物足りない人たちが

自分たちでよりインパクトがあり画像会話が華やぐものを求めた。


フォーは心配している画像を出した。


ワンはずーっと真横に続く矢印の画像とバツを出した。

たしかにこのままの現状維持はダメだと私も思う。


かといって、濃くて露骨な画像会話を作るにしても

もっと強めのを出されては同じ状況になるいたちごっこ。


グランマの入院費をまかなうには物足りない。


「  」


私はみんなに人間が分身している画像を描いた。

本体の操作により分身が泣いたり笑ったりしている画像。


寮のみんなは画像を見て瞬間的に理解した。

コミュニケーション用の分身ロボの制作がはじまった。



街ではもう寮で作られている画像が使われなくなった頃、

新しく作り上げた感情表現用の分身ロボが完成した。


手元の端末で操作すると、自分の代わりに感情表現してくれる。

その強度も調節できるので泣き崩れるところから泣いて涙が噴水になるまで可能。


これでもう「今の感情にあう画像を出す」という

時代遅れのコミュニケーションは過去になる。


このロボさえあればどんな微細な感情も代替して出してくれるし、

ボディランゲージも思いのまま。


画像会話で表現できなかった「動きによる伝達」も可能になった。


「  」


私たち寮生は大きく喜んでいる感情を演じさせた。

スリーは感動のあまりブリッジしながら階段を降りるような表現もしてみせる。

まさに喜びの最上位だろう。


私達寮生で作り上げたロボットは一気に広まった。


誰かの用意した画像会話用のプリセットではなく、

自分がしてみせたい表現を自由にできるのだから。



しばらくして寮に届いた収入届けは桁を数えたくなくなるほどの数字だった。


ロボに思い思いの喜びを演じさせる。

シックスはロボへ入院のジェスチャーとお見舞いのジェスチャーを演じさせる。


今の私達の成功を知ったらグランマは褒めてくれるだろうか。

これだけの資金があればもっといい治療もできるかもしれない。


私はロボットにジャンプしながら頷かせた。

グランマに会える喜びをブレイクダンスで表現する。


寮生のみんなはグランマへのプレゼントを買って、

お気に入りの服や思い出の品を携えて病院へ行った。



病院にグランマはいなかった。



通院記録は文字で書かれているのでわからなかった。

私はいつも身につけているグランマの写真を医者に見せた。


医者は無表情のままロボにジェスチャーさせた。

初めて見るはずなのに"死"という意味が理解できた。


グランマにとって私達は親族ではない。

ずっと前に死んでいたことすら伝えられていなかった。



ワンからナインまでのみんなは病院の待合室で待っていた。


みんな早くグランマに会えるのが楽しみなのか、

感情表現ロボにはウキウキしながら足踏みを演じさせている。


私はみんなに医者が見せた死のジェスチャーを再現させようとする。

でも手が震えて操作できなかった。


いつも私達を大事にしてくれたグランマの死なのに

あんなに事務的で冷たい表現で伝えるのが嫌だった。


あらゆる繊細な表現もできるようにしたロボで

どんなにうまく強度を調節してもこの喪失感を伝えることができない。


「    」


私は何も伝えられないまま涙を流すしなかなかった。


普段から日常的に使っている

どの"悲しみ"の感情表現よりも低く薄い表現だった。


みんなは感情表現ロボを見るばかりで、

誰も私の気持ちに気づくことはなかった。

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