僕が冥婚しちゃった話

アルバト@珠城 真

人生の墓場送り。

「ん? なんだろう、あれ」


 部活動を終えた学校帰り、思わず盛り上がってしまったツケを払うように日の沈んだ帰路を1人寂しく歩いていた時。

 僕は暗闇の頼りとしていた街灯の下に一枚の封筒が落ちていることに気がついた。


 その封筒は一般的な茶封筒ではなく、これでもかと存在を主張する紫の蛍光色。

 封筒自体は発光していないとは思うのだが、どうにも嫌に輝いているように見えて直視していると目がチカチカとしてくる。


 実に、実に怪しい。とはいえ珍しそうな何かであるのは間違いない。

 好奇心は猫を殺すという有名な言葉を忘却の彼方に追いやった僕は迷うこと無くその封筒を手に取った。


「ハイご結婚! おめでとうございまーす!」


 そしていざ封筒を開こうとした時、響き渡ったのは人を嘲笑うような女の声。

 振り返ってみれば黒い布を巻きつけただけのような身体のラインがハッキリと浮き出たドレスを身に纏う妖艶な女性が居た。


 痴女もかくやと言わんばかりの姿以上に気になったのはその頭だ。

 何故なら彼女の頭、そのこめかみ辺りから捻じくれた山羊の角のようなものが生えていたのだ。

 そして更に背中から映える蝙蝠の羽根に、鞭のようにしなって動く黒い尻尾まで見えている。


 そんな、一言で表すならば悪魔のような女がそこにいた。


「それでは失礼しまして~」


 彼女は慣れた手付きで僕の右手首にガシャンと手錠を嵌めると、呆然としている僕から封筒を奪い去る。


「突然のことで驚きでしょうが、貴方がこの封筒を拾ったその時その瞬間! 貴方はご結婚されましたー!」

「は? どういう……」

「あらまご存知でない? 冥婚ですよ冥婚。無くなった未婚女性を可哀想に思った親族が道端に封筒を置いて、それを拾った男性と結婚させるという地獄でも話題沸騰の新ムーブメントですよ? 地上の男子、おっくれってる~!」

「それに僕が引っかかった、と」

「ま! その言い方はまるで私が罠を仕掛けたかのような言い方ではないですか! 失礼しちゃうます! 私はただ未来永劫女性と婚約することがない負け犬男子に対する救いの手を差し伸べているだけなのです!」


 僕は彼女に漠然とバカにされていることだけは理解できているのだが、現状が理解できていないせいでどこから怒れば良いのかがわからない。せめてスライドショーなどでまとめてくれると助かるのだが、そんなものは期待できそうになかった。

 なのでとりあえず不幸を糧に生きていそうな彼女が好みそうな悔しげな顔を見せてその場を乗り切ろうとする。


「あらあらまぁまぁお悔しそうで何よりです。しかし呪うのであれば自らの魅力の無さと思慮の浅さをお呪いください! それでは、花嫁の復活です!」


 その掛け声に合わせ、手首に嵌められた手錠――そこから大地に垂れている鎖が音を立てて揺れた。

 突如感じた重量感に体勢を崩した僕は、いっそあっけないほどに地面に転がった。

 それでもなお僕の腕を引っ張り続ける鎖に抵抗するように、虚空でも良いから掴もうと手足をバタつかせる。


「なっ、これ、ちょっと!?」

「アッハッハッハッ! 無様、無様! ほら、貴方の美しい花嫁さんがすぐそこに来てますよ! さぁさぁさぁさぁ! 熱いベーゼを交わしてくださいな!」


 鎖の先に手が現れた。

 地面を突き破って現れた腐乱したその手はべっとりと紫がかった肉の内側から土気色の白骨が突き出ていた。

 そして鎖を掴むその手はまるで蜘蛛の糸に縋るかのように必死に鎖を手繰り寄せ僕の身体を引きずっていく。


 慌てて視線を鎖の先に向けると所々に腐った肉片の張り付いた、きたならしい髑髏が見えた。


 光を燈さぬ真っ暗ほら穴のような双眸からは、小指ほどの大きさを持った白い蛆が何匹も出入りしている。

 皮一枚で繋がっている下顎は何かを言おうと蠢いているのだが、その口から聞こえてくるのは嘔吐を誘うようなくぐもった気色悪い声ばかり。


 湿っぽい言いようもない悪臭が近づくに連れ、その両腕は更に力強さを増していく。もはや逃げることなどできないと本能が悟った。


 男か女も判別できない死骸が眼前に迫る。

 恐怖に飲み込まれ泣き喚く事もできない僕は、口を開いた骸骨が自身の顔面へと食らいつく姿をただただ無力に眺めることしかできなかった。









「いやぁ、なんというか。運命の出会いってあるもんだね」

「ゔぁー」

「君もそう思うかい? ふふ、ありがとう」

「ゔぁー」


 そんなこんなで30分後。

 僕の胸の中にしなだれかかる死骸……もとい、僕の妻であるゾンビちゃんを抱きかかえながらイチャイチャしていた。

 突然現れた時は顔面諸共食い殺されるかと思ったのだが割と普通に口づけされた。しかも傷つけないように、丁重に、それでいて求めるように唇を啄むバードキスを何度も繰り返されたもんだから、何かもう逆に愛着まで湧いてきちゃったよね。

 今となっては顔を這い回る蛆さえ可愛いもので、僕が擽るように眼孔の縁をなぞると彼女はくすぐったがってカラコロと顎を鳴らす愛嬌まである。


 可愛いな……一体何なのだろうこれは? あ、僕のお嫁さんだった。いやー! ラブラブで申し訳ない!


「いやちょっと待ちなさい!!」

「え、なに? どうしたの急に?」

「どうしたはこっちの台詞よ! 貴方、え、なに普通に彼女を受け入れてるわけ? 頭おかしいんじゃないの!?」


 愛し合っている僕らに水を差したのは先程まで高笑いしていた悪魔さんだった。

 目を見開いて驚愕以上に嫌悪感の走った表情を浮かべた彼女は、僕らを見て矢継ぎ早に言葉を叩きつけてくる。


「死骸よ!? 骸骨よ!? 蛆だって湧いてるし肉は腐り骨も腐敗し、悪臭が絶えず流れ、それでも生にしがみついて死に向き合おうとしない醜く惨めな死人なのよ!?」

「そういうところもチャーミングだよね」

「ゔぁ、ゔぁ~ん」

「ハハッ、こらこら。恥ずかしいのはわかるけど、欠けた歯で甘噛されると血が出ちゃうから止めて欲しいな」

「怖っ! 何こいつ、怖っ!?」

「人の妻を怖いとはなんだ!!」

「貴方が怖いのよ!」


 あぁ、なるほど。彼女はきっと真の愛を知らないのだ。

 今まで本当の本気で誰かを愛した経験が無いからこそ、僕らの尊い姿に恐れを成しているのだろう。


 姿は妖艶な美女だけれど、どうやら大人の会談は僕のほうが先に登ってしまったようだ。

 であればここは大人の余裕を持って彼女を見守って上げなければならない。いや、導いてやらねばならない。


「なんで私、人間と死骸が愛し合うなんて冒涜的光景を見せつけられているのよ! そこは縋り付いてくる死骸に恐怖し、狂乱し、泣き叫び助けを求めて無様に醜態を晒しながら死んでいくのが普通でしょ!?」

「悪魔さん。本当の愛は姿形に囚われないものだ。心の通じ合いこそが、一番重要なんだよ」

「真顔で何いってんのこいつ!? いや! もういや! こんな狂人に関わることになるなんて私聞いてない! もうこの仕事イヤーッ!!!」


 頭を振り乱しながら叫ぶ彼女は、そのまま逃げるように羽根を広げて飛び去った。

 僕は闇夜に溶け消える彼女の背を見送りながら、彼女にもまた愛に目覚めるときが来るようにと願った。

 ゾンビちゃんという運命のアンデッドに出会わせてくれた恩を、せめて少しでも返したかったのだ。


「あの人にも、良い人が現れるといいね」

「……ゔぁ~ぅ」


 二人で夜空を見上げ、そう呟く。

 そして僕はゾンビちゃんをお姫様抱っこの形で抱きかかえ家に帰ることにした。

 足が捻じくれているために歩くこともままならない彼女は申し訳無さそうに背筋を凍らせるような唸り声を上げるが、一般的な学生でしかない僕が彼女に対して出来ることがあるという事実に確かな満足感を感じていた。


 これが、幸せというものか。


 僕は心中に湧き上がる幸福感と、首に絡まる腕のぐじゅりとして触感に確かな喜びを感じながらゆっくりと愛する死骸との新たな人生を歩みだすのであった。

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