どすこい!!ダーク・スモー・レスラー!!

藤原埼玉

ダーク・スモー・レスラー

 遠く荒涼の砂漠を肥満者達が列を成す。


 人の姿形すら忘れた異形の化け物たちの行脚。


 自らの身が苦しみと忌まわしき呪いから解き放たれることを祈っているのだ。

 

 自我を失くし、かつて人であった頃の記憶も失くし、身が引き裂かれるような痛風の痛みを孕みながらもなお。


 詰りそれが私たちの姿であり、私たちの世界の在り方そのものだ。


 神の血を引く王の玉座は先代の王以来埋め合わせられることはなく、神たる王を失したまま世界は少しずつ歪み、壊れ、腐れ、そして病が蔓延した。


 肥満という病が。


 世界は薄氷を踏むが如くに脆く、プリン体だ。


 

 この物語は取るに足らない熱量カロリーの物語。私だけの知る物語。

 

 それは口伝で伝え語るには余りにも肥大しすぎ、そして悪戯に時がひとりでに紡がれるに任せすぎた。


 最も太きにあり、最も太ったもの。肥満という病に侵された奴隷騎士。


 泡沫の夢のために、王の死後もなお肥満者をダイエットのために屠り続けた肥満者。


 それが私だ。


 ミシュラン人形の様な体躯を持った肥満者に背中から大剣を突き立てると断末魔の悲鳴をあげた。 


 たとえ、腹から半身を切断されても肥満者に健康が訪れることはない。


 百鬼が如き様相でこちらへ向かってくる肥満者たちは、失われた自らの人間性を渇望するが故に90分無制限食べ放題ビュッフェを喰らいにこのホテルまでやってくる。私は地面に突き立った大剣を引き抜き体の前で構え直した。


 ここで何千、何万という肥満者を私は屠り続けている。


 亡者と化した彼らは熱量カロリーという二枚舌の阿婆擦あばずれに蠱惑こわくされるが如く、何度も私に向かってくる。


 肥満者は度重なる存在の消滅に耐え切れず記憶が混濁し、支離滅裂な言語をある者は喚き、ある者は呟く。


 「ピッツア!!ピッツア!!バブうううう!!!!」


 「天ぷらは揚げてるからカロリーゼロ!!!」


 「カステラは圧縮するとカロリー無くなる!!!」


 「ドーナッツの形は0kcalを表している、甘い物のカロリーは真ん中に集まってくる、その真ん中をくりぬいてるんだからつまりは残りのカロリーはゼロであり…(超早口)」


 戦いの最中掠れた声で紡がれる言葉はまるで乳飲み子の子守唄の如くに静謐ですらあった。


 私はそれらを尽く屠殺していく。


 一度戦いが終われば陰惨な手技が始まる。肥満者の骸を腑分けし、歯と骨を取り除いた後、切り刻み、スリムになるまですり潰す。胃袋を二分の一に取り除けば断末魔は聞こえなくなり、ぽつぽつと、かすれたうめき声に変じる。


 ごり、という音がして、見ると取り除き損ねたピスタチオが混ざっていた。あとで食べようと私は懐に入れた。


 ふと遠くに目をやれば、肥満者の次の列が随分と近づいてきていた。


 私はそれらの手技を中断し、重い身体を起こして大剣を担ぎ直した。


 私は光の差さない空を見上げ、冷え切った空気を肺の中へ吸い込んだ。胴から震えるこの感触は、低血糖によるものだろうか。 


 肥満という病を患ってなお、私の体は熱量カロリーを求め続けるのだろうか。糖分という安寧を失ったが故に求め続けるのだろうか。  


 自らの手のひらを見ると、とうに皮も肉も境目が見えなくなり、肉ばかり。三時のおやつすら奪われたこの私は、これからも奪われ続けるのだろうか。


 私はすがるような思いで胸元のペンダントを握ると、かつての遠き想い出を反芻する。


「ハンバーグ…」


 私は夢遊病者の如く歩みを進める肥満者たちに向け歩を進めて行った。


 そして、唐突に20人の群れなす影が現れた。


「どすこい!!」


「どすどすこい!!」


「あれは……!!」


 朦朧とした私の意識が捉えたのは…口伝に伝え聞く幻。


 肥満者に限りなく近い体躯を持ちながら、この世のどのような益荒男ますらおをも凌駕する屈強な肉体を持つ戦士。


 古の狂戦士ベルセルク


 ダーク・スモー・レスラー。


 彼奴らはチャンコ・ナベという黒き鉄鍋にすべての食材を尽くぶち込み、煮、この世のすべてを食らい尽くすという。


 私の命運も……もはやここまでか……!!


 私は諦観の中、それでも大剣を構えた。


 「かかって来い!!」


 「どすこい!!」


 ダーク・スモー・レスラーのターン!!


 ダーク・スモー・レスラーの『ぶちかまし』!!


 一瞬私の身体は中に浮いた。これだけの思い甲冑をつけた肥満体の私すら弾き飛ばすとは……並の膂力ではない。


 しかしその時信じられないことが起こった!!!


 …数瞬前まで正に私のいたところを唐突にバッファローの群れが弾丸の如き勢いで通り過ぎていったのだ!!!


 「ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 まさか……!!!


 私は驚き、群れをなす20人のダーク・スモー・レスラーを見た。


 ダーク・スモー・レスラー達はイイ顔でぐっと親指を立てると歯を見せた。


 トゥンク…


 ダーク・スモー・レスラー…なんと度し難い漢たちだ!!(キュンキューン!!!)


 「どすこい!!どすこい!!」


 ダーク・スモー・レスラー達は目的は既に達したと言わんばかりにもと来た道を引き返そうと踵を返した。


 「ま、待ってくれ!!せめて名前だけでも!!」


 「お嬢さん…我々は所詮闇に帰すべき熱量カロリー……貴女に名乗る名などないでごわす」


 「……しかし、もしもあなたの胸の奥に……一握りの暖かな篝火が灯ったとするのであれば……どすこいと我々は言うでごわす…」


 トゥンク……


 「…どす……こい……(kyuuuuuunn!!!)」


 「それではお嬢さん!!然らば!!どすこい!!」


 どすこい!!と掛け声と共にダーク・スモー・レスラー達は去っていった。


 そして一人残された私は独りごちる。


 いつまでも立ち尽くしたまま………


 どす恋…………どす恋…………と。




 


 

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